今回のテーマは「大家族へ捧げる間取り」提案。核家族のためにつくられてきた都市型マンションを、もう一度「大家族仕様」に戻せないだろうか。不寛容が蔓延る現代、付き合い方が難しくなっている村社会のなかで、人間関係に根差した安らぎを取り戻すために、もう一度“集まって暮らす”ことをデザインできないか、そんな考察をしてみたい。

「令和の大家族が、都市を変える」 筆者イメージ
妻は近場ファースト
子どもの学校、買い物は商店街へ、歯医者、小児科、内科や鍼灸院も歩いて行けるところにそろっていて、心強い医師たちが家族の健康を近くで見守ってくれている。大きなショッピングモールにも歩いて行ける(荷物が多くなるときは車で行ったりするが)ので、徒歩圏内で買い物をし、多くのサービスを受けることができるのが、今の自宅のお気に入りポイントだ。妻は生粋の“近場ファースト”で、我が家の生活は決してマンションの部屋一戸では完結しない。家の外の付き合い、買い物、サービス、さまざまな機能が街とつながり、住まいの延長になっている。部屋のサイズを大きくするのではなく、暮らしのネットワークを大きくする。
子育て世帯が都市に住む手軽な手段としてマンションが選ばれるが、立地の特性上、それは何かと便利な中心地界隈となる。我が家も例外なくそのなかに身を置いているが、かくいう私もその類だ。たまに飲みに出かけるのも近くの居酒屋(天ぷらが絶品)だし、家族全員が通う美容室は住宅街の路地にあるおしゃれな古民家風。子どもたちが幼少期から習い始めた習字教室も、包丁を研いでもらう金物屋も、クリーニング屋も、葉物や旬のフルーツを仕入れる八百屋も、すべて歩いて行けるところに。ちょっと足りない食材を買うために、子どもにサンダルを履かせて商店街へ走らせることも多い。我が家は生活の後方支援を近所のコミュニティに頼っている。結果、暮らしが豊かだ。
筆者イメージ作成
子どもが小さかったころ、生活音でマンション上下階のご近所さんには随分大目に見てもらっていたと思う。知らない人の音はノイズと化し、人はどんどんそれに過敏になっていく(保育園や幼稚園の建設に反対する声なんかは、そんな心情から生まれるのだろうか)というが、“知り合いの出している音は騒音に感じない”というじゃないか、顔見知りのマンション内での我が家のわんぱくぶりは、随分寛容な配慮で守られていたように感じる。“困ったときはお互いさま”な、ありがたい空気感だった。
以前、こんなこともあった。子どもの卒業式の参列に、妻は和装を選んだ。さて着付けはどうする?専門店にお願いするかと思いきや、直下階に住む顔見知りのおばあさんと仲良くなり、お茶仲間の着付けの先生のところへ連れて行ってもらえることになった。そのお宅も歩いて回れる場所ではあったが、妻と一緒に丁重に車で送り届けた。お礼は要らないと言われたが、さすがに気が引けるので2人分のお茶菓子をもって行かせた。今では子どもにお土産を握らせて訪問させ、別のお菓子をもたされて帰ってくる仲である。上下のお隣さんの関係であるが、お互いに音の接点があるので良いご近所付き合いを保っている。
剝ぎ取られる安寧
欧米では「個人」としての自尊心を高めることで幸福度も高まる傾向があるが、アジアではとくに集団主義の文化が強く、アイデンティティーをコミュニティに置くという。他者とのつながりや思いやり、感謝の念をもつこと、人間関係を重視し、自然との調和など、自分の「外」との関係性を通して幸福感が高まるとされてきた。
少し家の外に目を向けてみよう。“時間という予算”が最も逼迫しているのは、夫婦共働きで子どもを育てる世帯だろう。彼らにとって長い通勤と保育・小児科の不在が重なる郊外は、家賃がいくら安くても、時間の収支として暮らしが成立しない。だから彼らは、都心とその近傍に集まる。この集中が都心の住宅需要を押し上げ、価格と家賃をさらに高くする。ここが、「都心の住宅が高いから郊外へ」という処方箋が機能しない理由だろう。郊外は安いのではなく、子育て世帯にとっては住みにくいのだ。人々が都心に集まるのは、そこが「暮らしの総費用」で最も安い、あるいはそこでしか暮らしが成り立たないから。住宅価格だけでは、幸福や暮らしやすさは測れない。
家族は地域コミュニティと密な関係にあり、子どもはそのなかで見守られ、高齢者たちもそこに身を寄せる。かつて八百屋や肉屋、商店などの自営業者は多く、彼らは地域の要だった。その人たちが近所の家族構成を認知し、気遣い、町ぐるみで暮らしを支え、人間関係の均衡を保っていた側面もあった。今では、隣に住む人の顔も知らないような疎遠な社会。本社が遠くにあるような大きなスーパーマーケットでは会社の社員が接客をし、ドラッグストアで棚卸しているのはその時間だけ働く時間給のアルバイト。必要なものはすべてそろう便利な時代。子どもは託児所に預け、おじいさんはデイサービスのバスに乗せて送り出す。家事負担を軽くしてくれる代行が、至るところで誘惑してくる。しかし、買い物やサービスが“消費の渦”に巻き取られ、社会システム全体の生産性や合理性が上がった代わりに、我々は何を得たのだろう。分配がうまく機能していたころは、まだ成長や希望を得られていたかもしれない。でも今は希望も薄く、平等な恩恵をそれほど期待できない。本来得られたはずのホームでの安らぎ、人間関係に根差した安寧さえもが、今は剥ぎ取られようとしてはいないだろうか。
我々は関係を断絶させてしまっている。成長を夢見るときは、少々強引で犠牲はあっただろう。社会全体は豊かになったが、個人として得られる(返ってくる)報酬が、どんどんと希薄になっている。今は大きな夢を見るときではなく、目の前の日々の小さな幸せを噛み締める時期なのかもしれない。子ども、一人暮らし、高齢者が、隣人のように暮らす「多世代型住宅」という住み方も出現してきている。一方的に支えられるのではなく、お互いが自然に助け合える関係を築けるかもしれない。近居も良い。さまざまな暮らし界隈を見直すフェーズにきている。
幸福度が高い福井県
47都道府県の「経済的ゆとり」ランキングという面白い指標がある。これは可処分所得から食費、住居費、交通・通信費、光熱水道費、教育費、保険医療費を引いた額で、簡単にいうと自由に使えるお金のこと。そのなかで最も多いのが福井県で、1人あたり「約13.2万円/月」。東京都は1人あたり可処分所得(手取り)では1位(約32万円)であるものの、ゆとり額ランキングでは47位で約8.4万円だという。単純に生活コストが高いのだろう(「令和6年全国家計構造調査」より)。
福井県は人口約73万人で、47都道府県中43位。人口に対して産業(眼鏡産業、繊維産業、電子部品などの製造業)が充実しているので、福井県の有効求人倍率は就業地別で1.69倍。2026年6月時点では99カ月連続で全国トップ。つまり、働く場所がたくさんあるのだ。また、夫婦ともに就業している共働き世帯は10万844世帯。共働き率は61.2%で全国1位(2020年国勢調査)。全国平均は51.6%だ。
福井県公式HPより引用
その共働き世帯を支える仕組みが、家族側と自治体側の両方にある。まず三世代同居が多い。お父さん/お母さんが忙しいときは、おじいさん/おばあさんが子どもの面倒を看る。家族のサポートが共働きを後押ししていて、結果的に1世帯あたりの所得も高くなり、それが循環して経済的ゆとり額につながっている。UIターンも多くなってきているなかで、肉親に頼れないケースでは、子どもが急に熱を出したとき、すぐに預けられるような施設を用意したり、ベビーシッターを派遣できるような仕組みをつくったり、家事や育児をサポートする仕組み(ふく育さん)を行政が行う。また、第2子以降の保育料や高校の授業料の無償化を、県が独自で実施。保険医療費は中学3年生までの医療費を助成し、現在は高校3年生相当まで対象を拡大する試みも行われる。
キッズ&ベビーシッター「ふく育さん」
公式HPより引用
地域に定着する産業があり、共働き率も高い状況がダブルインカムを生み、収入ベースも高い。安定した産業、雇用の基盤が整っていて、待機児童ゼロ、教育水準の高さもうかがえる。核家族でも共働きができ、そこを支える三世代同居構造。仕事と家庭を両立できるような環境をつくり出している。ちなみに福井県は、「幸福度ランキング」でも1位である。
偏在する子育てインフラ
保育は認可と公費の制度で、医療は診療報酬と地域医療計画、介護は介護保険の公定価格と参入規制が、それぞれ供給の量と場所を決めてきた。つまり、支えるための環境は市場ではなく、制度設計が生み出したものだ。その配置が、子育て期のインフラを最も強く偏在させ、共働き世帯を都心へ押し出し、住宅市場に歪みを生んでいる。空き家の隣に必要なのは値引きの札ではなく、保育園だろう。箱や空間を、単体で考えてはいけない。これからやってくるストック時代に必要なのは、地域環境全体の居心地を高めること。住宅の本当の価値は、建物の外にある。
見たことないマンションを考えるとき、私たちは“マンションそのもの”から考え始めてはいけない。どんな家族が住むのか。その家族は、誰とつながっているのか。その人たちは、どんな仕事をしているのか。子どもを誰が見守るのか。病気になったとき誰が助けるのか。高齢になったとき、誰と暮らすのか──“誰と関わるか”を考えた先に、初めて「マンションの間取り」が決まるのだ。「見たことないマンション」とは、見たことない建物ではなく、見たことない“暮らしの関係”のこと。大家族が一緒に住むことは、都市に変化をもたらすきっかけになるかもしれない。
今の若者(Z世代)を理解するためには、“家族”という視点がとくに欠かせない。若者の基本的な価値観や思考の枠組みは、家族の影響をこれまで以上に大きく受けている。家族との関係が強いZ世代は、年齢の横の括りだけではなく、年代を超えた親子の縦の括りでも捉えられる。今、かつてないほど若者とその家族、主に両親の関係性が緊密になりつつある。Z世代の若者にとって、親子は「上下の関係」ではなく、いわば「前後の関係」。親は自分の少し前を歩くメンターであり、共依存的だったり閉塞感をともなったりするような関係ではないのだ。家族のかたちが変わるなら、家のかたちも変わらなければならない。これからの家選びは、「箱」ではなく「関係」を見てほしい。
都市に変化をもたらせるきっかけになってほしい
数百万戸の空き家に対して、これまでの政策は取得補助・改修補助・住み替え支援など、一貫して「住宅を安くする」方向に進んできたが、空き家の立地の多くは、家賃がすでに十分安いのに人はやって来ない、つまり安さでは埋まらないことがわかっている。足りないのは値引きではなく、そこで暮らしが成立する条件のほうだ。空き家対策として住宅に補助を積んでも、人は戻らない。戻したいのなら、そこで暮らしが成立する条件「時間を奪わない働き方」や、保育に加え小児科や産科などの医療、介護子育てのインフラをセットで置かなければならない。最も効果的な「住宅政策」は、住宅の外にあるのだ。
(了)
<プロフィール>
松岡秀樹(まつおか・ひでき)
インテリアデザイナー/ディレクター
1978年、山口県生まれ。大学の建築学科を卒業後、店舗設計・商品開発・ブランディングを通して商業デザインを学ぶ。大手内装設計施工会社で全国の商業施設の店舗デザインを手がけ、現在は住空間デザインを中心に福岡市で活動中。メインテーマは「教育」「デザイン」「ビジネス」。21年12月には丹青社が主催する「次世代アイデアコンテスト2021」で最優秀賞を受賞した。

月刊まちづくりに記事を書きませんか?
福岡のまちに関すること、建設・不動産業界に関すること、再開発に関することなどをテーマにオリジナル記事を執筆いただける方を募集しております。
記事の内容は、インタビュー、エリア紹介、業界の課題、統計情報の分析などです。詳しくは掲載実績をご参照ください。
記事の企画から取材、写真撮影、執筆までできる方を募集しております。また、こちらから内容をオーダーすることもございます。報酬は別途ご相談。
現在、業界に身を置いている方や趣味で建築、土木、設計、再開発に興味がある方なども大歓迎です。
また、業界経験のある方や研究者の方であれば、例えば下記のような記事企画も募集しております。
・よりよい建物をつくるために不要な法令
・まちの景観を美しくするために必要な規制
・芸術と都市開発の歴史
・日本の土木工事の歴史(連載企画)
ご応募いただける場合は、こちらまで。不明点ございましたらお気軽にお問い合わせください。
(返信にお時間いただく可能性がございます)









