平成「失われた30年」に秘められた謎を読み解く!(後)
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不良債権は外資系ファンドの「蜜の味」になった
――2002年のブッシュ・小泉会談で、日本はアメリカから「不良債権処理」を強く要求されました。
中尾 政府は「不良債権処理なくして景気回復なし」(当時は「ゾンビ企業」の存続が経済の回復を遅らす主要因と言われた)と号令をかけました。しかし、不良債権問題は、日本の税金投入によって「不良債権ビジネス」という外資系ファンドから見ると「蜜の味」(安値で買い叩き、高値で転売するビジネスに)に変貌しました。
1998年、日本長期信用銀行破綻のニュースに日本全体がパニックに陥りました。銀行に多くの預金者が解約を求めて殺到しました。しかし、「なぜ、何兆円もの税金で不良債権を処理した銀行を、わずか10億円で外資ファンドに売り渡したのでしょうか」不良債権は税金で買いとるので正常債権になります。正常債権であれば、誰でも欲しいのは当たり前であったはずです。
なぜ、ことごとくリップルウッドなどに代表される欧米の投資ファンドに売り渡されたのでしょうか。そこに、国益を守ろうとする、政治家、官僚の矜持は存在したのでしょうか。長銀のほかに、山一證券、日本債券信用銀行など金融機関、日本を代表するスーパーマーケットのダイエーも、「ゾンビ企業」(経営が破綻しているにもかかわらず、銀行や政府機関の支援によって存続している企業)の代表と名指しされ、「産業再生機構」(金融再生プログラムの一環として2003年から2007年の4年間だけ存在した日本の特殊会社)というステップを踏んで、アメリカの投資ファンドに売却されました。その結果、数多くの日本企業の所有権が外資系に移り、現在日本の株式市場において、海外投資家が圧倒的な存在感を放っています。
軍産複合体およびワシントン政権主流派への痛烈な批判
――本書で先生は、傾聴に値する声として、チャルマーズ・ジョンソンについて触れられています。少し解説をいただけますか。
中尾 ジョンソンはアメリカの国際政治学者で、日本および中国を始めとした東アジア政治・国際関係を専門としています。かなり遡りますが、著書『通産省と日本の奇跡 』(1982年)などで日本でも一世を風靡しました。しかし、私が本書で取り上げているのは別の視点です。
ジョンソンは「文明の衝突」論で脚光を浴びた、アメリカの政治学者サミュエル・ハンチントンがいかにアジアに素人なのかを暴き、徹底的に批判しています。ハンチントンの説は「日本を独自の文明圏に規定し、日中分断(アジアを分断)を謀るワシントンの政治的判断に迎合した賜物に過ぎない」と喝破しています。この批判は傾聴に値します。
ジョンソンの著作を貫く視点は、自らもかつて軍人としてのその一員だったアメリカの軍産複合体、およびワシントン政権主流派への痛烈な批判です。ジョンソンは日本を属国、もしくは衛星国として蹂躙するアメリカの軍事力を中心とした政治権力の構造を、グローバルに広がる基地帝国として、性格づけています。「グローバリゼーション」自体も、かつて帝国主義と言っていた語彙の言い換えに過ぎないと一刀両断しています。
また、ジョンソンで注目したいのは、アジア通貨危機(ジョンソンは、「所有権のバーゲンセールともいうべき簒奪」と喝破)」と同時期に起こった日本の金融危機を、ともに「資産の壮大な歴史的移転」としている点です。
<世界中の格差拡大の背景に、タックス・ヘイブン>
――本書では、市場主義の極致として、タックス・ヘイブン(租税回避地)に纏わる「パナマ文書」「パラダイス文書」「ファルチャーニ文書」などについても言及されています。
中尾 ロンドン・スクール・オブ・エコノミクス(LSE)の国際政治経済学者スーザン・ストレンジは、脱冷戦後の市場経済で暗躍する主役としてタックス・ヘイブンで営業する巨大監査法人に目を向けました。格差問題の論客として話題を集めたフランスの経済学者トマ・ピケティも、世界中の格差拡大の背景として、タックス・ヘイブンを取りあげています。
今回は日本ではなじみの薄い「ファルチャーニ文書」についてお話します。これは「同一銀行内口座取引は取引の痕跡を隠蔽することができる」ことを明かした歴史に残る文書です。その後のファルチャーニの人気は鰻登りで、ジュリアン・アサンジのウィキリークスに因んで「スイスリークス」あるいは「脱税のスノーデン」として喝采を浴びました。真相をすっぱ抜いた内部告発者が称賛されることは日本ではほとんどありません。国際金融取引において、タックス・ヘイブンは、ニューヨークやロンドンにつながるマネー潮流の一翼に座る巨大な存在となっています。
今「松本清張ブーム」が起こっていることに注目
――時間になりました。明日から新元号「令和」に変わります。最後に読者にメッセージをいただけますか。
中尾 最近、学生も社会人も、委縮して展望を見出せず、社会や政治、さらに国際事情に興味を失い、意気が上がらない空気「精神的「引きこもり」」が支配的になっています。
そんな中、今ちょっとした「松本清張ブーム」が起こっていることに注目しています。政財界という権力に潜む数々の「闇」を描いた清張が注目されるのは、かつて目覚ましい経済発展を遂げた日本が、これだけ行き詰まって衰えていくカラクリを誰かに教えてもらいたい、その謎解きを期待する社会的な気分が高じているからだと思います。
本日お話申し上げましたことが、読者の皆さまが、明日へ向かって、希望の一歩を踏み出す何らかの参考になれば嬉しく思います。
(了)
【金木 亮憲】<プロフィール>
中尾茂夫(なかお・しげお)
1954年生まれ。京都大学大学院 経済学研究科 博士後期課程単位取得満期退学。経済学博士(神戸大学)。大阪市立大学経済研究所教授を経て、明治学院大学経済学部教授。シカゴ連邦準備銀行、トロント大学、西ミシガン大学、カリフォルニア大学リバーサイド校、タイNIDA、中国人民大学、マカオ大学などで、客員研究員・客員教授を、国内ではNHKやJBIC(国際協力銀行)などの依頼による調査研究主査を務める。著書に、『ジャパンマネーの内幕』(岩波書店、第32回エコノミスト賞)、『ハイエナ資本主義』(ちくま新書)、『FRBドルの守護神』(PHP新書)、『トライアングル資本主義』(東洋経済新報社)、『日本が外資に喰われる』(ちくま新書)など多数。関連記事
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