2024年11月23日( 土 )

【昨今MBO事情(2)】大正製薬HD、オーナー家の相続税対策が狙い(前)

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 MBO(経営陣による買収)事情の第2弾。東証スタンダード上場の大衆薬最大手、大正製薬ホールディングス(HD)は1月16日、オーナー家の上原茂副社長が代表を務める大手門(株)(東京・豊島)が15日までに実施していたTOB(株式公開買い付け)が成立したと発表した。大正製薬HDは3月開催予定の臨時株主総会での手続きを経て上場廃止になる。オーナー家は何を狙って上場廃止に踏み切ったのかを解明する。

買い付け総額7,100億円は、MBOでは過去最大

大正製薬 イメージ    大正製薬ホールディングス(HD)は2023年11月24日、MBO(経営陣による買収)を実施し、株式を非上場化すると発表した。普通株の買い付け総額は約7,100億円。日本企業のMBOでは過去最大だ。

 オーナー家出身で、上原明社長(82)の長男、上原茂副社長(47、傘下の大正製薬社長)が設立した買収目的会社の大手門(株)がTOB(株式公開買い付け)を行う。買い付け価格は1株につき8,620円で、TOB公表前営業日の終値5,515円に56.30%のプレミアムを加えた。全株式を取得する。巨額の買収資金は、三井住友銀行からの借り入れで賄う。

 今回のMBOは、上原明社長と上原茂副社長が提案した。

公式発表は、非上場化により海外展開を強化する

 大正製薬HDは一般医薬品(大衆薬)の最大手で、風邪薬「パブロン」やドリンク剤「リポビタンD」、発毛剤「リアップ」などで高い知名度をもつ。現在はドラッグストアなど店頭販売が中心。

 同社はMBOの背景について、市場環境の変化で、大衆薬のネット販売に向けたインフラの整備や、グローバルで展開できるほかのブランドの買収など、中長期的な取り組みが必要になるとした。

 大正製薬HDは24年3月期の連結決算は、売上高は前期比5.8%増の3,190億円、営業利益は10.9%減の205億円、純利益は44.7%減の105億円の見通し。減益は医療用医薬事業の縮小にともなう措置としている。

 同社は医療用医薬の中堅メーカー、富山化学工業に34%出資し持ち分法適用会社にしていたが、筆頭株主の富士フイルムホールディングスに持ち株を売却し、19年3月期に418億円の特別利益を計上、医療用医薬事業を縮小してきた。医療用医薬品事業の売上高は12年3月期には1,000億円超だったが、23年3月期は377億円に落ち込んでいた。医薬品事業の縮小にともない、23年9月までに早期退職優遇制度で645人退職した。

 無借金経営で、経営が悪化しているわけではないのに、このタイミングでの早期退職実施に首を傾げる業界関係者は多かったが、今思うと、そういうことだったのかと合点がいく。

 MBOの背中を押したのは、東証が求めるPBR(株価純資産倍率)改善策だ。12月1日時点の同社のPBRは0.8倍と、東証が求める1倍を下回る。このまま上場を続ければ、物いう株主の餌食になることは目に見えている。オーナー家がMBOによる非上場を決断した理由だと報じられている。だが、本当にそれだけだろうか。

「相続税対策」としてのMBOだ

 オーナー家の狙いは、ズバリ「相続税対策」である。

 MBOの実施後に、上原茂副社長が、父親である上原明社長の後任に昇格する。茂副社長の会社がMBOによって、父親の明社長が理事長を務める筆頭株主の上原記念生命科学財団(持ち株比率17.62% = 23年9月末時点)や、第2の株主である祖父の上原昭二名誉会長の持ち株を買い取り、上原茂氏が名実ともに大正製薬グループのオーナーになる。茂氏が祖父と父親から相続することがMBOの最大の狙いに他ならない。

 経済情報サイト「東洋経済ONLINE」は『相続税も圧縮? 大正製薬の「MBO」は誰のためか』(24年1月22日付)と報じた。

 〈現在96歳の昭二氏は、23年9月時点で9.35%の株式(株価8,620円で約660円分に相当)を保有していた。仮に大正製薬が上場したまま昭二氏の保有株の相続が発生すると、株価8,620円で単純計算した場合、300億円超の相続税を納める必要がある〉

 MBOで非上場化すれば、評価額の引き下げが可能だ。また、巨額のTOB資金を銀行から借り入れれば、純資産が小さくなり、株式評価額をさらに下げられる。

 次世代の相続に頭を悩ましていた昭二氏は、早くから相続税対策を講じていたとされる。

相続税対策、ひたすら株価を下げる努力

 情報誌『選択』24年1月号は『大正製薬「MBO」は悪評だらけ 華麗なる上原一族の欲得丸出し』と報じた。過去最大級のMBOについて、「こんな株主を馬鹿にしている企業は初めて見た」と怒り心頭の株式市場関係者の話を伝えている。〈上原家は何年もかけて株価を上げるどころか、ひたすら下げる努力をしてきたようだ〉と断じた。

 その最たる動きが、22年春の市場改革の際に、プライム市場ではなくスタンダード市場を選んだことだ。これほどの規模の会社がプライムを選ばなかったことに当時、驚きが上がったが、今思えば合点がいく。スタンダード銘柄は大手機関投資家の投資対象から外れ、株価下落を誘発するからだ。

 長年にわたる株価を引き下げる「努力」の結果、18年に1万4,000円を超えていた株価は、TOB価格8,620円とわずか5年で約4割も下落している。株価がTOB価格より高い16~19年に買った人は、今回のMBOで損を被った。

 香港の投資ファンド、オアシス・マネジメントは、MBOの買収価格が低すぎるとして、「少なくとも1株あたり1万1,000円で買収すべきだ」と述べているのも無理はない。

(つづく)

【森村 和男】

昨今MBO事情(1)
(後)

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