2024年12月23日( 月 )

ベトナムで開催された米朝首脳会談の舞台裏を探る(前)

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国際政治経済学者 浜田 和幸 氏

 世界が注目したトランプ大統領と金正恩委員長による米朝首脳会談は何ら合意文書が署名されないまま、中途半端な終わり方をした。予定された昼食会や共同記者会見も突然中止され、トランプ大統領は一方的な記者会見を開き、足早にベトナムの首都ハノイを後にし、専用機でワシントンに向かった。

 残された金正恩委員長はその後2日間ハノイに滞在し、ベトナム政府や党の幹部との会合を重ね、再び列車に乗って中国を縦断し、北朝鮮の首都・平壌に戻った。60時間におよぶ列車の旅の最中、「どうしてトランプ大統領は会談を急きょ御破算にしたのか?前の晩の夕食会では上機嫌で話し合ったはずなのに」と2度目の首脳会談の想定外の顛末を反芻していたに違いない。両首脳とも「会談は建設的だった」と述べてはいるが、内心では「もうこれっきりかも」と思った可能性が高い。

 実は、筆者は米朝首脳会談が開催され、金正恩委員長がハノイを離れるまでの同時期にベトナムに滞在していた。両首脳がいる間は、ハノイのいたるところで大渋滞。普段から圧倒的なバイクと急増する自動車でハノイは忍耐心を育むには最適の環境と言われている。交通信号の数も歩行者用の横断歩道も極めて少ないため、事故の件数は半端ない。加えて、アメリカと北朝鮮の代表団と全世界からの報道陣3,000人が殺到したため、警備が強化され、交通渋滞は過去最悪となった。

 ベトナム政府とハノイ市当局は2030年までに公共交通手段を整備し、市内へのバイクの乗り入れを制限する方針を発表しているが、現状では地下鉄用の土地の買収も遅々として進まず、実現の可能性は危ういと思われる。何しろ、路線バスですら現在8路線しか運航しておらず、バスの台数も限られている。ハノイでは2020年までに車の所有者は自動支払い口座の開設が義務付けられるという。同様の試みは最大都市のホーチミン市でも計画が進行中だ。
 たまたま金正恩委員長一行の車列と遭遇したが、その移動の沿線は厳重な警備体制が敷かれており、制服、私服の警官や警備員が交通を遮断してしまい、あちこちで怒鳴り合いが起こった。あおり運転ではないが、トラックの運転手らが車を降りて、いうことを聞かず道路を逆走したり、歩道に乗り上げようとした一般車を規制したり誘導するような場面にも出くわした。しかし、大半のベトナム人は忍耐強く、金正恩委員長の乗った専用車が通り過ぎるまで1時間ほどじっと待機していたようだ。

 さて、肝心のトランプ・金正恩会談である。あれだけ、事前の盛り上がりを見せていたにもかかわらず、なぜあっけない幕切れとなってしまったのか。ホスト国のベトナム政府の要人に言わせると、「もともと非核化についての立場は月と鼈(スッポン)。1度や2度の顔合わせで詰まる話ではない。まだまだ長期戦になるだろう。今回のような展開は容易に想像できた」。

 それどころか、「ベトナムとすれば世界が注目するビッグ・イベントを成功裏に開催でき、アメリカにも北朝鮮にも恩を売ることができた。世界60数カ国からやってきたメディア関係者にベトナムの文化や料理の素晴らしさを体験してもらい、情報発信してもらえたことは大変有意義であった」と、首脳会談の中身より自国のPRの場として極めて前向きな評価となった。

 しかし、トランプ大統領や北朝鮮の李容浩(リヨンホ)外相らの発言からは米朝間の抜きがたい不信感が伝わってくる。当初、トランプ大統領は会談を途中で切り上げた理由について「北朝鮮側が寧辺の核施設の破棄と引き換えに、国連による経済制裁をすべて解除するよう求めてきたからだ」と主張していた。

 それに対し、北朝鮮の李外相は異例の深夜記者会見で、「我々が提案したのは国連の経済制裁11項目の内5項目だけだった」と反論。隣に座っていた対米交渉担当の外務副大臣からは「このような結果になったため、今後、金正恩委員長はアメリカとの交渉に関心を寄せなくなるかもしれない」と踏み込んだ発言もあった。

(つづく)

<プロフィール>
浜田 和幸 (はまだ・かずゆき

国際未来科学研究所主宰。国際政治経済学者。東京外国語大学中国科卒。米ジョージ・ワシントン大学政治学博士。新日本製鐵、米戦略国際問題研究所、米議会調査局などを経て、現職。2010年7月、参議院議員選挙・鳥取選挙区で初当選をはたした。11年6月、自民党を離党し無所属で総務大臣政務官に就任し、震災復興に尽力。外務大臣政務官、東日本大震災復興対策本部員も務めた。16年7月にネット出版した原田翔太氏との共著『未来予見~「未来が見える人」は何をやっているのか?21世紀版知的未来学入門~』(ユナイテッドリンクスジャパン)がアマゾンでベストセラーに。

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