ニーズとともに変化する金属加工のあり方(前)
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リョーユウ工業(株)
財産は「人」と「技術」
福岡県糟屋郡宇美町で質の高い金属加工サービスを提供し続けている、金属加工業者のリョーユウ工業(株)。同社は、現・代表取締役社長の諸石裕氏の祖父であり、商号のルーツにもなっている故・山中量雄氏が、1972年6月に福岡市博多区東那珂で創業したのが始まり。その後、大野城市御笠川を経て、91年の本社新設とともに現所在地に移転。本社に隣接する工場では、長尺の金属加工が可能な設備を導入した。生産性・技術力ともにアップし、92年には7億5,763万円の売上高を計上。しかし、不況の煽りを受けたことで、設備投資過多となり、苦しい経営状況を経験した時期もあった。99年に父・信義氏の逝去にともない、裕氏が27歳の若さで3代目に就任することとなった。
学卒後、同社で技術職の経験を積み、技術力と品質管理の向上に努めた裕氏。だが、すべてを万能にこなすのは無理がある。そんなとき、裕氏を支えたのが、同社の創業時メンバーの1人である藤井公子元専務だった。業界事情や営業面、経営面などのアドバイスを必死に取り入れた。また、藤井元専務は裕氏とともに陣頭指揮を担い、とくに対外交渉においてその力を発揮。多くの取引先と信頼関係を築き、強固な体制を構築していった。
苦難の時期を乗り越えた分、大事なことも多く認識できた。企業は「人」で成り立っているということだ。
「私の場合、先代の時代に職人たちの背中を見てきたことが、財産にもなっています。しかし、現在は機械の進化が著しく、専門的な知識があれば誰でも簡単にできてしまいます。若手社員は機械操作や関連知識の習得はすごく早いのですが、加工技術の感覚的なものというか、創造的な部分がやはり足りないと感じています。弊社の『財産』でもある技術や管理・マネージメント能力を次の世代に引き継ごうと、現在、人材育成の方には力を入れています」(裕氏)というように、同社の財産でもある「人」の育成への想いは強い。
自ら考え自己改革を!
金属を加工するには、加工精度に合わせた設備投資が必要不可欠だ。先代の「設備力は勝ち残るための最大の武器」という考えを踏襲し、設備投資を積極的に行っている。8mのベンディングマシンとシャーリングから、パンチ・レーザ複合マシンAPELIO、レーザマシンFO-3015NT、14年にはパンチ・レーザ複合マシンAPELIOの更新でACIES-2515Bを導入。常に新たな技術を取り入れていこうという姿勢が見られる。
その一方で、顧客が求めるイメージをかたちにするため、加工品の図面を受け取り、それを忠実に製品として反映させる。どんなタイトなスケジュールでも高品質なものを提供するというスタイルで販路を拡大してきた同社は、次の一手として営業力の強化を進めた。
設備投資に合わせて、部材の切り曲げ加工だけに留まらず、完成品として一括受注を行うほか、サイン分野へも進出。現在ではネームプレートから照明カバー、ショーケース、食品機械のトンネルフリーザー、モニュメントの一部など、さまざまな製品を生み出している。機械と人のおかげで精度も加工スピードも年々向上。現在では売上の約7割が建築板金、約3割が内装・サインとなっている。
だが、まだまだ裕氏の理想にまで至っていないのが現状だ。そのため、多種多様な顧客ニーズの変化に合わせて、技術職だけではなく、営業職にまで目を向けた人材教育を行っているという。社内教育はもちろん、外部セミナーに参加させることで、経営上層部だけでなく中間管理職の育成、さらには若手社員におけるステップアップを図っている。
(つづく)
<COMPANY INFORMATION>
代 表:諸石 裕
所在地:福岡県糟屋郡宇美町障子岳南5-3-5
設 立:1972年6月
資本金:1,000万円
TEL:092-933-6811
URL:http://www.ryo-u.com<プロフィール>
諸石 裕
1971年生まれ。95年4月に同社に入社し、99年3月に代表取締役社長に就任。ブログ「リョーユウ日記」を不定期で更新している。趣味はドライブ。関連キーワード
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