トランプ体制下の世界経済と市場展望~日本証券アナリスト協会講演会(6/17)講演録~(中)
NetIB-NEWSでは、(株)武者リサーチの「ストラテジーブレティン」を掲載している。
今回は7月3日発刊の第372号「トランプ体制下の世界経済と市場展望~日本証券アナリスト協会講演会(6/17)講演録~」を紹介する。
3.米中経済の大きなコントラスト
(1)中国の巨大な不均衡と世界経済へのリスク
ベッセントも主張しているが、今、世界にとって最も危険なのは、世界経済の著しい不均衡であり、その原因は中国にある。世界の工業力の5割を持つ中国だが、国内需要は極端に弱い。世銀が発表した主要国の家計消費のGDPに対する割合を見ると、中国は36~37%で推移している。一方、中国の固定資本形成はGDPに対して40%となっており、投資よりも消費のほうがはるかに小さい(図表8、9)。これは中国だけで見られることであり、極めて歪な経済だといえる。消費力の弱い中国が、さらに供給力を高めて世界に打って出ている。
中国の輸出は大幅に増加しており、とうとう自動車まで日本を抜いて世界最大の輸出国になった。最近、特に力を入れているのは、新質生産力、ニュートリオと言われている太陽光パネル、電気自動車、リチウムイオン電池である。これら輸出が大幅に増え、国内需要の低迷をカバーしてきた。しかし、国内の貯蓄をハイテク製造投資にシフトさせ、その供給力を高めたことで大幅な供給過剰になっている。太陽光パネルについては、10年後の世界の需要を全て供給できるほどの供給余剰になり、価格が落ち込んだ結果、太陽光メーカー7社が大幅な赤字になった。今後は、この過剰な供給力が中国のアキレス腱になる可能性がある。
トランプ政権が「脱・脱カーボン」を主張するのはなぜか。背景に支持者である石油産業があることは事実だが、それ以上に重要なことは、「脱カーボン」の最大の受益者が中国だということだ。「ウィンドパワー」、「EV」、「ソーラー」の世界の供給力を支配しているのは中国であり、「脱カーボン」を進めれば、中国から輸入せざるを得なくなる。中国依存を止めるためには「脱カーボン」を止めなければならない。エネルギー供給のトリレンマは、「脱中国依存」、「脱炭素」、「経済性」の三つを同時に成り立たせることはできないというものだ。
少なくとも一つを捨てなければならないが、最もクリアな戦略を持っているのは米国であり、「脱カーボン」を捨てた。「脱・脱炭素」によって中国依存を弱め、経済性を獲得することで経済の成長率を高めることができる。これがトランプ政権の一連の政策の背景にある事実だ。このように考えれば、トランプ政権の「脱カーボン」政策に対する反発も、論理的には一貫した主張だといえる。
他方、中国は先回りをして、世界のクリーンエネルギーの供給力の8~9割を作ってしまった。この先、クリーンエネルギーの需要が落ち込めば、中国はとてつもない過剰供給力を抱えることになる。また、中国は既に不動産の大きな困難を抱えている。IMFが2年ほど前に行ったリサーチによると、2023年の地方融資平台(LGFV)の債務残高のGDPに対する比率は53%となっており、これが中国の潜在的不良債権だと考えられるが、実際にはこれより大きい可能性が高い。日本の金融不良債権は、最悪の局面でもGDPに対して21%程度であった。つまり、当時の日本よりも今の中国のほうが、はるかに不動産の潜在的な不良債権は大きいということになる。
実際、中国の不動産は値上がりは極端であった。2023年の数字だが、上海やシンセンの住宅の年収倍率は40倍~50倍となっている。日本の不動産バブルのピーク時に、東京の住宅の年収倍率が15倍程度であったことを考えると、いかに中国の不動産がバブル状態なのかが分かる。しかも、この不動産バブルを利用して中国の地方政府は不動産売却(土地利用権売却)による収入を得ており、巨額の産業投資を実現している。ピーク時には地方政府の収入の43%が不動産売却益となっていたが、急激に落ち込み、今では3割台になっている。
不動産の値上がりによって、地方の財政収入は最も大きな恩恵を受けたが、不動産価格が下がったことで、人々は将来不安から貯蓄を増やさざるを得なくなり、それが国内消費をさらに痛めるという、国内経済の悪循環が起こっている。こうした状況にありながら、世界的に供給余剰にある製造業に巨額の家計の余剰(=貯蓄)を振り向けている今の中国の政策は極めて歪であり、これを止めることが、ベッセントが主張する米中協議の最も重要な中身のひとつである。
(2)米国の消費主導経済の素晴らしさ
世界経済がこのような状態にあるときに必要なのは「消費する力」、「需要を作る力」であり、それを持つのが米国である。米国の消費が世界の救世主として存在し、益々、それが重要になっていく。米国の消費のGDPに対する比率は、1970年の時点で60%であったが、今では68%となっている。他国の消費の割合が下がる中、消費主導の需要圧力の強い仕組みを作ってきた。これが米国の本質的な強さであり、米国が世界の基軸通貨であるという要素もそこにある。世界が米国の消費に向けて輸出し、それによってドルという成長通貨を手にし、その結果、繁栄できるという循環が起こっている。
中国も米国と同様、とてつもない勢いで工業力を高めた。そして、米国以上のスピードで軍事力を強化してきたが、この間、とてつもない勢いでドルを取得している。中国がドルを手に入れる手段は、米国との貿易と米国人の中国に対する投資である。この経常収支と資本収支の差額で中国はドルを手に入れており、2015年以降、中国のドル取得は年間約4,000億ドルレベルとなっている。巨額のフリードルを10年間、中国は米国から調達してきたのである(図表10、11)。調達したドルの使い道として、2015年のチャイナ金融危機以前は、かなりの部分を外貨準備として米国の国債購入に充てていたが、2015年以降は外貨準備を一切積まなくなり、米国の国債を売り始めた。中国は、調達したドルの大部分を対外直接投資や対外融資に充てている。相手は一帯一路の対象国、あるいはグローバルサウスである。つまり、米国から手に入れた巨額のドルを使ってグローバルサウスの地盤づくりを行ってきたのである。そうなると、ラテンアメリカも、アフリカも、ASEANも中国に文句を言えない。
では、このような中国がグローバルサウスの盟主たり得るかというと、そうはならないだろう。中国が供給したお金の見返りは、中国からの輸出品で回収するからだ。中国は極めて過剰な供給力があるため、グローバルサウスに対して融資・投資をしながら、実際には中国の供給力の捌け口にしている。いわば、帝国主義的な海外市場獲得であり、グローバルサウスと中国との間に大きな利害の相反が発生する。米国は、マーシャルプラン以降、世界に需要を提供し、米国に物を売ることで世界が繁栄した。今の中国は表面的には力が強く、巨額のドルも持っていて、金融力でグローバルサウスの盟主のように見えるが、米国とはまったく逆のパターンをグローバルサウスとの間で展開している。こんな中国が盟主になるわけがない。
消費が大事であることの、さらに大きな理由はAI革命である。昔の産業革命では、自動車工場ができて労働者が増え、工場が建設され、さらなる好循環が起こるという時代が続いた。しかし、今起こっている産業革命では、投資によって企業は儲かるが、雇用は生まれない。これから起こり得る相対的な労働需要減に対して、どのような対応が可能かを考えなければならない。
米国の産業別雇用構成を見ると、1800年の米国の就業者の8割は農民であったが、今、農民の割合は1.4%(2023年)となっている(図表12)。しかし、農業の重要性が消えたわけではない。農民が減少した理由は、農業の生産性が劇的に高まり、人を雇う必要がなくなったからだ。同じことは製造業でも起こっている。ピーク時には総雇用の3割を占めていたが、今では8.3%である。今の雇用は、「専門サービス」、「教育医療」、「娯楽観光」といったサービス産業が中心であり、100年~200年前には全く存在していない産業である。プロ野球やイベントなど、人々が楽しむための様々な産業や医療・健康や教育サービスが生まれ、農業から放出された雇用の担い手になった。こう考えると、これから進行するAI化によって、既存産業では大幅な雇用削減が行われるだろう。
そうなると、新しい雇用の創造が必要であり、そこに所得が流れていかなければならない。AI時代に、「新産業にどう所得と雇用を分配するのか」が重要なカギになる。その答えは「需要創造」だと考える。「需要創造」とは、財政、そして金融によるバブルである。過去、マネーを供給し、需要を作ることによって、新しい産業に需要が生まれ、そこで製造業、あるいは農業から生まれた過剰雇用が吸収されてきた。マネーと財政という信用創造によって需要を作り、この需要が米国経済をここまで引き上げたといえる。
資本主義の母国は米国である。英国は資本主義を作ったが、完成させることはできず、結局、途中で米国やドイツに敗れ、英国の産業は衰退した。海外に対する金融と海運で儲けたが、国内が潤わなかったことが大きな原因である。米国は英国のような道を歩まなかった。需要を創造し、国内の需要が新たな産業の受け皿になった。国内の需要を作ったのは、米国の資本主義の最も重要な推進力である信用創造である。金本位制をやめ、財政拡大を行い、時には海外に対してドル本位の下で様々な資本提供を行う。こうした形で需要を作り、生産性が高まったことで余った人々、そして海外から移住してきた人々の雇用を供給することで、米国経済は強くなってきた。米国政府がこうした推進力を正当化する根拠はただひとつ、国民の生活水準の向上である。この1点に米国の国益がかかっており、トランプも常にそれを考えている。国民の生活水準が上がるかどうかで評価されるのが米国の民主主義である。
一方、生活水準の向上という最も重要な金科玉条を持っていないのが中国であり、残念ながら日本も同様である。国家のゴールにピントが合っている米国と、ズレている中国、相当ズレ始めている日本との違いを指摘したい。このようなことは、AI革命によって生産性が高まり、供給力余剰になれば、益々強まる。これからの日本に求められるのは、「いかにして有効需要を作るのか」、「いかにして人々の生活水準を可能な限り押し上げるのか」ということだ。「将来不安をあおって生活水準を引き上げる努力を怠る」。あるいは、「生活水準を押し上げる方向に所得を使わず、貯蓄に回して、結局は余ったお金が海外に逃げていく」。これが今の日本だ。こう考えると、今の米国が消費という点でいかに健全であり、中国や日本と大きく異なっているかが分かるだろう。
(つづく)