2024年11月25日( 月 )

食料は軍事・エネルギーと並ぶ国家存立の3本柱!(3)

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東京大学大学院 農学国際専攻 教授 鈴木 宣弘 氏

実態がわかると交渉が頓挫するTPP

 ――よく考えると「TPPというのは、そうとう筋の悪い協定」のように感じるのですが、日本以外の国はなぜ交渉に参加しているのですか。

東京大学大学院 農学国際専攻 教授 鈴木 宣弘 氏<

東京大学大学院 農学国際専攻 教授 鈴木 宣弘 氏

 鈴木 それは当初の原則、「関税の完全撤廃」「自由な経済活動」などという“枕言葉”に強く惹かれるからです。しかし、実際に交渉に参加して、その実態がわかり、現状のように交渉が頓挫しているのです。加盟国のなかで、米国に何でも追随するばかりで、「国益を守る」というスタンスでしっかりとした意見がないのは日本だけです。

 7月にハワイで開かれたTPP閣僚会合は頓挫しました。その原因の1つは、米国とニュージーランドが乳製品で対立したからです。ニュージーランドは、オーストラリア同様、農産物、とくに乳製品の輸出国ですし、TPPの前身のP4協定の立役者ですから、TPPの原則である「関税の完全撤廃」を主張しました。一方、米国において、乳製品は日本のコメと同様に、海外に依存してはいけないものであり、酪農は電気やガスと同じ公共事業の扱いとなっています。子どもの発育、養育にとても大切なものだからです。

 ところが、ニュージーランドの乳製品のコストはキロ20円で、米国はその倍の40円、カナダや日本はさらにその倍のコストがかかります。もし、TPP加盟国内で、乳製品の関税を「完全撤廃」したら、米国の酪農もカナダの酪農もつぶれてしまいます。そこで米国は「完全撤廃」を拒否し、輸入枠を設けることで合意しようとしたのです。しかし、完全撤廃できないのであれば、この程度の輸入枠ではダメだと、米国の提案をニュージーランドは蹴りました。ニュージーランドは国全体の輸出製品の3割が酪農製品です。TPPでアメリカから入ってくる製薬会社には規制強化され、国民が不利益を被ったうえに、一番期待した酪農製品で“うま味”がなければ、TPPに参加する意味はないのです。

 マレーシアやベトナムは、米国に自国の繊維製品が関税なしで輸出できるところにメリットを感じ、TPP交渉に参加しました。しかし、これもアメリカが「原産地規制」(製品の原産地を決定するためのルール)など、いろいろと条件をつけて、米国に製品が入ってこないように画策しています。たとえば、ベトナムの繊維製品の原料である布や糸は中国から輸入しています。米国はこれに目をつけ、原料も含めて100%ベトナムで生産された繊維製品でなければ、関税ゼロの恩恵は受けられないと主張しました。

 先の衆参の農林水産委員会と自民党は、農産物重要5品目(コメ、麦、牛・豚肉、乳製品、砂糖の原料)について、「聖域の確保を最優先し、できない場合は脱退も辞さない」と決議しましたが、実質的にその内容はすでにすべて破綻しています。
 日本が最も期待した米国の自動車関税の撤廃も、30年超の猶予期間の設定で「骨抜き」にされました。さらに、自動車の原産地規則についても、米国、そして米国以上にメキシコとカナダが、厳しいTPP域内での部品調達水準の履行を迫ってきています。TPP域外の中国やタイからの部品にも頼る日本製自動車は、TPPの関税撤廃の対象外になってしまう可能性が出てきました。

日本人の体は61%が輸入もので構成

 ――ところで、TPP交渉の農業分野の前提として、「日本の農業は過保護である」という話がありました。この認識は正しいですか。

 鈴木 交渉に参加する際に、「日本の農業が過保護だから自給率が下がった。耕作放棄が増えた。高齢化が進んだ」ということがまことしやかに言われました。しかし、この前提は根本的に間違っています。日本の農業は、世界の先進国と比べてまったく過保護ではありません。現在、コメ農家の時給は480円で、たとえばコンビニのおにぎり1つあたり農家に還元されるのは、わずか16円でしかありません。過保護どころか、労働に対する適正な価格評価さえできていません。

 この20年間で日本の食料産業の規模は40兆円から80兆円に増えました。しかし、農家の利益は3割から1割に落ちています。日本の場合、価格形成のしわ寄せはすべて生産者に行くシステムになっているからです。日本の農家の所得に占める補助金の割合は平均15.6%で、先進国で最も低い数字です。EUは農業所得の約95%が補助金になっています。国民の命、環境、国境を守っている産業を国民が支えるのは、欧米では当たり前のことなのです。その当たり前のことができていないのが、今の日本です。

 関税に関して言うならば、高いのは「重要5品目(コメ、麦、牛・豚肉、乳製品、砂糖の原料)」だけであって、90%以上の品目が日本ほど安い関税で競争している先進国はありません。すべてを平均すれば11.7%になり、これもEUの半分です。何よりも、それを裏づけるのが、先進国で最も低い、食料自給率39%という数字です。本当に過保護であれば、所得は安定し、若い人も喜んで引き継ぐので、このような数字にはなりません。日本人の体は、61%が輸入原材料ですから、すでに国産ではありません。

(つづく)
【金木 亮憲】

<プロフィール>
suzuki_pr鈴木 宣弘(すずき・のぶひろ)
1958年三重県生まれ、82年東京大学農学部卒業。農林水産省、九州大学大学院教授、コーネル大学客員教授を経て、2006年より東京大学大学院農学国際専攻教授。専門は農業経済学。農業政策の提言を続ける傍ら、数多くのFTA交渉に携わる。著書に『食料を読む』(共著・日経文庫)、『WTOとアメリカ農業』、『日豪EPAと日本の食料』(以上、筑波書房)、『食の戦争』(文藝春秋)、『岩盤規制の大義』(農文協)など多数。

 
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