「人間の経済」を基軸に、環境問題を考察する!(4)
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京都大学名誉教授 松下 和夫 氏
2020年は、新型コロナ騒動一色に塗りつぶされた1年であったと言っても過言ではない。「地球という有限の閉鎖体系のなかでは、無限の経済成長は不可能である」と経済学者のケネス・E・ボールディング(当時のアメリカ経済学会会長)が警告したが、ほとんどの国の政府や指導者は「経済成長がすべての問題を解決する」との神話を信奉してきた。
コロナ禍が起こった今こそ、人類は考えを改めることができるのだろうか。京都大学名誉教授・(公財)地球環境戦略研究機関(IGES)シニアフェローの松下和夫氏に聞いた。アメリカはパリ協定へ復帰し、野心的な気候変動対策を実施
――21年1月にジョー・バイデン大統領が誕生すると、アメリカの環境政策はどのように変わりますか。
松下 アメリカはトランプ大統領が就任した4年間に、2020年11月の「パリ協定脱退」に象徴されるように、前任のオバマ大統領時代に進められた気候変動対策が大幅に転換され、石炭、石油などの化石燃料を優遇する政策がとられてきました。
バイデン大統領が誕生すると、アメリカはまず、パリ協定に復帰します。協定復帰は大統領権限で国連に通告すれば可能であるため、通告から30日後には、復帰が法的効力をもちます。またアメリカ国内では、選挙公約の実現が図られます。ただし、公約を実現するには、上下両院議会の構成や連邦最高裁の判断などいくつかのハードルがあることもたしかです。公約の主要ポイントは、以下の通りです。
(1)50年までに経済全体、35年までにエネルギーセクターの温室効果ガス排出実質ゼロ(ネットゼロ)。
(2)持続可能なインフラとクリーンエネルギーに対して、政権発足後4年間で2兆ドル(約211兆円)を投資。電気自動車の充電スポット100万カ所を増設。インフラ刷新や電気自車などの開発支援を通じて、数百万人の雇用創出。
(3)温室効果ガスの排出規制とインセンティブの再強化。前回の大統領選でヒラリー・クリントン候補(民主党)が掲げた公約と比較しても、非常に野心的な公約になっています。これには、民主党の大統領予備選で戦った、気候変動対策に積極的なバーニー・サンダース議員などのグループの政策も色濃く反映されているためです。
現在、バイデン政権の人事が発表され始めています。気候変動問題の大統領特使を新設して元国務長官のジョン・ケリー氏を任命し、環境保護庁(EPA)長官、エネルギー庁長官、海洋大気庁(NOAA)長官などに、経験豊富で気候変動対策に理解があり、再生可能エネルギー導入に積極的な人物を指名するなど、気候変動問題に対して人事面からも重点的に取り組む姿勢がうかがえます。
産業界の気候変動対策への取り組みが大きく変化
――20年10月26日に、遅ればせながら「ネットゼロ宣言」をした日本の動きはどうですか。
松下 菅首相は10月26日に国会の所信表明演説で、「我が国は、2050年までに、温室効果ガスの排出を全体としてゼロにする、すなわち2050年カーボンニュートラル、脱炭素社会の実現を目指すことを、ここに宣言いたします」と述べました。さらに、「グリーン社会の実現」を掲げ、「もはや、温暖化への対応は経済成長の制約ではない。積極的に温暖化対策を行うことが、産業構造や経済社会の変革をもたらし、大きな成長につながるという発想の転換が必要」と訴え、革新的イノベーションに加えて、規制改革、グリーン投資の普及などを掲げ、環境関係のデジタル化にも言及しています。
日本の「ネットゼロ宣言」以降、経済界、産業界の「気候変動対策」への取り組み方が大きく変わったと感じています。たとえば日経新聞が行った「社長100人アンケート」では、50年に自社が実質ゼロを達成できるかという質問に対して9割が「可能」とし、削減計画についても8割が21年末までに策定すると答えており、政府の方針変更を受けて、企業も温暖化対策に前向きな姿勢に転じています(『日本経済新聞』2020年12月28日付)。
今までの日本の経済界は、気候変動対策に関して、どちらかと言うと「総論賛成、各論(炭素税導入など)反対」の雰囲気がありました。しかし、今は業界や企業の生き残りをかけて「ネットゼロを実現するためにはどうしたらよいか」というテーマを掲げ、重化学工業(鉄鋼・機械工業、合成樹脂・肥料・合成繊維など)を含めて、真剣に取り組み始めています。
日本企業は、「RE100」の取り組みで高い評価
松下 英国のNPOは14年に、事業活動で使う電気を100%再生可能エネルギーで賄うことを宣言した企業が加盟する国際的なネットワーク「RE100」を設立しました。RE100には、アップルやマイクロソフト、Google、イケア、スターバックスなど284社(20年12月4日 現在)の世界の有力企業が名前を連ねています。認定を受けるためには、「企業活動を100%再生可能エネルギーで行うと宣言すること」「進捗状況報告書を毎年提出すること」といった要件を満たす必要があります。
日本からは、(株)リコー、ソニー(株)、富士通(株)、イオン(株)、第一生命保険(株)、城南信用金庫、積水ハウス(株)、戸田建設(株)、(株)野村総合研究所など46社(20年12月現在)が加盟しており、その活動に関して高い評価を受けています。さらにいえば、SBTイニシアティブ(科学的根拠に基づいてCO2削減目標を設定する)に参加する企業が増加してきたことも非常に心強く思います。実はこれまでも、重化学工業などの陰で「ネットゼロ」を志す日本企業は多かったのですが、経済界、産業界全体の大きな波にはなっていませんでした。
Google、アップルなどはすでに「再生可能エネルギー100%」を達成しています。今後は、たとえば「日本でアップルの業務センターをつくりたい」という計画があっても、日本では業務センターの電力を100%再生可能エネルギーで賄うことができない場合、アップルは日本での展開をあきらめて、条件の合う別の国に業務センターをつくる可能性があります。将来的には、環境対策が十分に行われておらず、再生可能エネルギーなどを十分に供給できない国・企業は国際競争から脱落していくでしょう。
(つづく)
【金木 亮憲】
<プロフィール>
松下和夫氏(まつした・かずお)
京都大学名誉教授、(公財)地球環境戦略研究機関(IGES)シニアフェロー、国際アジア共同体学会理事長、日本GNH学会会長。
1948年徳島県生まれ。71年東京大学経済学部卒。76年ジョンズホプキンズ大学大学院政治経済学科修了(修士)。72年環境省(旧・環境庁)入省、以後OECD環境局、国連地球サミット(UNCED)事務局(上級環境計画官)などを歴任。2001年京都大学大学院地球環境学堂教授。持続可能な発展論、環境ガバナンス論、気候変動政策・生物多様性政策・地域環境政策などを研究。
主要著書に、『東アジア連携の道をひらく 脱炭素・エネルギー・食料』(花伝社)、『自分が変わった方がお得という考え方』(共著 中央公論社)、『地球環境学への旅』(文化科学高等研究院出版局)、『環境政策学のすすめ』(丸善)、『環境ガバナンス論』(編著 京都大学学術出版会)、『環境ガバナンス(市民、企業、自治体、政府の役割)』(岩波書店)、『環境政治入門』(平凡社)など多数。監訳にR・E・ソーニア/R・A・メガンク編『グローバル環境ガバナンス事典』(明石書店)、ロバート・ワトソン『環境と開発への提言』(東京大学出版会)、レスター・R・ブラウン『地球白書』(ワールドウォッチジャパン)など多数。関連記事
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