2024年11月25日( 月 )

どうする原発~白馬会議2023参加報告~原発反対派の主張編~(中)

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 リーマン・ショックの年、「西のダボス、東の白馬」となるべく遠大な志のもとに始められた「白馬会議」。2023年も11月18、19日の2日間、長野県白馬村にて開催された。23年のテーマは、「どうする原発~コモン・センスで問え!日本のエネルギー選択」。まず1日目に、メインとなる4つのセッション報告と、関連する話題について論者3人によるナイトトーク。2日目には、4人のウェークアップスピーチと、最後に前日のセッション報告者に対する質疑と討論が行われた。本稿では、原発問題をめぐる核心的な主張が論じられたメインセッションの内容を報告する。

第2セッション
「原発の正義とは?原発訴訟での司法の役割と可能性」
(樋口英明、福井地裁元裁判長)

樋口英明氏
樋口 英明 氏

    14年、福井地裁は関西電力大飯原発3、4号機の運転差し止めを命じる判決を下した。また、同地裁は15年、原発周辺地域住民らの申し立てを認めて関西電力高浜原発3、4号機の再稼働差し止めの仮処分決定を下した。樋口氏はこのときの同地裁の裁判長である。

司法の先例主義と本来あるべき原発裁判

 従来の司法は先例主義に従って、原発施設や敷地が原子力規制委員会が定めた基準に合致しているかどうかという専門技術論に終始していた。すると、専門技術は専門家でなければ判断できないということになり、司法も、専門的知見を有する規制委員会の判断に従う枠組みが出来上がっていた。

 しかし、樋口氏は憲法で定められた「すべて裁判官は、その良心に従い独立してその職権を行い、憲法及び法律にのみ拘束される」という司法の独立の原則に立ち返って、原発裁判の論点を考える。すなわち、論点は、原告住民が「強い地震が来れば原発は危険」として原発運転差し止めを求めるのに対して、被告電力会社が主張する「想定している耐震性を上まわるような地震が襲ってくることはないから原発は安全」という言い分が科学的に妥当であるかどうかという点にある。

原発の危険性の本質 過酷事故の可能性

 まず、原告が主張する原発の危険性とはどのようなものであるのか。

(1)原発は常に人が管理しなければならない

 原発は地震に襲われたときに、①核分裂反応を止め、②止めた後も電気と水で核燃料を冷やし続け、③放射性物質を格納容器のなかに閉じ込めておかなければならない。福島第一事故では①に成功したが、1、3号機が全電源を喪失したことによって②に失敗してメルトダウンを起こし、4号機の使用済み核燃料貯蔵プールも危機的状況に陥った。では、その結果としてどのような被害が発生するのか。

(2)原発の過酷事故の被害は想像を絶するほどに大きい

 福島第一事故では、15万人を超える人々が避難を余儀なくされ、その過程で60人余りが命を失った。これでも大きな被害だが、実は福島第一事故は、偶然が重なって被害が小さく食い止められた事故だった。

 ア 2号機の奇跡:2号機は圧力破壊によって大量の放射性物質流出の危険が迫っていたが、たまたま格納容器の一部に脆弱な欠陥があり、そこから部分的に圧力が漏れたために全体的な破壊による放射性物質の大量流出を免れた。

 イ 4号機の奇跡:全電源喪失によって4号機の使用済み核燃料貯蔵プールの循環水供給が停止。それにより放射性物質の大量放出が危惧されたが、貯蔵プールに隣接する原子炉ウエルに貯められていた水が貯蔵プールに流れ込む事故が起こったため、偶然に大事故を免れた。

 上記の偶然が起きなかった場合に想定された被害は、当時の原子力委員会委員長・近藤駿介氏が福島第一事故直後に作成した被害見通しによれば、4号機の使用済み核燃料貯蔵プールから放射性物質が大量に流出することによって、住民の強制移転が必要とされる地域は半径170km以遠におよび、最大で、東京都のほぼ全域や横浜市の一部を含む半径250km以遠にも、住民の自主的な移転範囲がおよぶ可能性があるとしていた。その場合、3,000万人を超える避難民が発生していた可能性があり、被害は数10年にわたって続く可能性も考えられた。

 また、仮に東京に一番近い原発である東海第二原発で、福島原発事故と同程度の事故が起きた場合の損害額は、665兆円になるとの試算もある。

原発の耐震性 不十分との結論

 上記のように未曽有の被害をもたらす原発の安全性はどのようにして担保されているのか。その1つとして耐震性基準がある。耐震性基準の検討方法は第1セッションで説明したが、たとえば、関西電力大飯原発3・4号機は、基準地震動を405galとしてそれに耐える耐震設計がなされている。

出典:気象庁資料に一部データ追加

    ところが、【表1】に見る通り、実際にははるかに大きい地震動が各地で観測されている。たとえば、東北地方太平洋沖地震(東日本大震災)は、地震の規模はマグニチュード(M)9、地震動は宮城県栗原市築館で観測された2933galが最大だった。このような最大地震動に原発が襲われた場合、地震動の衝撃で深刻な被害に見舞われる可能性がある。

 また、樋口氏によると、11年の震災後に大飯原発の基準地震動が700galに修正され、他にも福島第一原発は建設当時270galだったのが震災後は600gal、東海第二原発は建設当時270galだったのが震災後は600galその後1009galと、各原発の耐震設計のもととなる基準地震動が再評価によって修正されており、信頼性には疑義があるとしている。
 このような原発の耐震性は、実際の地震観測記録に照らして安全性を確保できる水準にないと、樋口氏は判断する。

論理的帰結としての 原発運転差し止め

 以上により、原発運転差し止め訴訟における樋口氏の判断の枠組みは次のようになる。①原発事故がもたらす被害は極めて甚大。②それゆえに原発には高度の安全性が必要。③よって地震大国日本では原発に高度の安全性が求められる。④しかし、我が国の原発の安全性は極めて低い。⑤よって原発の運転は許されない。以上の帰結で、樋口氏は原発の運転差し止め判断を下した。

(つづく)

【寺村朋輝】

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(後)

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