2030年の世界:アルビン・トフラーの遺言(前)
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NetIB-Newsでは、「未来トレンド分析シリーズ」の連載でもお馴染みの国際政治経済学者の浜田和幸氏のメルマガ「浜田和幸の世界最新トレンドとビジネスチャンス」の記事を紹介する。
今回は、8月26日付の記事を紹介する。アメリカでは未来研究が学問として定着している。ハワイ大学を筆頭に未来研究学部が歴史を重ねている。世界未来学会も活発に啓蒙活動を展開中である。国防総省やCIAなどでも専門家が集められ、「世界のトレンド分析:2030年への選択肢」と銘打った報告書もまとめられているほどだ。未来を先取りし、新たなアイデアや技術を駆使することで世界のリーダーとして君臨し続けようとするアメリカの強い意志が感じられる。
確かに、ITやAIの研究開発のスピードは加速する一方である。ビジネス面での応用はもちろん軍事面での応用にも拍車がかかっている。アマゾンではあらゆる商品を注文から30分以内にドローンで宅配する実験を行っているが、ウクライナ戦争に直面し、こうした技術を戦場でも活用しようとする動きもあるため、Googleでは軍事応用研究に反対する社員たちが反旗を翻すことになった。
その一方で、人口減に直面するサウジアラビアでは世界初のAIロボットに市民権を与えた。アメリカではロボットが正式に弁護士資格を取得し、中国ではロボット記者が活躍している。まさに人間が人工知能ロボットに凌駕される「シンギュラリティの時代」の到来を予感させるばかりといえそうだ。
2030年まで、あと8年。どんな世界になっているのだろうか。経済力では中国がアメリカを抜き去るとの予測がもっぱらだ。そうなれば、軍事力や政治力の面でも中国が世界を牛耳ることになるかもしれない。北朝鮮の暴走を防ぐにも、アメリカは中国の力を借りざるを得ないのが現状である。アメリカの一極支配は終わりを迎えている。人口という武器は市場という最終兵器を構成するからだ。世界最大の人口大国・中国は同じく人口の大きさで肩を並べるインドとの間で国境紛争を乗り越え、戦略的関係を強化しつつある。
「中国の夢」と称する「一帯一路」計画はインド、ロシア、中央アジアはいうにおよばず、アラブ中東からヨーロッパ、アフリカをカバーする巨大な「中華経済圏」構想に他ならない。ロシアの進める「ユーラシア構想」と一体化すれば、アメリカ一極支配の時代はより早く終わりを迎えることになるだろう。現在進行中の米中間の通商面での対立は台湾有事にまで発展する危険性を秘めている。どちらに軍配が上がるのか。2030年の世界を占う上で、アメリカから中国に覇権が移行することになるのか、注目すべき動きは枚挙にいとまがない。
さて、故アルビン・トフラー博士といえば、世界の未来研究をリードしてきた存在で、ハイジ夫人との2人三脚で数多くのベストセラーを生み出してきた”知の巨人”である。筆者にとっては8年近くのアメリカでの研究生活のなかで出会った最も衝撃を受けた人物だ。80歳を過ぎても、ロサンゼルスを本拠に地球を隈なく飛び歩く行動派であったが、2016年冥界に旅立った。しかし、今でも彼と交わした未来への思いの数々は忘れられない。
若いころからアメリカの自動車メーカーGMの工場でベルトコンベアーの流れ作業を体験したり、偵察衛星の盗聴器を自分で組み立てたり、崩壊直後のソ連に出かけたかと思えば、改革開放経済に歩み出した中国に足を踏み入れるといった具合で、知的好奇心と実証的な探求心の塊であった。日本の政界の奥の院にもアプローチをかけるといった裏技にも長けていた。会うたびに、その想像力や行動力に圧倒されたものである。
なかでも1970年に発表された『未来の衝撃』は彼らの名前を世界に知らしめるうえで最も大きな影響をもたらした作品といえよう。オリジナルのタイトルである「フューチャー・ショック」という言葉はたちまち世界的な流行語となった。異文化との出会いがもたらす「カルチャー・ショック」という言葉はその以前からあったが、未来との出会いを想像させる「フューチャー・ショック」という造語は多くの読者の心を一瞬にしてわしづかみにした。
今では「個人、集団あるいは社会全体が変化の波に飲まれたときに経験する方向感覚の喪失、混乱、意思決定機能の停止」を定義する用語として広く定着している。『未来の衝撃』に次いで、トフラー氏は『第三の波』と『パワーシフト』を相次いで世に問うことに。それぞれ独立した著作だが、3冊が一貫した内容で、トフラー氏の追求する「変化論」の三部作を形成している。
トフラー氏の言葉を借りれば、「中心テーマは変化」である。すなわち、社会が急激に予想もしなかった新しい姿に変容するときに人々に何が起きるのか。『未来の衝撃』は変化のプロセス、つまり変化が人々や組織にどのような影響を与えるかに焦点をあてたもの。『第三の波』の主題は変化の方向性であり、今日の変化が人々をどこに連れていくかにスポットをあてている。また、『パワーシフト』では、今後起こり得る変化のコントロールについて、言い換えれば、誰がどうやって変化を形成するかを扱っている。
トフラー氏の三部作は変化そのものの実態と、変化がもたらす多くの課題や問題を綿密に分析しているだけでなく、未来への希望に満ちた内容にもなっている。一連の作品群から読み取れる未来へのメッセージとは何か。それは「いかに大きな変化であっても、見かけほど混沌として無秩序なものではなく、変化の影には一定のパターンや識別できる力が作用している」ということだった。
これらのパターンやパワーを理解することによって、変化に怯えることなく戦略的に対応できるようになり、何かが起こるたびに場当たり的な対応をしなくても良くなる。そんな自信を読者に与えているのが、彼らの著作の魅力でもあった。単に未来で待ち構える変化の渦を恐れさせるような際物ではない。
トフラー氏は「核家族の崩壊、遺伝子革命、使い捨て社会、教育の最重性、社会やビジネスにおける知識の重要性の拡大」を見事に予測していた。とくに注目すべきは「一時性」という価値観である。急速に変化する情報化社会ではモノに対してのみならず人間関係においても、そうした傾向が増大するのが未来社会の特徴だと看破。
「この一時性の連続によって、すべての分野において“使い捨て”傾向が加速する」との指摘にはうなずかされる。結婚しかり、家族しかり、はたまた職場や生活の場所、そして身の回りのあらゆる商品にも当てはまるというわけだ。
それらがもたらすストレスの増加は人間の肉体的、精神的苦痛をもたらし、社会の不安定化を増す。こうした変化を乗り越えるには経済的な対策では不十分であり、社会学、心理学、医学、生物学など関連領域を総動員する必要があることにも言及。さらには、政治や国家という概念でさえ、諸般の事情に精通するようになった個人の意識の高まりと、果てしないほどの情報技術の発展によってもたらされる「非大量化」の波に晒されるだろう、とトフラー氏は考えていた。そうした未来展望はことごとく的中しているといっても過言ではない。
次号「第309回」もどうぞお楽しみに!
著者:浜田和幸
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