2024年11月21日( 木 )

【コロナと対峙する企業】キヤノン・御手洗会長が3度目の社長復帰の“奇々怪々”~名経営者の晩節を汚すなかれ!(前)

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 パンデミック(世界的大流行)となった新型コロナウイルスが、政治、経済、文化、生活のあらゆる世界を変えることになる。混迷を深める世界経済のなか、企業はどう乗り切ろうとしているのか。ある老経営者が第一線に復帰するという。これには「エッ!」である。

社長復帰は「10年で交代」の持論に反する

 朝日新聞(5月2日付朝刊)が「御手洗氏、3度目のキヤノン社長」と報じた。

 〈キヤノンは(5月)1日、真栄田雅也社長兼COO(最高執行責任者、67)が健康上の理由で退き、御手洗冨士夫会長兼CEO(最高経営責任者、84)が、社長も務めると発表した。人事は同日付。真栄田氏は技術最高顧問に就く。
 御手洗氏は過去に2度、計15年近く社長を務め(会長兼務を含む)、今回で3度目の社長就任となる。キヤノンによると、1日に真栄田氏からの退任の申し出があったという〉

 この記事には、驚きを禁じ得なかった。
 「世の中は10年単位で大きく変わる」。御手洗氏の持論だった。今、通用している経営手法は、次の時代にまったく役に立たなくなる。今までとは違った人によって、違った仕組みをつくらねばならないと主張してきたのが、ほかならぬ御手洗氏だった。だから、社長復帰は、持論に反するのだ。

「世界の経営者25人」に選ばれたことも

 御手洗冨士夫氏は1935年、大分県南海部郡蒲江町(現・佐伯市)に生まれた。1961年、中央大学法学部を卒業後、叔父である御手洗毅氏が創業者の1人であったキヤノンに入社。キヤノンが本格的に米国に進出する際に、米国に渡り、23年間、米国に駐在。後半の10年間はキヤノンUSAの社長を務めた。95年、毅氏の長男の肇氏が急逝し、キヤノンの社長に就任した。以降、2006年までの11年間、キヤノンの社長として経営トップの座にいた。

 御手洗氏の経営手法は驚くほど地味である。カリスマ性もなければ、周囲が驚くよう「奇手奇策」は一切ない。絵になるような名経営者像とは、ほど遠い。利益最優先を徹底し、製造業の本分である「ものづくり」を極めた。製造業の経営者として“模範的な優等生”である。

 御手洗氏の社長時代の実績は申し分ない。事業の「選択と集中」を実践し、パソコンなどの赤字事業から撤退。プリンター向けのインク、トナーカートリッジなどのオフィス機器とデジタルカメラに経営資源を集中し、デジタルカメラは世界ナンバーワンになった。

 在任中に連結売上高は1.5倍、営業利益は2.6倍に拡大。営業利益率15.5%と欧米の有力企業に引けを取らない水準に引き上げられ、株価は4倍強にまで撥ね上がった。時価総額は、製造業ではトヨタ自動車についで第2位になった。
 キヤノンはエクセレント・カンパニー(超一流企業)の代表選手となり、米ビジネスウィーク誌の「世界の経営者25人」に選ばれた御手洗氏は名経営者として賞賛された。

 06年5月、IT業界から初の経団連会長になった。2期4年務めた経団連会長を退くと同時に、完全引退していたら、名経営者として後世に名を残しただろう。

「お友だち」によるキヤノン工場の裏金事件

 御手洗氏の名声が地に堕ちる出来事があった。2009年2月、燻り続けてきたキヤノン大分工場をめぐる裏金・脱税事件が“火を噴いた”のだ。大手ゼネコン鹿島建設の裏金などを受領したコンサルタント会社「大光」の大賀規久社長が法人税法違反(脱税)で逮捕された。

 事件の概略はこうだ。鹿島は、大分市にあるキヤノンの子会社から大分工場の造成・建設工事や、川崎市のキヤノン研究施設工事を総額850億円で受注した。
 大賀氏は、これらの事業を鹿島が受注できるよう仲介した見返りに、大光などグループ3社を受け皿に34億円の資金を受け取っていた。これら脱税資金を元手に、大賀氏は親族名義などで約30億円相当のキヤノン株を購入した。
 大賀氏が莫大な裏金を手にできたのは、日本経団連会長の御手洗冨士夫・キヤノン会長の後ろ盾があったからだ。

 この事件では、御手洗氏が「偏愛」といえるほど大分人脈を重用していたことが明らかになった。横浜市にある御手洗氏の自宅の土地の所有者は、大光を経営する大賀規久氏の兄、大賀健三氏が社長を務める日建で、御手洗邸の新築工事も日建が請け負った。キヤノンにも一時勤めた建三氏と御手洗氏は、県立佐伯鶴城高校の同級生で、弟の規久氏も同窓である。冨士夫氏は大学受験のため、東京・小山台高校に転校している。

 御手洗家と大賀家は親の代からの知り合いで、家族ぐるみのつき合いを続けてきた。冨士夫氏がキヤノン社長に就任してからは、大賀氏は公私両面での関係を深めた。大光の関連会社の受注はキヤノン関連。私生活でも、冨士夫氏のためにゴルフ場の手配から、冨士夫が所有する私有地を駐車場として管理することまでやっていた。
 長年の「お友だち」が、自分の名前を使って、キヤノンの工事を仲介して莫大な裏金を手にしたのに、冨士夫氏は「キヤノンも私も事件に関与していない」と否定した。
 キヤノンを高収益企業に育てたとして評価が高かった信頼性は地に堕ちた。

(つづく)

【森村 和男】

(後)

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