2024年11月05日( 火 )

安倍・トランプ「ゴルフ外交」は「神武以来の朝貢外交」か?(3)

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SNSI・副島国家戦略研究所 中田安彦

 ところで、二国間交渉について、TPPを散々批判してきた、自民党の一部や保守論客からの批判の声が殆ど聞こえない。まさか「中国に対抗するためには多少の米国への売国はやむを得ない」とでも考えているのだろうか。だとしたら、本当に保守派というのも堕落したと言わざるをえない。野田政権や菅政権と言った民主党時代の売国ぶりも確かにひどかったが、安倍政権も実質的には反中姿勢と金融緩和的な経済政策以外は同じことをやっている。麻生太郎副首相は、以前、CSISでの講演で水道民営化について提起したことが知られているが、水道民営化は世界中で外資支配による水道サービスの低下を招いていることはよく知られている事実だ。今後の二国間交渉で何が起きるかは注意する必要がある。

 さらに安全保障についても、現状維持にとどまった。トランプが選挙中に繰り返してきた、「在日米軍駐留費用の増額」についての要求が持ち出されなかったとして安堵する声もあった。さらに、トランプが日米共同会見の際に、「日本国民が米軍駐留を受け入れてくれていることに感謝する」とまで述べていた。なかなか大統領が駐留米軍に対して感謝を述べることはない。しかし、この発言は先に来日した、ジェイムズ・マティス国防長官の発言とあわせて考える必要がある。稲田防衛大臣との会談の際に、マティスは在日米軍駐留経費の一部を高い割合(約75%〜80%)で負担している日本について「日本はモデルだと思っている」と評価し、他の国にも適用を呼びかけていた。「日本の高負担がモデル」だと言っておりこの時点で、日本側の負担軽減の可能性が閉ざされたとも取れる内容だ。

 更に、安倍首相は帰国後に出演したテレビでのインタビューで、在日米軍駐留経費については米側首脳から要求が出なかったとした上で、「この問題は終わった」と語ってもいる。安倍首相はしっかりと理解しているかどうかわからないが、これは「米軍駐留経費の負担軽減の可能性が閉ざされた」ということを意味していると受け取られかねない発言だ。

 私は少し前に鳩山由紀夫元首相とお話させていただいたが、その際に鳩山氏は、トランプ大統領が在日米軍駐留経費負担の増額要求を受け入れないなら撤退すると脅してきたことに対して、「そのときはどうぞお引き取りください」と日本側から言うのが正しいやり方だと指摘されていた。これは、日本側から米側にディールを行うように持ちかけてアメリカを牽制するべしという意図だろうと思うが、日本側は「日本は十分に負担している」とアピールするばかりで、肝心の負担軽減は全く言い出せなくなってしまった。まさに日本はアメリカの術中にハマったというほかはない。安倍首相はトランプ大統領誕生という対米自立の機運を見出すチャンスをみすみす見逃したのである。

 この点で安倍政権は、沖縄の世論を無視する普天間飛行場の辺野古移設の強行路線だけではなく、今後に禍根を残した。さらに北朝鮮のミサイル実験もあったので、更に日本はアメリカのミサイル防衛システムを買わされるだろう。これを本当に成功と言っていいのだろうか?

 安倍首相がアメリカに対して「朝貢外交」を辞さないのも、全ては「中国と北朝鮮の脅威」が理由である。日本の安倍首相をはじめとする保守派たちは米軍に占領されているにも関わらず、中国に対しては情けないほどに過剰な脅威感を抱いている。トランプ政権が、就任直前にキッシンジャー元国務長官訪中に合わせて、台湾の蔡英文総統と電話で話したことや総統が中南米を訪問する際にトランジットで米国に立ち寄った際に共和党のテッド・クルーズ上院議員と面会したこと、更には貿易政策で対中強硬派のピーター・ナヴァロ(カリフォルニア大学教授)を国家通商会議(NTC)のトップに指名したことで、トランプ政権は中国と激突するという見方が生まれていた。

 ただ一方で、この対中強硬姿勢は、中国との交渉を見据えた「カード」の一種ではないかという見方も有力だった。つまり、台湾を含めた安全保障を通商交渉のカードとして使うという「政経一体化」の戦術である。安倍首相の周辺には台湾ロビーの政治家が多い。「一つの中国」を認めたがらないトランプ政権は心強い存在だっただろうが、この期待も日米首脳会談の直前、前日に米中首脳の電話会談が行われることで打ち砕かれた。今回の日米首脳会談を巡ってもっとも重要だったのは、トランプが意図的に「マッドマン・セオリー」に基づいて混乱を作り出し、主導権を得ていることがわかったことであり、中国に対しても、ディール外交でのぞんでいることである。

 トランプは、中国の南シナ海での強硬姿勢について質問した産経新聞の記者(安倍首相の指名)に対して、「私は、昨日、中国の習近平国家主席と、とても温かい話し合いをした。我々はこれからもうまくやっていけると思う」と安倍首相が期待するのとは全く別であろうコメントを述べた。これもマッドマン・セオリーの実践である。ある段階まで狂ったように発言し、途端に穏やかになる。これはトランプ政権が「反中一辺倒」ではなく、日本や台湾のような地域の国々と大国中国のバランスを考えながら国家戦略を考えるという伝統的なリアリズム外交に立脚していく余地があることを示している。トランプ政権では外交政策は、ヘンリー・キッシンジャー元国務長官に代表される勢力均衡型の地政学的思考を重視する一派と、スティーブ・バノン主席戦略担当に代表される、反イスラム、反中国のようなサミュエル・ハンチントン教授の唱えた『諸文明の衝突』のイデオロギーに基づく考え方の一派がある。通商担当のナヴァロ教授もバノンの一派であろう。

(つづく)

<プロフィール>
nakata中田 安彦(なかた・やすひこ)
1976年、新潟県出身。早稲田大学社会科学部卒業後、大手新聞社で記者として勤務。現在は、副島国家戦略研究所(SNSI)で研究員として活動。主な研究テーマは、欧米企業・金融史、主な著書に「ジャパン・ハンドラーズ」「世界を動かす人脈」「プロパガンダ教本:こんなにチョろい大衆の騙し方」などがある。

 
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