2024年11月25日( 月 )

TPPは協定の名を借りたアメリカの国家侵略!(前)

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立教大学 経済学部 教授 郭 洋春 氏

 「国益」とは、国家やその国すべての「国民の利益」のことを言う。しかし、いつの間にか、安倍政権の“国益”は「国家の利益」(=「対米従属」)だけを意味するようになり、「国民の利益」とは大きく遊離し始めている。TPP(環太平洋経済連携協定)もその同じ延長線上にあり、多くの国民の生活を直接的に阻害する。内容が公開されないTPPは「米日FTA(自由貿易協定)」とも言われ、米国高官は「TPPは米韓FTAの貿易自由化のレベルをもっと強めたモノ」と語る。では「米韓FTA」とは、どのようなものか。郭洋春立教大学経済学部教授(前経済学部長)に聞いた。

アメリカの“ハイジャック”でTPPの性格が一変

 ――安倍政権が2013年2月23日にTPPへの交渉参加を表明した直後、先生は著書『TPPすぐそこに迫る亡国の罠』(13年6月・三交社刊)を通じて、日本のTPP参加へ警鐘を鳴らされております。近々のTPP事情に関してコメントをいただけますか。

立教大学 経済学部 教授 郭 洋春 氏<

立教大学 経済学部 教授 郭 洋春 氏

 郭 安倍政権は「国のかたち」さえ変える、決して開けてはいけない「パンドラの箱」を開けてしまいました。TPPは多くのFTA(自由貿易協定)があるなかでも、抜きん出て特殊な秘密協定です。日本政府は、交渉過程もつまびらかに国民に公開すると言っていますが、それはできません。交渉の最中も締結した場合も4年間は公開できないことになっています。アメリカでも見ることができるのは、約600社の会社顧問と一部の関係者だけで、下院議員でさえ見ることができません。さらに、締結できなかった場合も、その間にどんなことが話し合われたのかは公開されません。つまり、今日本政府が「何を議論していて、何を議論していないか」を国民は知ることができないのです。
 ごく最近の報道ですと、7月末にハワイで開催された会合でニュージーランドが本来のTPPの原則である乳製品の「関税完全撤廃」を主張、アメリカと対立、交渉は頓挫しています。また、日本にとって唯一で最大のメリットであった、米国その他のTPP参加国の自動車関税の撤廃においては、米国の関税撤廃の猶予期間が30年以上になり、さらに原産地規制により、日本車がTPP関税の適用が受けられない可能性も出てきました。この進捗如何では、日本がTPPに参加する意味がほとんどなくなります。

 ――そもそもTPP(環太平洋経済連携協定)とは何でしょうか。簡単に教えていただけますか。
 郭 TPPは06年にできたシンガポール、ニュージーランド、ブルネイ、チリによるP4協定が基本になっています。これは、比較的小さな国が関税撤廃やルールの統一を図って、一国のようにして国際的な交渉力を高めようとしてできたものです。チリは鉱物資源、ブルネイは天然資源、シンガポールは金融しかないので「例外なき関税撤廃」がまったく問題なく可能でした。
 ところが、この「例外なき関税撤廃」に目をつけたのがアメリカの多国籍企業でした。そして、これを2010年に“ハイジャック”します。それからはTPPの性格が一変します。
 その後は、「アメリカは自らが持つ軍事上の優位性を武器に、あらゆる国との自由貿易協定において、有利な交渉を行える立場にあり」、「アメリカとの良好な政治・安保関係を保ちたければ、たとえ経済関係で自国に不利な条約であっても締結した方が身のためだ」という姿勢で加入国を増やしていきます。その流れのなかで、オーストラリア、カナダ、メキシコ、ベトナム、マレーシア、そして日本が交渉に参加していくのです。
 TPPの内容は、交渉に参加した後でないと教えてくれません。これは言って見れば、予告編も見せず、ただ一方的に「とても素晴らしい内容の映画をつくったから、とりあえずチケットを買いなさい。そうすれば、予告編を含めて内容を見せてあげる」と言われているようなものです。これは明らかに無理難題ですが、当時、アメリカに従属的なTPP加盟賛成派の日本の政治家や官僚、学者などは「早くチケットを買うべきだと」と主張していました。
 そこで私は、13年に出した拙著で、「内容もわからずに、加盟するという日本政府の暴挙」に関して警鐘を鳴らしたのです。

アメリカの強欲を満足させる米韓FTA

 ――アメリカ政府高官は、「TPPは、米韓FTAの貿易自由化のレベルをもっと強めたモノ」と言っています。「米韓FTA」とはどのようなものですか。
 郭 当時、民主党や自民党の議員が足しげくアメリカに赴き、何とかTPPの内容を知ろうとしました。しかし、教えてもらえませんでした。そのときアメリカの政府関係者は、ほとんど必ず、「米韓FTAを見てくれ」、「TPPで議論していることは、すべて米韓FTAに盛り込まれている」「TPPは、米韓FTAの貿易自由化のレベルをもっと強めたモノ」ということを伝えています。
 米韓FTAの協定文は、全部で24章700頁からできています。読者の皆さんは、これからお話する「米韓FTA」の実態を知れば知るほど、その不平等さ・理不尽さに驚くと思います。しかしTPPは、「米韓FTAの貿易自由化のレベルをもっと強めたモノ」なのです。
 米韓FTAは12年3月に締結しました。しかし、締結までには長い経緯があります。交渉を開始したのは、ブッシュ政権(共和党)の06年です。ところが07年に米国で大統領選挙があり、民主党のオバマとヒラリークリントンの2人は「米韓FTAの条文をアメリカに有利なものに書き換える」ことを選挙公約に加えます。当時、ほぼまとまりかけていた条約内容は平等で、アメリカに“うま味”がなかったからです。その後、オバマが大統領となり、クリントンが国務長官になって、約4年をかけて、条約内容は換骨奪胎され、アメリカに都合の良いように書き換えられました。
 当時、アメリカ研究製薬工業会(PhRMA)の社長兼最高経営責任者であるジョン・J・カステラーニは、「米韓FTAは21世紀にアメリカが結ぶ、TPPを含めたFTAの最高モデル」と語っています。アメリカにとって、「これほど見事に、アメリカの強欲を満足させる内容が盛り込まれた協定文はない」ということを意味しています。

(つづく)
【金木 亮憲】

<プロフィール>
kaku_pr郭 洋春(カク・ヤンチュン)
1959年7月生まれ、立教大学経済学部教授。専門は、開発経済学、アジア経済論、平和経済学。著書として、『韓国経済の実相─IMF支配と新世界経済秩序』(柘植書房新社)。『アジア経済論』(中央経済社)、『現代アジア経済論』(法律文化社)、『開発経済学―平和のための経済学』(法律文化社)。共著として『移動するアジア』(明石書店)、『環境平和学』(法律文化社)、『グローバリゼ―ションと東アジア資本主義』(日本経済評論社)、その他多数。

 

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