経済小説「泥に咲く」(11)金の匂い
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主人公の経済的な挑戦と人間的な成長を描いた経済小説『泥に咲く』。手術からの回復、教育施設の創設、病院経営への進出といった多様な試練を経て、主人公は社会的出来事や人間関係を通じた自己発見の道を歩む。これは、経済的成功と個人的成熟の両面での自立を目指す主人公の旅路を描いた、実話に基づく成長物語である。
金の匂い
そんなときに、声をかけてくれたのが、福岡市内に本社を構える健康食品会社『フォーヘルス』の遠藤社長だった。彼も智徳学園の理念と実践に共鳴してくれた経営者の1人だった。
「岡倉さん、障がい者事業の方、大変なんだって?」
「ええ、創業からずっと火の車です」
「いや、しかし、よく続けていらっしゃる。頭が下がりますよ」明らかに太り過ぎの遠藤はいわゆるチェーンスモーカーでもあって、タバコを消したはなから次に火をつける。健康を掲げた会社の社長が不健康な生活をしているのは、お決まりのパターンだなと勢事は思う。
「ありがとうございます。子どもたちと、その親のことを思うと、やめることはできなくて……」
金のために、あるいはのしあがるためにやめられないという本音を隠すのは、もはや朝飯前だった。勢事から見れば、遠藤は人のいい中小企業のおっさんだ。年商は十億円ほどで大成功とまではいえないが、学園に寄付できるくらいの小金はもっているだろう。最低でも100万、うまくいけば200万……勢事の頭のなかでは皮算用が始まっていた。さあ、ここからどうやって金を引き出すか──。
「岡倉さん、あなたの講演、相変わらず評判がいいね」
なんだ、また講演の紹介か。勢事は内心、がっかりしていた。勢事に最初に講演を勧めてくれたのは遠藤だった。10万円程度の講演料は、学園にとってありがたい金額だったし、寄付を集める場ともなっていた。ただ、今は、もっと大きな金がいる。
遠藤はほていのような笑顔でうなずく。
「みんな、感動するってね。岡倉さんの話を聞いたら、涙が止まらないと……」
勢事は「いえいえ」と謙遜したが、講演のウケがいいのは事実だった。小学生のころから詩吟の大会で大勢の前で吟じたり、テレビののど自慢番組に出演したりといったこともあって、勢事には「舞台度胸」が身についていた。そして、学園のなかにはいわゆる「いい話」が山ほど転がっている。それを切々と語れば、ご婦人方の涙を誘うくらい、簡単なことだった。実際、講演会の後、会場に設置された募金箱に集まる金が、学園の欠かすことのできない運営資金となっていた。
「岡倉さん、その話術を使って、健康食品を売ってみませんか」
「私が? 健康食品を?」
「ああ、あなたはこれまでどおり講演をしてくれればいいんです。それで、最後にね、ほら、商品を勧めればいい」遠藤は宮崎にネイチャーホールという会社があり、そこが講演家を使って健康食品を売りまくっているのだ、と言った。
「うちなんかはね、もう細々とやるだけだけど、あちらは派手ですよ。大きな会場でね、バーンと販売会をやるんです。私も見に行ったことがあるけど、いやもう、それはすごい熱狂ぶりで」
熱狂という言葉に違和感を覚えたが、いやその違和感こそが金の匂いだと、勢事のセンサーは敏感に反応した。
「遠藤社長、率直に聞きますが、この仕事、儲かるんですか」
遠藤は無言のままにったりと笑った。勢事はこの話に乗ろうと決めた。
(つづく)
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