政治経済学者 植草一秀
日本と米国の関税交渉。格下が対応すべき事案でない。日本国民の利益、不利益に直結する話。関税率が25%から15%に下がると報じられて日本ではぬか喜びが主流だが、ディールの達人と言われるトランプが米国に損になるディールを主導するはずはない。
15%と引き換えに何を渡したのか。ここが焦点だ。しかも、その15%に限りない不透明感が浮上している。幻かも知れぬ15%を喜んでいるのは自動車業界。日本政府は自動車産業に媚を売ることを最優先している。日本円暴落を喜ぶのは自動車業界。消費税大増税を喜ぶのは自動車業界。関税率引き下げを喜ぶのは自動車業界。
日本円暴落で日本は大変なことになっている。外国人、外国人と大騒ぎになっているが、一番の問題は日本の不動産が外国人に買い占められつつあること。都内の高価格帯の高級マンションが外国人に買い占められているという。最大の原因は日本円暴落の放置。
日本円暴落で国内物価が大幅に上昇した。自動車産業は喜ぶが国民は怒る。日本政府は自動車産業のために存在するのか。自動車産業が各種天下り利権などを官僚組織に供与する。これで買収されてしまっているのだと思われる。
輸出産業をぬか喜びさせている関税率引き下げの対価として日本政府が何を支払ったのか。ディール=取引を得意とするトランプがタダで関税率を引き下げるわけがない。公表されている対価は二つ。一つは農産品、軍事装備品、航空宇宙で対価を支払った。二つは5,500億ドルの投資。5,500億ドルは80兆円。半端な金額でない。詳細が明らかにされていないから国会でも厳しい質問が出ない。
米国製軍事装備品を毎年数十億ドル購入することを約束させられた。軍事装備品として何を買うかを決めるのは日本国民だ。自動車の税率を引き下げてもらうために勝手な約束をするのはおかしい。ボーイング機を100機買うに至っては正気の沙汰と思えない。ボーイング機の事故が相次いで世界はボーイング機を敬遠している。エアバスシフトは当然の帰結。民間航空会社が買う航空機のメーカーを政府が決めるな。ボーイングに弱みを握られているとしか思われない。
1985年8月12日の日航ジャンボ123便墜落原因がボーイング社になすりつけられた。本当は自衛隊が123便を誤射してしまったのではないのか。1985年8月12日18時24分35秒と36秒に123便の外部から異常な着力があったことを運輸省事故調査委員会資料が公表した。この時刻は123便にドーンという爆発音が鳴り響いた時刻。圧力隔壁が損傷して穴が開いたなら機内では急減圧が発生していなければおかしい。そのような客観的事実は存在しない。
さらに5,500億ドルの投資。80兆円の巨大資金が米国に注がれる。9割は融資資金で、この資金を日本の金融機関が提供すると72兆円もの資金が日本から米国に注がれることになる。民間が資金を出すとは考えられず、日本の公的金融機関が拠出することになると見られる。第2の米国国債購入になりかねない。
ドルが異常な高値にあるときにドル資産を保有することは巨大な為替リスクを背負うことになる。米国が25%の関税をかけるなら日本も25%の関税をかけると宣言すればよい。これが格下でない対応方法だ。
中国はトランプ流にどう対応したか。トランプは中国製品に145%の関税を上乗せすると宣言した。これに対して中国は125%関税の適用を提示した。すると何が起きたか。トランプはいきなり145%を20%に引き下げたのだ。
中国で対米交渉を取り仕切っているのは何立峰国務院副総理。習近平主席の信任に厚い側近である。この何立峰が対米交渉を仕切り、正々堂々の立ち回りを示している。正攻法で対応すれば正当な結果が導かれる。これに対して日本は格下の閣僚が足しげく米国を表敬訪問して、米国の要求を丸呑みした。日本政府が自動車業界に媚を売る体質を見抜かれて10%の関税率引き下げの対価として100兆円近い利益供与を約束させられた。この交渉のために首相に留まるというのは言語道断。即刻辞任して交渉を仕切り直しすべきだ。まったく国益を守る行動になっていない。
トランプは普通の人でないから特殊な対応をしていると石破首相は述べたが、普通の人でないから正統性のある対応が必要なのだ。交渉を妥結する際に文書を交わさないのはあり得ない。文書にしていなければ何をどのように押し付けられるか分からない。
チキンレースという言葉があるがトランプは“Trump always chickens out.”と言われている。「トランプはいつもビビッて逃げ出す」下手に出すぎるから吹っ掛けられる。中国のように堂々と立ち向かえばいいのだ。正当な主張をして米国が不当な対応を示せば、日本の主権者は米国を非難する。無理のある主張はいずれ米国が自ら取り下げるしかなくなる。媚米外交が日本の国益を損なうのである。
参院選で外国人問題がクローズアップされた。しかし、その議論のなかで日本円暴落放置問題が一切論じられなかった。日本円の水準は1970年当時よりも円安である。当時のドル円レートは1ドル=360円。このときの日本円よりもいまの日本円が弱い。外国人から見るといまの日本の財・サービス・資産価格は本国の半値。半値割引売り尽くしセールが実施されている。これが、外国人が日本に殺到している主因だ。日本国民が買うことのできない高価な飲食や物品を外国人が買いたい放題しているのは半値売り尽くしセールだからだ。外国人が買っているのは財・サービスだけでない。日本の不動産と企業を買い漁っている。
かつての円高時代、日本の資本が米国を買い占めた。この逆が生じている。日本円暴落誘導が日本の経済安全保障の危機をもたらしている。しかし、この日本円暴落を歓迎している日本勢力が存在する。自動車を中心とする輸出製造業。この業界の利益のために日本は国益を失っている。
1988年の大統領選でブッシュ・シニアは「ストロングアメリカ・ストロングダラー」をキャンペーンのスローガンにした。日本を守る気があるなら円高誘導をしなければならない。石破内閣を刷新して日本国民の利益を優先しなければならない。これが本当の日本ファーストだ。
<プロフィール>
植草一秀(うえくさ・かずひで)
1960年、東京都生まれ。東京大学経済学部卒。大蔵事務官、京都大学助教授、米スタンフォード大学フーバー研究所客員フェロー、早稲田大学大学院教授などを経て、現在、スリーネーションズリサーチ(株)代表取締役、ガーベラの風(オールジャパン平和と共生)運営委員。事実無根の冤罪事案による人物破壊工作にひるむことなく言論活動を継続。経済金融情勢分析情報誌刊行の傍ら「誰もが笑顔で生きてゆける社会」を実現する『ガーベラ革命』を提唱。人気政治ブログ&メルマガ「植草一秀の『知られざる真実』」で多数の読者を獲得している。1998年日本経済新聞社アナリストランキング・エコノミスト部門第1位。2002年度第23回石橋湛山賞(『現代日本経済政策論』岩波書店)受賞。著書多数。
HP:https://uekusa-tri.co.jp
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