(株)モリアゲ
代表取締役 長野麻子 氏
近年、「ウッド・チェンジ」という言葉が社会に浸透しつつある。木材利用を通じて持続可能な社会への転換を目指す行動を指すが、具体的にどのような動きがあり、成果があるのだろうか。自治体や企業などへのコンサルタント業務を通じて、国内外の動向に詳しい、(株)モリアゲ代表取締役の長野麻子氏が解説してくれた。
※この記事は2026年1月20日に行われた「ながさ木の建築促進セミナー」における長野氏の講演内容を編集したものです。
林業の課題解決へ進む法や制度の整備
代表取締役 長野麻子 氏
日本の国土の約7割は森林であり、そのうち約4割は、先人たちが植え育んできた人工林です。これらの多くは現在、伐採して利用するのに適した時期、いわゆる主伐期を迎えています。しかし、安価な外国産材の流入や生活様式の変化などにより、十分に活用されないまま放置されてきました。
管理されない森林は、土砂災害のリスクを高めるだけでなく、生物多様性の低下も招きます。里山の管理が行き届かなくなったことで、野生動物との境界線が曖昧になり、獣害などの深刻な社会問題も各地で顕在化しています。一方で現在の林業は、補助金があっても「切れば切るほど赤字」ともいわれる厳しい構造に置かれています。米と同様、木材も適正な価格で取引され、利益が山に還元されなければ、次世代のために木を植え続けることはできません。こうした点が、ウッド・チェンジ実現に向けた大きな課題の1つとなっています。
一方、「2050年カーボンニュートラル」の実現に向け、森林が持つ二酸化炭素吸収機能への期待は、かつてないほど高まっています。とりわけ注目されているのが、木造建築を「街のなかの第2の森林」と捉える考え方です。26年4月以降、企業が自社ビルなどを木造で建設した場合、建物内に貯蔵されている炭素量を自社の排出量から控除したり、環境価値として定量化したりできるなど制度的枠組みが整いつつあります。さらに、28年度からは、資材調達から解体まで、建物のライフサイクル全体におけるCO₂排出量を評価する「LCA(ライフ・サイクル・アセスメント)」が、大規模建築物を対象に義務化される見通しです。
このほか、21年10月に施行された「都市(まち)の木造化推進法」など、建築分野での木材利用を後押しする法制度の整備も進んでいます。鉄やコンクリートと比べ、製造過程での環境負荷が低く、炭素を長期に固定し続ける木材は、今後の建築市場において極めて有力な選択肢となりつつあります。
ネイチャーポジティブの議論も活発化

近年は、気候変動対策(脱炭素)と並び、「ネイチャーポジティブ」をめぐる議論も活発化しています。これは、自然の損失を食い止め、回復軌道に乗せるという考え方です。イギリスでは、開発によって失われる生物多様性を別の場所で回復させる「生物多様性ネットゲイン」の義務化などが進んでいます。日本でも「2030ネイチャーポジティブ」を掲げ、2030年までに国土の30%を自然環境エリアとして保全する方針が示されています。
環境省は、民間企業などの取り組みによって生物多様性の保全が図られている区域を「自然共生サイト」として認定する制度を開始しました。現在、全国で448カ所の森林や里山が認定され、取り組みを行う企業は「支援証明書」をもらえる仕組みができました。適切に管理された木材を使うこと自体が、生物多様性の保全に寄与するという認識が、社会全体に広がりつつあることを示す動きです。
木造建築や森林の価値は、環境面だけにとどまりません。木が人間の脳や身体に与える好影響を示す研究も進んでおり、ある実験では、森林浴によって免疫細胞の一種であるナチュラルキラー細胞が2日間で約5割活性化し、その効果が1カ月程度持続したことが確認されています。さらに、オフィスを木質化することで、社員のストレス軽減や集中力向上、コミュニケーションの活性化につながるという報告も増えています。木材は視覚的な温かみだけでなく、調湿性や音響特性にも優れており、コンクリートに囲まれた現代社会で疲弊した人々の脳を「チューニング」する効果をもっているといえるでしょう。
深刻な人手不足が続くなか、木造オフィスは「選ばれる企業」になるための有効な手段にもなります。名古屋市の企業では、CLTを用いた木造ビルを建設した事例があります。鉄骨造に比べて建設コストは約3割高くなりましたが、社員満足度の向上や採用面での好影響が確認され、経営者は「宣伝効果まで含めれば十分に投資回収できた」と語っていました。デジタルネイティブ世代であるZ世代以降は、環境配慮に消極的な企業を敬遠する傾向が強まっています。持続可能な森づくりに配慮した建築を選択することは、企業の社会的責任を体現すると同時に、優秀な人材を惹きつける重要な経営戦略となっています。
川上・川中・川下が連携し
進むことが大切
木造建築を成功させるためには、川上(森林所有者・林業者)、川中(製材所)、川下(設計者・施主)が連携することが不可欠です。大分県佐伯市では、木を使う企業が、再造林が可能となる適正価格で毎年1万平方メートル分の木材を買い取る協定を森林組合と締結しています。これにより、林業側は安心して設備投資や人材育成に踏み切ることができ、働く人の年収が1,000万円を超えるケースも生まれるなど、持続可能な好循環が形成されつつあります。
森と関わる方法は、建築に限りません。当社では、企業が特定の森林と継続的に関わる「一社一山」活動を提唱していますが、参加企業からは「研修を山のなかで行うことでチームの結束力が高まった」といった声も寄せられています。森林を失った文明は長く続かないとも言われます。先人が植えてくれた木を使い、再び植え、育てていくという当たり前の循環を、私たちは今、再構築すべき岐路に立っています。建築士や設計者だけが努力しても限界があります。建築主、行政、市民がそれぞれ森に思いを寄せ、ウッド・チェンジ実現に向け少しずつでも行動を重ねていくことが重要です。
【文・構成:田中直輝】
<COMPANY INFORMATION>
代 表:長野麻子
所在地:東京都港区芝5-36-4
札の辻スクエア9階
設 立:2022年8月
資本金:900万円
URL:https://mori-age.jp/
<PROFILE>
長野麻子(ながの・あさこ)
愛知県安城市出身。東京大学文学部卒後、農林水産省に入省。林野庁木材利用課長などを経て、2022年に(株)モリアゲを設立。「日本の森をモリアゲる(盛り上げる)」というビジョンのもと、企業・自治体・地域のパートナーとともに、森の価値を社会に広く伝え、生かす取り組みを推進している。

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