第11回「白馬会議」の講演録より「日本の技術劣国化からの脱出」(2)
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有識者の知ったかぶりが壁になる
政府、メディア、コメンテーターなど、いわゆる有識者らが語るイノベーションはほとんどITソフト系であり、イノベーションが感じられないイノベーション論の繰り返しで目新しさは微塵も感じられない。イノベーションは古今東西を問わず、必ずかたちあるものが先行して存在している。たとえば、画像診断の要であるCTスキャン、MRIは解析ソフトが素晴らしくても撮像装置の性能が悪かったら無意味である。
イノベーションは研究開発から生み出されることを是とするなら、前述の生天目氏が指摘しているように、研究開発は役所のシナリオに沿って大学や研究所の「偉い」先生が決めるものではなく、ビジネスや工場の現場を含む「エコシステム」を含めた研究シナリオをつくり、適時に修正を行えるリーダーの下に推進すべきものである。
エコシステム的に見るならば、IT技術はハード・ソフト両輪で半世紀以上かけて積み上げられた技術的である。しかし、その積み重ねから派生しているAIや量子コンピューターがすべてを解決していくという誤謬がまかり通っており、国民の間にも大きな誤解が生じている状況である。
日経新聞2018年9月17日の「自動運転、量子コンピューター活用、先端技術を競う」というキャッチは、明らかに誤解を誘導するもので、量子コンピューターで自動運転という内容の記事ではない。ドイツかぶれの記者がドイツ礼賛をしたいがためにつくった記事であり、量子コンピューターの部分はすでに日本や米国で論じられている内容である。また、AIの発展によって電子決済を含めた金融システムが大変革されるということをメディアは煽るが、金融と交易という基礎概念は変わらないことを論じたものはネットでしか見かけない。政府の第4次産業改革もAIに頼りすぎてはいけない。新聞やテレビの論理構成のお粗末さは目を覆うばかりである。
農業と同じで、良い工業技術を実らせるには時間がかかる。我が国の技術力は弱体化していないのだが、最近発生する技術的諸問題は支える人とシステム(法律、制度、方法)が古臭く陳腐化していることに原因がある。昨今の大企業の没落や官民の不祥事の底流にあるのは、戦後70年を越える平和を享受するなかで、社会、組織の上に立つ多くの人々が、保有する既得権益を死守することをすべてに優先しているためだと判断せざるを得ない。
本心は現状維持を望む人々がアイデアの創出を叫んだところでイノベーションは起こりえない。むしろ、イノベーションを声高に唱えて権益に群がる識者、官僚、学者、マスコミが改革の障害となっている。彼ら彼女らにモデルケースとされている米国カルフォルニアで生まれたシリコンバレーはいろいろな好条件が重なった稀有な例であるが、街にホームレスが増加するなど負の面が出始めている。この状況はデトロイトの歴史を彷彿とさせる。二番煎じから破壊的イノベーションなどありえないし、永遠の繁栄はありえないことも彼の地から学ぼうではないか。
(つづく)
<プロフィール>
鶴岡 秀志(つるおか しゅうじ)
信州大学カーボン科学研究所特任教授
埼玉県産業振興公社 シニア・アドバイザーナノカーボンによるイノベーションを実現するために、ナノカーボン材料の安全性評価分野で研究を行っている。 現在の研究プログラムは、物理化学的性質による物質の毒性を推定し、安全なナノの設計に関するプロトコルを確立するために、ナノ炭素材料の特性を調べることである。主要機関の毒物学者や生物学者だけでなく、規制や法律の助言も含めた世界的なネットワークを持っている。 日本と欧州のガードメタルナノ材料安全評価プログラムの委員であり、共著者として米国CDCの2010年アリスハミルトン賞を受賞した。
埼玉県ナノカーボンプロジェクトのアドバイザーを通じてナノカーボン製品の工業化を推進している。<学歴>
1979年:早稲田大学応用化学科卒業
1981年:早稲田大学修士課程応用化学
1986年:Ph.D. 米国アリゾナ州立大学ケミカルエンジニアリング学科<経歴>
1986年:ユニリーバ・ジャパン(日本リーバ)生産管理
1989年:Unilever Research PLC。 (英国)研究員
1991年:ユニリーバ・ジャパン(日本リーバ)、開発マネージャー
1994年:SCジョンソン(日本)、R&Dマネージャー
1999年:フマキラマレーシア、リサーチヘッド
2002年:CNRI(三井物産株式会社)主任研究員
2006年:三井物産株式会社(東京都)、シニアマネージャー
2011年:信州大学(長野県)、特任教授関連記事
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