2024年11月27日( 水 )

検察の冒険「日産ゴーン事件」(8)

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青沼隆郎の法律講座 第20回

役員報酬の法律学

(1)論理性のない未熟な検察官の感覚的法律論
 有価証券報告書に記載すべきゴーンの役員報酬額はただ1つしか存在しないし、それは
 実際にゴーンに支給された現金(およびそれと同等財物)である必要がある。「将来に支払われる役員報酬」なる術語概念自体が論理矛盾であり、法律論的に存在しない。いくらかの識者が指摘しているように、それはせいぜい「期待権」に過ぎない。もちろん、期待権である以上、それについて「確定」「不確定」の議論そのものが論理的に無意味であり成立しない。

(2)役員報酬の成立と消滅過程の分析
 ゴーンに支払われた役員報酬の成立と支給によって完了消滅した過程を具体的に検討すると以下の通りとなる。


■期首の事業予算(試算書などその名称に拘る意味はない)に掲げられた役員報酬名目の金額についての取締役会の承認
支給が法的に承認された役員報酬(未支給)
この金額は支払予定金額でありゴーンに未支給であるから記載すべき役員報酬ではない。

■期中の月次別役員報酬などについて変更すべき特別の事情がなければ何らの問題はない実際にゴーンが支給を受けた役員報酬(支給中)

■期末の決算において当期に実際に支払われた役員報酬名目の総金額についての取締役会の承認
適法に支給済みと承認された役員報酬(支給完了)


 この金額が有価証券報告書に記載すべき、ゴーンに支給された役員報酬額であり、この当期決算で適法として取締役会が承認した役員報酬額が「確定した」役員報酬額である。
 以上のように役員報酬は事業期間単位で具体的に発生消滅するもので、事業期間をまたいで存続する性質のものではない。当然、有価証券報告書も事業期間単位である。

(3)検察官の論理の未熟性
 検察官は明らかに、企業会計の事業期間単位制を無視し、取締役が得た法的利益のすべてを一括して取締役報酬と認識した。めちゃくちゃなどんぶり勘定法律論である。その原因は「確定した役員報酬」という場合の確定の意味を、未熟で感覚的な独善論法で解釈したためである。

 そのため、検察官が独自に「確定」と認識、認定すれば「確定した役員報酬」は無制限に存在することとなった。従って、当期決算で確定した役員報酬以外にも検察官主張の「確定した役員報酬」が存在し、それが未記載であれば(論理を飛躍して)有価証券報告書虚偽記載罪の構成要件に該当することになったのである。

 検察官が独善的につくり出した「確定役員報酬」が未記載であれば、それが直ちに虚偽記載罪とはならないことは中学生でも理解できる。未記載であることが虚偽となる認識や、故意に記載しない場合に故意犯としての虚偽記載罪が成立する。しかし、まだ現実に金銭の受領もない数字の上の金額が「確定した役員報酬」と認識するのは、この世には検察官以外にはいないのであるから、普通の人を虚偽記載罪で訴追することは不可能である。
 国民が上記程度の法的理解力をもてば、遠からず、事件の結末は見えて来るはずである。

(つづく)

<プロフィール>
青沼 隆郎(あおぬま・たかお)

福岡県大牟田市出身。東京大学法学士。長年、医療機関で法務責任者を務め、数多くの医療訴訟を経験。医療関連の法務業務を受託する小六研究所の代表を務める。

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