シリコンアイランド2.0構想に沸く九州 成長の展望と、さらなる飛躍への課題
セミコンポータル 編集長
News&Chips 編集長
津田建二 氏
九州が一丸となって新しいシリコンアイランド2.0を形成しつつある。世界最大規模の半導体製造工場をもつ台湾TSMCは、熊本県菊陽町に日本初の工場を設立、2024年末から稼働を開始した。JASMと呼ばれるその工場は、ソニーの半導体部門であるソニーセミコンダクタソリューションズや最大の自動車部品企業デンソーやトヨタ自動車も出資した合弁会社となっている。JASMはさらに第2工場も菊陽町に設立することをTSMCは表明している。JASMが製造した半導体ウェーハからチップに切り出し、1個ずつパッケージする後工程に関しても、後工程作業を請け負うOSAT(Outsourced Semiconductor Assembly and Test)の世界トップに君臨するASEも、九州に進出する構えを見せている。24年8月に北九州市と市有地の取得に関する仮契約を結んだ。ここにきて、九州は半導体熱が再燃している。
過去最高迫る九州の半導体生産額
九州における半導体集積回路(IC)の生産額が2013年を底に少しずつ回復しており、24年にはかつてのピーク時(2000年のITバブル)の1兆3,924億円に迫る、前年比13.9%増の1兆3,126億円まで上がってきた【図1】。JASMが量産稼働したのは24年12月だからJASMの売上額はほとんど含まれていないだろう。ということは25年の九州における生産額は、過去最高値に達することは間違いないだろう。
かつて、九州は米国西海岸のシリコンバレーにちなんでシリコンアイランドと呼ばれていた。NEC、東芝、ソニー、Texas Instruments、三菱電機など世界的な半導体企業が工場をもっていたためだ。それぞれの工場はその後、売却、閉鎖などを経て大きく変貌してしまった。なかでも熊本県には半導体工場が集中し、半導体工場に化学薬液やガス、純水などを提供する企業や製造装置企業が盛んにあった。
とくに半導体製造装置で日本トップ、世界でも4位の東京エレクトロンは今でも、菊陽町の隣町である合志市に工場をもっており、熊本地区の半導体工場の拡張や新築にいつでも対応できるように備えている。JASMは第2工場も菊陽町に建設することを表明しているが、JASM稼働による交通渋滞をTSMC側が問題視しており、第2工場建設に待ったがかかっている。
九州は半導体産業の未来に賭けており、熊本県以外にも半導体工場はたくさんあった。大分県にかつてあった東芝工場は、一部はジャパンセミコンダクタになりほかはソニーに売却した。ソニーは長崎工場や鹿児島の国分工場、大分工場、熊本工場などがあったが、需要が高まりすべてを再活用している。
今や、日本の半導体メーカーでソニーセミコンダクタソリューションズ(ソニーSS)とキオクシア、ルネサスが3大メーカーとして生き残っている。キオクシアは三重県四日市工場と岩手県北上工場だけに集中しているが、ルネサスは旧NEC熊本川尻工場だけではなく、茨城県那珂工場、高崎工場、甲府工場、西条工場などに分散している。九州ではソニーSSの存在感が最も大きい。
九州の立地優位性
半導体ユーザーもいる
九州における半導体工場のメリットは、半導体のユーザーとなり得る自動車メーカーが福岡県に集中してあることだ。サプライチェーンとしては流通が確保しやすい。たとえばデンソーにとって、JASMで製造したウェーハからASEがパッケージしテストした後、九州の工場へ納入する、といったサプイチェーンのメリットを将来生かせるようになる。また、半導体工場にとって必要な製造装置や化学薬品、ガスなどの供給体制も整っているというメリットもある。九州には約1,000社の半導体関連サプライチェーンが構築されているという【図2】。
このサプライチェーンが充実している九州の魅力は、ドイツのドレスデンとよく似ている。ドレスデンも九州と同様、化学薬品や純水などのサプライチェーンが充実しており、クルマ向け半導体トップのInfineon Technologiesや、デンソーと同様のティア1サプライヤー(※)であるRobert Boschも工場をもっている。TSMCが米国以外に欧州に工場をもつと決めた地域はドレスデンである。
※とくに自動車産業で、完成品メーカーに直接、素材や製品を供給する会社のこと
ソニーSSにとっても九州の工場に加え、さらなる需要に応えられるのがJASMとなる。ソニーSSはこれまでスマートフォン向けのカメラのイメージセンサを大量に製造してきた。スマホ用のカメラは近距離、中距離、遠距離といった具合に3眼レンズに応じた各イメージセンサの生産で大きく成長してきた。とくにAppleのiPhoneのカメラはソニーSS製であると言っても過言ではない。スマホ用のイメージセンサではソニーSSのシェアは極めて大きい。
しかし、今後のイメージセンサの用途はクルマ市場にある。スマホ市場が頭打ちになり、中古市場が新型に代わって急速に成長している。スマホ市場の飽和によって次の成長産業として期待されているのがクルマ市場だ。クルマには多数のイメージセンサが求められる。バックミラー、死角になる右と左の隅を移すカメラ、駐車時のサラウンドビューモニターなど、クルマの安全を重視した用途で大量に要求される。
ソニーSSはクルマ用のイメージセンサの課題をこれまでも解決してきており、クルマメーカーの認定がもはや壁になっていないようだ。車載カメラとなると、デンソーと同様、クルマに必要となることで、デンソーなどのティア1サプライヤーに納入する場合でも都合が良い。
九州の課題は半導体人材の確保
ただ、九州の欠点は、各県が独立して動いていたことだ。昔の藩がそのまま県になり、各藩が独自に動くように各県が独立に動き、九州全体がまとまることはなかった。しかし、各県共通の問題は、人材である。この人材問題に関して1つにまとまることはできるはずだ。
そこで、九州各地にいる半導体企業が直面している人材問題を解決するための組織づくりとして、経済産業省傘下の九州経済産業局と(一社)九州半導体・デジタルイノベーション協議会が、ラピダス誕生前の22年3月に「九州半導体人材の育成等コンソーシアム」を設立した。このコンソーシアムでは、人材育成とサプライチェーンの強靭化のWG(ワーキンググループ)で何回か議論を重ね、25年3月に第6回の会合において活動計画の大枠を決め、その目標も決めた。
九州が目指す3つの姿として、①誰もが「半導体は社会基盤の主人公である」とその価値を理解している九州、②誰もが「半導体を学ぶ楽しさ」に共感している九州、③半導体産業で働くことに「誇り」と「生きがい」を実感する九州、を掲げた。また取り組む3つの方向性として、①半導体人材の育成と確保、②企業間取引・サプライチェーンの強化、③海外との産業交流促進、を掲げた。
半導体産業の魅力を発信
ダイバーシティを推進
元九州大学副学長・安浦寛人氏が人材育成ワーキンググループの座長となって、24年の活動状況を基に25年の活動計画を報告した。22年から24年までに半導体人材について調べた結果、次のようなことがわかった。
1.産業界では、必要な人材が毎年1,000人程度不足する状態が10年続く
2.半導体産業への就職割合は約9%しかいない。魅力の発信が重要
3.半導体産業は、電気・電子に限らず幅広い理系の知識を持つ人材を必要としている
4.理工系の新卒者を短期間で大幅に増やすことは困難、そこでダイバーシティ推進が重要(女性比率26%、外国人比率2.3%、他産業からの流入16.8%)
5.九州各地で人材育成・確保の取り組みが進展中、連携を深め効率を上げる
以上の5項目に対して、以下の5点を25年度の活動方針とした。
①人材需給ギャップの調査継続
②半導体産業の魅力発信を継続:教員向け研究、産学ミートアップ、発信コンテンツのアップデート
③半導体人材育成・確保:産学連携による出前講義、横断的教育の拡充、半導体人材育成のサポートバンクの開設、産学連携による教育・研究環境整備、ダイバーシティに向けたサポート
④横断的な取り組み:自治体サブWG(ワーキンググループ)の新規設置
⑤諸外国・地域との連携:可能性の検討WGの設置・検討
半導体産業の魅力発信に関してはすでに24年度も三菱電機、SUMCOや日清紡マイクロエレクトロニクス、ソニーSSなどの企業が教員向け研究会を6回行っており、座学だけではなく、工場見学やランチミーティング、ワークショップなども行っている。25年度は大分と長崎での開催を検討している。産学ミートアップでは、教員と半導体関連企業が一堂に会し「半導体が切り拓く未来」をテーマにワークショップや施設見学などを通じて交流する。半導体産業の魅力を就職先検討前の学生に伝えることが目的だ。
半導体産業の魅力発信には、九州半導体人材育成等コンソーシアムがこれまで作成したコンテンツを活用してLSTC(最先端半導体技術センター)を通じて全国各地に発信する。半導体産業の業務がわかる冊子を作成しており、今後コンテンツをアップデートする。
半導体人材育成サポートバンクでは、大学などの半導体関係授業を実践している教員の情報や、出前講義を行った講師や業界紹介パンフレットなどからの講師情報を利用してバンク(人材データベース)を構築する。
また教育コンテンツでは、企業が廃棄予定の装置類を教育機関に寄付する仕組みを検討する。たとえばワイヤーボンダーの廃棄にともない、その装置の役割や実際の後工程での実習を行うことができる。さらに企業の新入社員やリスキリング向けに大学等教育機関の一部講義施設の開放を検討する。
31年度までに半導体人材を140万人へ
これまでの会合から、半導体人材は26年度末時点(第1期目標)で40万人を目指すと定めた【図3】。新卒の理工系人材の半導体業界への就職比率を、現在の9%から11%に増やす。このうち、九州の半導体業界への就職率を従来の4.9%から5.5%を目指す。また、女性の比率を現在の26%から28%を目指す、としている。
第2期となる31年度末時点での達成目標として、九州における半導体人材は140万人を育成目標とする。さらに九州で働く新卒の理工系人材の半導体業界への就職比率を20%と定めた。その内九州の半導体業界への就職率10%を目指すとしている。女性の比率目標は34%である。
九州半導体人材育成等コンソーシアムは、22年3月の設立以来、1年後には76団体に増え、25年5月時点では150団体まで増えた。産業界から70社、アカデミアからは34校、行政機関からは15の自治体、金融機関は12行、その他協力機関は17法人、そして事務局は2局の合計150団体だ。
九州に足りないのは
ファブレス半導体企業
かつてシリコンアイランドと呼ばれていた九州と面積がほぼ等しい台湾を比べてみると、人口は台湾が2倍多く、GDPも2倍だが、半導体生産額は10倍以上大きい。さらに半導体関連産業の生産額も10倍近く大きい。しかし、1990年ごろは半導体も半導体関連産業の生産額も九州のほうが10倍以上大きかったと安浦氏は述べる。この差は人材育成の差だという。
台湾と聞けば、TSMCやUMCなどのファウンドリが強い島という印象だが、実は半導体設計を手がけるファブレス半導体やデザインハウスは238社もある。一方ファウンドリを含む半導体プロセスのメーカーは15社にとどまる。
JASMやラピダスの誕生でファウンドリが日本で生まれても、顧客がすべて米国では心許ない。ファウンドリがいくらあっても、設計しフォトマスクまでつくらなければファウンドリはモノをつくることができない。しかも超高集積LSIは設計だけで2~3年はかかる。微細になればなるほどプロセスだけではなく設計も複雑になる。台湾の強みは設計にもある。世界の半導体トップ10位以内に入るMediaTekはもともとUMCの設計部門として出発したが、微細加工が必要な携帯電話向けモデムやアプリケーションプロセッサのチップはライバルでもあったTSMCへ依頼している。
日本では半導体人材育成が製造を中心に行われているようだ。たとえば、佐世保高専のカリキュラムを見ると、ディスクリート、メモリ素子、集積回路(マイコン)、パワー半導体、CMOSセンサ、光学素子、前工程プロセス、後工程、パッケージングなどを教えており、半導体工場や半導体製造装置メーカー、材料メーカーには良い教材といえるが、設計に関しての事例はまだないようだ。
IC設計は実は極めて重要で、日本でファブレス半導体が世界レベルになっていないのは設計に力が入っていないためだ。集積度の高いIC設計工程は、製造よりも時間がかかり、設計が終了するまでに2~3年かかる。プロセスだとせいぜい3~4カ月でウェーハが出てくる。設計は、IPを含む論理設計、回路図への変換、トランジスタレベルの回路パターン、マスク設計、マスク出力、という工程だが、IC設計を教える講座も必要だ。ファブレス半導体で世界と競争できる企業が現れれば、日本のファウンドリや半導体工場はさらに成長できるようになる。
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津田建二(つだ・けんじ)
国際技術ジャーナリスト、セミコンポータル編集長兼newsandchips.com編集長。半導体・エレクトロニクス産業を40年取材。日経マグロウヒル(現・日経BP)を経て、リード・ビジネス・インフォメーションで、「EDN Japan」「Semiconductor International日本版」を手がけた。同代表取締役。米国の編集者をはじめ欧州・アジアの編集記者との付き合いも長い。著書に、『エヌビディア半導体の覇者が作り出す2040年の世界』(PHP研究所)、『半導体ニッポン』(フォレスト出版)、『知らなきゃヤバイ!半導体、この成長産業を手放すな』(日刊工業新聞社)など。