肥薩おれんじ鉄道、「おれんじ食堂」の運休と今後の対策

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運輸評論家 堀内重人

 肥薩おれんじ鉄道は、運転士不足のため3月15日のダイヤ改正から、観光列車の「おれんじ食堂」を、6月末まで運休すると発表した。
 「おれんじ食堂」は、肥薩おれんじ鉄道を活性化させるため、2013年から運行を開始した観光列車であり、金土日・祝日などに運行し、車窓から景色を楽しみながら地元の料理が味わえることがウリである。
 慢性的な運転士不足を解消するための解決策として、以前、「上下分離経営」の導入を提案した。それ以外にも、かつて千葉県を走るいすみ鉄道が実施した、700万円を支払うことで運転士になれる企画を実施しているのと同様に、運転士を希望する人に養成費用を負担してもらい、運転免許を取得した人を、社員として採用する方法など、肥薩おれんじ鉄道だけでなく、今後、地方鉄道で予想される運転士不足に向けた提言を行いたい。

観光列車「おれんじ食堂」の運休

観光列車「おれんじ食堂」 イメージ    肥薩おれんじ鉄道は、自社の経営状況を活性化させるべく、13年から金土日・祝日など朝と夕の2便、有明海が広がる車窓から、美しい景色を見ながら地元産の食材などを活用した料理が味わえる「おれんじ食堂」という観光列車の運行を開始した。

 「おれんじ食堂」は、既存の気動車を改造して導入されたが、車内に厨房などの調理設備がなく、車内で提供される料理などは、車外で調理されたモノを積み込み、車内で皿に盛り付けて提供される。

 肥薩おれんじ鉄道にとって「おれんじ鉄道」は決して利益率が高い列車とはいえない。料理などは外部に発注している上、「おれんじ食堂」を運行する際は、サービス要員や車内の清掃要員も必要となるからである。それでも客単価が高いだけでなく、平均乗車距離も長くなる上、車内で記念グッズなども購入してもらえることから、自社の目玉列車として、力を入れてきた。

 肥薩おれんじ鉄道は、慢性的な運転士不足と運転士の退職などを理由に、「おれんじ食堂」にまわす運転士が足りず、観光列車「おれんじ食堂」の運休という、苦渋の決断をした。

 「おれんじ食堂」が運休になる以外に、現在は、毎日運行している午前5時11分に出水駅を発車する八代行きの上り列車と、午前6時41分に八代駅を発車する西出水行きの下り列車は、3月15日のダイヤ改正で、平日のみの運行として、土曜・休日は運休になるという。

 また運転士不足により、2月1日から朝の時間帯を中心に実施している一部列車の運休と臨時列車の運行は、ダイヤ改正後も継続する。

 肥薩おれんじ鉄道の見解は、「『おれんじ食堂』を楽しみにしている人が多いため、『運休』というかたちで利用者に対し、迷惑を掛ける結果となってしまい、申し訳ない気持ちである。『おれんじ食堂』の車両が遊んでしまうと、経営効率が悪いため、『おれんじ食堂』の車両を活用した代替企画を検討している」という。

運転士希望者に運転士の養成費用を負担する
企画商品の提供

 運転士を定着させるためには、運転士をはじめ社員の給料を上げることが不可欠である。だが賃上げの経費を工面するため、運賃・料金を値上げすれば、利用者の負担が増大して利用者離れが起こるため、思っている程の効果が出ない可能性が高い。

 それ以外の方法として、「公有民営」の上下分離経営を実施することで、インフラを公が所有することになり、鉄道事業者はインフラの維持管理から解放される。鉄道事業者は、運行に専念することになるため、利用者に対するサービスが改善され、利用者の減少に歯止めがかかったり、利用者が増加に転じたりする事例も見られる。

 上下分離経営が採用されると、インフラを所有するための固定資産税や、メンテナンス費用を支払う必要がなくなるため、その浮いた経費を、社員の待遇改善にも活用できるようになる。

 だが上下分離経営が採用され、インフラの維持管理費から解放されたとしても、運転士を養成するには、気動車の場合、1人あたり700万円程度要するため、鉄道事業者にとっては負担である。

 千葉県を通る第三セクター鉄道であるいすみ鉄道は、鳥塚亮氏が社長時代に「700万円を出資して、運転士になりましょう」というかたちで、運転免許取得を商品化して、販売していた。

 鳥塚氏が社長であったころのいすみ鉄道は、国鉄時代に活躍した車両を活用したレストラン列車や、駅弁を誕生させるなど、話題性も豊富であり、第三セクター鉄道の優等生のように評価されていた。

 鳥塚氏は、「コインの商売」から「紙幣の商売」を目指し、大原駅、大多喜駅などに売店を設け、自社ブランドの商品展開をしていた。これなどは「紙幣の商売」であり、レストラン列車や駅弁も、「紙幣の商売」である。

 そのなかでも、「気動車の運転士養成」は、非常に単価が高い商売ではあるが、これを行った目的は、増収策というよりは、運転士養成コストを削減するためである。

 自社で気動車の運転士を養成するとなれば、1人あたり700万円も要するため、気動車の運転士になりたい人に対し、費用を負担してもらうようにした。

 募集したところ、20名ぐらいの応募があったが、鳥塚氏は参加者に対し、「運転士の資格を得たら、いすみ鉄道へ運転士として入社して、勤務してほしい」という旨を、説明している。

 これは単価が高過ぎることもあるが、参加者が「電車でGO!!」というゲームがうまくなりたくて参加したり、気動車の運転免許の資格取得だけが目的で参加されたりしては、困るからである。つまり「気動車の運転士養成」という商品の販売は、運転士の採用面接でもあった。

 鳥塚氏の説明を聞いて辞退した人もいたが、気動車の運転免許を取得した人は、いすみ鉄道へ入社して、気動車を運転している。

 肥薩おれんじ鉄道は、経営面で厳しいことから、運転士が足りなくなっても、自社で育成するには、体力的に厳しいといえる。これは肥薩おれんじ鉄道だけの話ではなく、今後は日本各地の地方民鉄や第三セクター鉄道などで、運転士不足の問題が顕在化する。

 それには、運転士を希望する人に対し、運転士を養成する費用を負担してもらい、合格すれば、自社に入社してもらうような仕組みが必要である。

 さらにいえば、せっかく高い費用を負担して入社してくれた運転士を定着させるためには、以前も書いたが、「公有民営」の上下分離経営を行い、運転士だけでなく、社員の待遇を少しでも改善することが、不可欠となる。

JR九州からの乗り入れ列車を増やす

 肥薩おれんじ鉄道では、「おれんじ鉄道」の運休は、6月末までを予定しているが、それ以降も運転士が不足する場合、運休期間が延期される危険性もある。

 そうなると「おれんじ食堂」に代わる増収策を模索する必要がある。幸いなことに、肥薩おれんじ鉄道が通る沿線は、有明海に面しているため、車窓がすばらしいことで知られる。

 そうなると、JR九州との連携を強化して、超豪華クルーズトレインである「ななつ星in九州」や、「36ぷらす3」などの観光列車を乗り入れてもらうような働き掛けが必要である。

 以前の「ななつ星in九州」は、肥薩線という球磨川沿いの風光明媚な線路を通っていたが、20年7月に発生した水害により、現在は八代~吉松間が不通になっている。そうなると、周遊旅行を実施するには、肥薩おれんじ鉄道を通らざるを得ない。

 「ななつ星in九州」が、肥薩おれんじ鉄道を通ることにより、肥薩おれんじ鉄道には、運賃や特急料金などが入ることになる。とくに「ななつ星in九州」が、肥薩おれんじ鉄道の駅に立ち寄るということは、それだけでその地域のブランド力が向上する。

 「ななつ星in九州」の乗客は、駅に到着すると、専用のバスで沿線の観光地などを訪問する。

 「ななつ星in九州」の乗客が訪問した場所(観光地)は、肥薩おれんじ鉄道が旅行業を展開するうえで、非常に重要である。その場所を盛り込んだ旅行商品を、肥薩おれんじ鉄道が企画・立案して、旅行商品を販売する必要がある。

 「ななつ星in九州」以外に、「36ぷらす3」の乗り入れも、肥薩おれんじ鉄道の活性化に貢献する。幸いJR貨物が通るため、架線などの設備があるので電車である「36ぷらす3」の乗り入れも可能である。

総括

 肥薩おれんじ鉄道は、運転士不足から自社の看板列車である「おれんじ食堂」を、6月末まで運休せざるを得なくなった。

 運転士不足を解消するには、上下分離経営を実施する必要がある。そうすれば鉄道事業者がインフラの維持管理から解放され、それに要していた経費を、サービス向上だけでなく、運転士を含めた社員の待遇改善に回すことが可能となる。

 だが第三セクター鉄道や地方民鉄は、自社で運転士を養成するだけの費用を捻出するのが、厳しい経営環境にある。

 そこで以前、いすみ鉄道が実施していたような、運転士になりたい人に、運転士を養成するのに必要な経費を負担してもらい、運転士の免許を取得した際は、自社へ入社してもらって、自社の車両の運転を担ってもらう方法を、模索しなければならない。

 電車や気動車の運転士になりたい人は、たくさんいる。運転士不足の時代には、養成費用を負担してもらいながら、運転士を養成してダイヤを維持していく必要がある。

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