2024年12月28日( 土 )

社会復帰・仕事復帰を目指す~脳血管疾患の後遺症に特化した保険外リハビリ

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 脳梗塞・脳出血などの脳血管疾患は、命が助かった場合でも半身麻痺や言語障害などの後遺症が残ることが少なくない。だが、退院後の介護保険内のリハビリは、日常生活に必要な体の機能(ADL)を保つのが限度で、失われた機能を回復させるまではなかなか実現できてない。脳梗塞リハビリセンター(運営者:(株)ワイズ)は、脳血管疾患に特化した保険外リハビリ施設として、体の麻痺や言語障害の改善や仕事復帰などを実現している。失われた機能を取り戻す独自のリハビリ技術に迫る。

退院後の課題は後遺症、保険内では維持が限度

 脳梗塞や脳出血など、今では250万人を超えている脳血管疾患。治療技術が進歩して死亡率は減少している一方で、退院後にリハビリが必要な人は増え続けている。治療や手術で一命を取り留めても、半身麻痺や言語障害などの後遺症が残ることが多いからだ。だが退院後に、介護施設などで行われる介護保険内リハビリは日常生活に必要な体の機能を「維持」することが主な目的で、「治る」リハビリまではなかなか実現できていない。

鍼灸を組み合わせた独自のリハビリ技術

 脳梗塞リハビリセンターは、介護保険では対応しきれていない脳梗塞や脳出血の後遺症に特化した保険外リハビリ施設として、麻痺などで失われた体の機能の改善や仕事復帰を目指してリハビリをしている。同施設は今まで約3,000人が利用しており、「1人で立ち上がったり歩けるようになった」「キーボードが打て、職場復帰できた」「言語リハビリにより商談が可能になった」などの改善事例がある。60日間のリハビリで81%の人が身体機能を改善(日本脳卒中学会2018の発表資料より)できているのは、アプローチを組み合わせた独自のリハビリ技術にあった。

 リハビリでは、まず鍼灸で血流を整えて体の代謝を上げ、麻痺したりつっぱったりした体を緩めることで、リハビリしやすいコンディションに整える。鍼灸は、WHO(世界保健機関)から脳卒中の後遺症への効果が認められており、たとえば手足の関節のこわばりを緩めるにもすぐに効果があるからだ。また、脳梗塞や脳出血を再発防止するためにも鍼灸を行っているという。

 次に、後遺症が残る原因を見極めながら、理学療法士・作業療法士が手足の運動機能やバランス感覚を取り戻せるようにアプローチする。脳梗塞や脳出血で手や足などの体を動かす脳の部分が損傷してしまった場合でも、残っている脳が体を動かす機能を代わりに受けもつ能力があるといわれている。そのため、体の動かし方を脳がもう一度覚え直して、動作を練習することで、機能の回復が見込めるという。

 後遺症で失われた体の機能を取り戻すためには、目標の動作ができるようになるまでいくつものリハビリが必要だ。セラピスト(療法士)がプロセスを細かく分けて、手順を追ってアプローチをしていけば、痛みも少なく体に大きな負担をかけることなく機能を改善できるという。

 その後、セラピストのアプローチで覚え直した体の動かし方を脳に定着させるために、トレーナーが器材や手技を使い分けて反復トレーニングする。たとえば歩く・座るなどの動作は、胴体部分の体幹のバランスが整っているからこそができるが、後遺症で麻痺してしまうと体のまっすぐという感覚がずれてしまい、バランスが取れなってしまう。そのため、リハビリ用の器材を使って、何度も動作を繰り返して体幹のバランスを鍛える。そうすると体がまっすぐになる感覚をもう一度覚え直すことができて、ズレが少しずつ治り、歩く・座るなどの動作がうまくできるようになる。

 また、脳梗塞や脳出血のリハビリは、後遺症の原因によって1人ひとりに必要なアプローチが変わってくる。たとえば右手が動かないときは、筋肉が固まって関節がこわばっている、力が入らないなどいくつもの可能性があるからだ。しかし、介護保険のデイサービスなどではグループリハビリが中心で、後遺症の症状や目標にあった個別のリハビリを受ける時間は少ない状況だ。そのため脳梗塞リハビリセンターでは、1人ひとりにあったオーダーメイドの個別プログラムをつくってリハビリしている。

効果のあるノウハウをシステム化して共有

 鍼灸師やセラピストのノウハウは、「人」がもっているものだ。しかし、それぞれの「人」がもつノウハウだからこそ、優れた手法をリハビリ施設内で垣根なく共有することはこれまであまり進んでこなかったという。

 そこで、脳梗塞リハビリセンターは、後遺症の症状が治るまでどの段階でどのようなアプローチをするのかという、これまで人だけがもっていた技術をオープンにして、専門医の監修を基に施設内でプログラムとして共有できるようにした。今では全国10拠点以上の施設を展開しているが、どの施設でも改善実績が上がっているのは、このプログラムを共有する仕組みにあるのではないだろうか。

 また、鍼灸師やセラピストが普段リハビリするときは、これまで自分が学んできた流派のやり方でリハビリをしているものだ。たとえば、麻痺したところを動かせるようにするアプローチにもいくつかの種類がある。脳や脊髄が外からの刺激などに反応して機能が高まることに注目したボバース療法、イタリア起源の認知運動療法、反復運動により機能を回復させる促通反復療法(川平法)などだ。

 一方で、脳梗塞リハビリセンターは、これまであった「流派の壁」を越えて、流派にこだわりなく後遺症の症状に合わせて効果のある方法を組み合わせてリハビリすることで、多くの体の機能改善や社会復帰の事例を実現しているという。

体の機能やリハビリ目標、改善状況を見える化

1・2・3ステップアップシート

 脳梗塞リハビリセンターでは、これまでの改善実績を基にして、後遺症の症状やリハビリ目標からリハビリの具体的な計画やアプローチの方針を立てられるようにシステム化している。

 まず、体のどの機能をどれくらい回復させたいかを、「1・2・3ステップアップシート」の目標ステージに設定する。たとえば基礎(体幹)では、「座位保持(座っている姿勢を保つ)」「起き上がり」「立位保持(立っている姿勢を保つ)」「立ち上がり」などの各目標ステージに必要なリハビリ項目をそれぞれ設定している。

 具体的には、「立ち上がり」ができるには、「立ち上がりに必要な可動域がある」「立ち上がりに必要な体幹の筋肉がある」「体重を左右均等に立てる」などリハビリ項目をクリアすることが必要だ。毎月のカウンセリングで、取り組んでいるリハビリ項目を「〇(できる)」「△(できない)」と評価することで、体の機能の改善状況がわかるようになっている。この方法で、施設内で1人ひとりにあったリハビリを見える化して、カスタマイズしている。

 また、退院後に後遺症が残っていると、日常生活での家族のサポートが欠かせない。後遺症の状態やリハビリ内容をこのシートで家族に共有することで、家族がサポートしやすいようにケアしている。

機能の改善はリハビリの量が決めている

(株)ワイズ 代表取締役会長 早見 泰弘 氏

 脳梗塞や脳出血の退院後に体の機能を回復させるためには、リハビリの量をこなすことが非常に重要だといわれている。たとえば、コップを取る動作は練習すればするほど、手の届く距離は伸び、手を動かせる範囲も広がる。リハビリは脳を使って動作をもう一度覚え直すことだから、動作を繰り返すと良くなることが多いからだ。

 さらに、間隔を開けずにリハビリを続けなければ、失われた機能は改善しにくいと(株)ワイズの代表取締役会長・早見泰弘氏は考えている。そのため、最低でも週2回のペースで来所し、1回2時間~2時間半かけてリハビリするプログラムだ。そして、自宅では毎日リハビリ課題をすることで、施設でのリハビリで身に着けた正しい姿勢や手足の動かし方を体に定着させている。自宅リハビリは、「歩けるようになる」「車いすにまっすぐ座れるようになる」など1人ひとりのリハビリ目標に合わせて課題を設定し、「ひざの曲げ伸ばしの運動」など動作ごとに写真付で説明した自主リハビリ課題シートを使って伝える仕組みだ。

自宅リハビリ課題

 今では脳血管疾患の入院中のリハビリ標準期間は最大180日と限られているため、機能が改善するまでリハビリしてから退院するのは難しいことも多い。一方では、脳梗塞リハビリセンターは自費でリハビリ期間の制限がなく、多くのリハビリの量をこなせるため、体の機能の改善が可能になっているという。

 また一般的には、脳梗塞や脳出血の運動機能の後遺症のリハビリは発症から180日を過ぎると回復しにくいといわれている。だが、脳がダメージを受けた部位やその程度によっては、現場では180日を過ぎても機能が回復する例もあり、発症から時間が経っていても後遺症を改善できる可能性があるという。

異なる職種が集まり技術を習得する教育体制

スタッフ技術研修

 リハビリは、セラピストやトレーナーの技術がその質を決めるため、脳梗塞リハビリセンターではスタッフの教育にとくに力を入れているという。脳梗塞や脳出血の後遺症に特化した技術や専門知識を突き詰めて習得することが必要なため、現場に出る前の新人研修は2~9カ月間の長期間におよぶ。脳梗塞や脳出血に特化した保険外リハビリ施設のため、民間で専門分野を突き詰めたいというスタッフの意識の高さがリハビリの質にもつながっているという。

 また、実績のある外部講師を招いて勉強会をするほか、施設内では週に2~3回と多くの技術研修をしている。研修で数多くの症例を経験することで、確実に技術が磨かれると実感しているからだと早見氏はいう。流派ごとの技術研修も行っているが、自分の流派以外からも積極的に優れた技術を取り入れてほしいと、流派にこだわらずに参加できる体制だ。

 脳梗塞リハビリセンターは、職種を越えて情報やノウハウを共有し、スタッフ同士がチームワークで成果を出せることが大切だと考えており、技術研修では異なるバックグラウンドをもつ理学療法士や作業療法士、鍼灸師、言語聴覚士、トレーナーが集まり、同じ空間で症例を研究して互いの技術を磨いている。さらに、担当分野のリハビリだけでなく、広い視野をもってリハビリを組み合わることで技術を高めてほしいと早見氏は考えており、職種を越えて技術や知識を習得できる体制をつくっている。

 たとえば、鍼灸士が理学療法士の技術を学ぶことで、理学療法士によるアプローチの効果が出やすいように鍼灸を工夫できるようになる。技術や知識を突き詰めることで資格を取得し、なかにはダブルライセンスをもっているスタッフもいるという。

 脳梗塞や脳出血になり後遺症が残ってしまったときに望むことは、「これまで通りの生活に戻りたい」「社会復帰したい」ということだ。現状の社会保険制度では対応が難しいこれらのニーズに対して、新しいリハビリの選択肢をつくったことは大変意義のあることではないだろうか。既存の枠組みにとらわれず、体の機能改善に向けて前向きにリハビリに取り組む姿勢が数多くの実績を生んでいることは間違いない。

【取材・文・構成:石井 ゆかり】

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