火星探査の真実と未来 技術・歴史・資源・国家戦略・火星都市構想まで

(株)スターバレー
代表取締役 星谷隆 氏

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 火星探査は単なる科学実験ではない。地球と似た環境を調査することで、生命の起源を探り、地球の未来を見据え、人類の次の居住地の可能性を探索する壮大なプロジェクトだ。表向きには科学と技術の祝典に見えるが、その裏では国家の威信、民間企業による覇権構想、そして資源獲得をめぐる静かな冷戦が進行している。1960年代から始まった火星探査は、軌道衛星、着陸、地表探査、自律移動、AI搭載、そして現在進行中のサンプルリターンにまで進化してきた。さらに未来においては、人類の火星移住や都市建設構想が現実味を帯び始めている。

第1章:火星探査―その歴史と科学的成果

株式会社スターバレー 代表取締役 星谷隆 氏
(株)スターバレー
代表取締役 星谷隆 氏

    1965年、マリナー4号が初の火星フライバイを成功させて以来、火星探査は本格的に始まった。71年にはマリナー9号が火星を初めて周回し、約85%におよぶ火星表面をマッピングした。このデータから、火星には大規模な塵嵐や巨大な火山、峡谷が存在することが明らかとなった。76年にはバイキング1号・2号が着陸に成功し、史上初めて生命探査を目的とした実験が行われた。土壌中の有機物は検出されなかったが、着陸技術や探査機器の開発は後続ミッションに大きな影響を与えた。

 97年にはMars Pathfinderが初の自律走行ローバー「ソジャーナ」を投入し、83日にわたり岩石分析を行った。2004年には「スピリット」と「オポチュニティ」が登場し、水の痕跡の発見に成功した。とくにオポチュニティは当初90日間の予定を大きく超えて5,000日以上運用され、45km以上の移動という偉業を成し遂げた。12年には原子力電源を搭載した「キュリオシティ」が登場し、過去の生命存在可能性を科学的に検証するための包括的な化学・地質調査を行っている。

 そして21年、「パーサヴィアランス」が火星に到着。最新の観測機器に加え、サンプル採取装置や酸素生成実験装置(MOXIE)などを搭載し、生命探査・気象観測・AI自律運転を高度に融合させた活動を展開している。また、搭載された小型ドローン「インジェニュイティ」は、21年4月に世界初の火星大気中での動力飛行を成功させ、最終的に72回の飛行を重ねて17km以上を移動した後、24年1月に任務を終えた。

第2章:知られざる技術と運用の現実

 火星探査で最も難易度が高いとされるのが着陸である。たとえば、パーサヴィアランスは、地上20mで探査機をワイヤーで吊り下ろす“空中クレーン”方式と、地形画像を事前データと比較するETTR(Terrain-Relative Navigation)技術を組み合わせ、高精度なピンポイント着陸を実現した。これは軍事用ヘリの精密着陸技術を応用したものだ。

 通信往復に15〜20分かかる地球と火星間では、探査機が自律的に判断するAIの導入が不可欠だ。NASAのローバーは、障害物回避や経路最適化を行う画像解析AIを搭載し、独立して探査を進めている。電力源としては太陽光が不安定な火星環境に対応するため、キュリオシティやパーサヴィアランスでは原子力電池「MMRTG」が用いられており、通信はMars Reconnaissance Orbiterなどが中継して地球と接続されている。

 日本人技術者・小野雅裕氏はNASA JPLに所属し、ローバーの自律ナビゲーションアルゴリズムの開発を手がけている。彼の技術は、障害物回避や科学的価値の高い地点選定に活かされており、啓蒙活動や著書を通じて「科学は不完全な人間のための最良の思考法」と説く姿勢は、技術と倫理の融合を象徴している。

 また、インジェニュイティに搭載されたDCモーターなどには、日本企業による高性能部品が使われており、IHIエアロスペースや三菱電機が共同開発に携わった。JAXAもCNSAやNASAとの技術連携を進めており、MMX計画などにその成果が反映されている。

第3章:火星に眠る資源と経済圏構想

 火星の地下には大量の水氷が存在するとされており、将来的にはこれを電気分解することで、燃料となる水素や呼吸用の酸素を火星上で生成できる可能性がある。これは火星の持続的な人類活動にとって重要なカギとなる。また、地球では希少なレアメタルや、核融合燃料として期待されるヘリウム3の存在も指摘されており、資源獲得の新たなフロンティアとしての期待が高まっている。

 こうした現地資源を利用する「ISRU(In-Situ Resource Utilization)」(現・地資源活用技術)の技術開発は、火星における自律型社会の構築に欠かせない。MOXIEによる酸素生成、氷の抽出、3Dプリンターによる建材生成などがすでに試みられており、将来の火星基地設営や都市構想の技術的基盤を支えるものとなっている。

第4章:火星探査をめぐる国家と企業の静かな戦い

 表向きには国際協調が叫ばれる火星探査だが、その裏では国家間、企業間での技術・資源・インフラの覇権争いが進行している。アメリカはNASAとSpaceXを軸に、AI制御技術や輸送インフラ、ISRUの分野で主導権を確立しようとしている。

 一方、中国はCNSAを中心に軍民融合型の探査体制を構築し、サンプルリターンミッションも独自に推進している。欧州はESAを通じて協調性を強調しつつも、技術的な自立を重視しており、インドやUAEは低予算・高効率な探査モデルで国際的存在感を示している。

 たとえばUAEのHope探査機は日本のH-IIAロケットで打ち上げられており、国際連携の象徴的事例でもある。火星探査は、もはや単なる科学プロジェクトではなく、次世代宇宙経済圏の覇権をめぐる戦場となりつつある。

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第5章:火星と地球の比較

 火星は地球といくつかの共通点をもちながらも、決定的に異なる環境をもつ惑星だ。重力は地球の約3分の1で、大気圧は地球のわずか0.6%しかない。大気の主成分は二酸化炭素(95%以上)で、平均気温は−60℃と極めて低い。1日は地球とほぼ同じ長さだが、1年は地球の約1.88倍にあたる687日である。こうした「似て非なる惑星」である火星では、生命維持には高度な技術が不可欠となる。

第6章:火星大気と生命探査の課題

 火星の大気はCO₂が主成分であり、気圧が極端に低いため水は液体として存在できず、すぐに蒸発または昇華してしまう。この環境下で生命が存在するかどうかは長年議論の対象であった。

 1976年のバイキングによる初期探査では有機物は検出されず、当時は「無生命」との見方が強まったが、近年のローバーによって微量の有機化合物の痕跡が確認されており、生命存在の可能性が再び注目されている。今後、サンプルリターンが実現すれば、火星の過去の生命環境をより正確に描き出すことができるだろう。

第7章:宇宙法と火星の権利問題

 67年の「宇宙条約」により、国家が天体を領有することは禁止されているが、実際の運用面では曖昧な部分が多い。とくに火星の土地利用や資源独占については法的空白が存在しており、米国などが採用する「宇宙資源法」は民間企業に資源採取の権利を認めている。将来的には、火星における土地利用・居住・資源配分をめぐる国際的な法制度の整備が不可欠になるだろう。

第8章:イーロン・マスクの火星都市構想

 SpaceXのスターシップは、100人規模の輸送能力をもつ再利用型大型ロケットであり、2年周期で地球と火星を往復できる。スターリンクから得られる収益を活用し、都市開発資金を自己循環的に確保する構想だ。

 その計画は3段階に分かれており、2030年代には探査拠点と酸素製造施設の設置、40年代には数百人規模のコロニー建設、50年代以降にはドーム型都市と産業インフラを整備する段階へと進む予定である。初期は医師、建築技師、農業技術者、AIエンジニアなどの専門家が中心となり、将来的には一般人も安価に火星へ移住できる世界の実現を目指している。

 頼政権になって有事のリスクが高まっているとはいえないが、習政権は台湾統一を強く掲げ、そのためには武力行使も辞さない構えに徹しており、日本企業としての引き続きその可能性を排除せず、その動向を注視していく必要がある。


<PROFILE>
星谷隆
(ほしや・たかし)
(株)スターバレー代表取締役。製造業の技術営業に17年携わった後、2013年に独立。産業機器の部品、医療機器の試作品の部品、⾃動⾞の部品、宇宙航空品の試作部品の製造など多様な部品製造に携わる。

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