宇宙に広がる米中のAI覇権争い そして、日本はどうあるべきか

国際未来科学研究所代表 浜田和幸 氏

 AI技術をめぐる覇権争いは地上から宇宙へと舞台を拡大しつつある。中国は数千の衛星群と統合型AIを活用した「宇宙スーパーコンピューター」構想を進め、アメリカも対抗策を打ち出している。レアアースや教育体制を含む国家戦略にまでおよぶこの競争は、経済、軍事、社会の構造を根本から揺さぶる。日本はこのグローバル競争のなかで、埋もれた資源と技術を活かしきれていない。今こそ自国の立ち位置を再定義する時だ。

宇宙へと広がるAI覇権争い
「三体」と中国の戦略的野望

 AI(人工知能)を活用した新ビジネスの世界では中国とアメリカの覇権争いが過熱しています。その舞台は宇宙空間にも広がっているほどです。たとえば、中国は何千もの衛星からなるシステムを地球の軌道上に打ち上げ、これらの衛星が相互に接続し、統合AIを備えたスーパーコンピューターを稼働させる計画を明らかにしています。

 このようなプロジェクトは技術的に複雑ですが、成功すれば競合他社に比べて大きな優位性をもたらし、世界的な勢力均衡を変える可能性さえあります。それは「空間コンピューティング」の時代に新たな章を開くことになるに違いありません。

 本年5月、中国の長征2Dロケットは12機の衛星「三体」システムを軌道上に打ち上げることに成功したばかりです。世界的に人気を博している中国発のSF小説にちなんで名付けられたこのシステムは、開発者によって「世界初の宇宙コンピューティング衛星群」であると説明されています。

 衛星には、高度なAI機能、地球観測用のリモート・センシング、深宇宙観測機器などが搭載されています。衛星はレーザーを介して接続されており、データ伝送速度は100Gbit/sに達するもの。このプロジェクトは、合計2,800台のデバイスを打ち上げる「スター・コンピューティング」プログラムの一部です。これらは統合され、合計1,000ペタフロップス(1秒あたり100京回の計算)の処理能力を備えたスーパーコンピューターになります。

AI衛星の多目的活用と宇宙AIインフラの課題

 AI衛星インターネット技術会社のADAスペースによれば、「このコンステレーションは、宇宙でのリアルタイム・コンピューティングの需要の高まりに応えるだけでなく、中国が宇宙コンピューティング・インフラストラクチャの構築で世界的な先導力を発揮し、将来が期待される宇宙産業の分野で圧倒的な強みを発揮するうえで非常に役立つ。この開発は、新たな能力としての宇宙ベースのクラウド・コンピューティングの始まりを示すとともに、アメリカとの戦略的競争に新たな土俵を切り拓く可能性がある」とのこと。

 開発者は、このスマート衛星は、天文学者がさまざまなイベント(ガンマ線バーストなどの突発的な宇宙現象)を検出し、深宇宙の物体を識別するのに役立つと説明している。国家が関与する軌道スーパーコンピューターの応用範囲は、災害救援から観光促進まで極めて広範囲におよぶことが期待されています。中国の宇宙覇権政策の一環と見られることを懸念してか、「こうした宇宙レベルのプロジェクトの目標と任務はすべて平和目的のもの」と強調することを忘れていません。

 現在、通信チャネルの制限により、衛星から収集されたデータのうち地球に送信されるのは10%未満です。完全な分析データが送信されるようになれば、待ち時間が大幅に短縮されるに違いありません。そうなれば、AI衛星は、地球上の森林火災を独自に識別し、即座に警告信号を送信できます。

 またイーロン・マスク氏のスターリンク・ネットワークが関与する同様の衛星システムが、アメリカの「ゴールデン・ドーム」ミサイル防衛システムの一部になる可能性が指摘されています。

 とはいえ、スーパーコンピューターを宇宙に設置することは、大きな技術的課題をともないます。エネルギー効率の高いプロセッサ、放射線保護、および極端な温度に耐える能力が必要となるからです。

アメリカの反攻とシュミットの宇宙構想

 さらに別の課題もあります。何かといえば、ハードウェアが軌道上にある間にAIをアップグレードする方法です。宇宙では、損傷した機器をすぐに交換することは不可能ですから。衛星が故障した場合、運用を停止し、代わりに新しい衛星を打ち上げる必要があります。

 しかし、中国に限らず、アメリカの専門家もこれらの課題は解決できると信じているようです。Googleの元CEOエリック・シュミット氏もその1人で、データセンターを軌道上に打ち上げることを提案しています。

 そのために、彼はカリフォルニアに本拠を置く宇宙会社レラティビティ・スペースに出資しています。このようにして、億万長者はAI時代の最大の課題であるエネルギー不足に対処したいと考えているわけです。

 シュミット氏は本年4月の議会公聴会で、「アメリカの典型的な原子力発電所の発電量は1ギガワットだ」と指摘。一方、アメリカでは最大10ギガワットのエネルギーを消費するデータセンターの建設計画が進行中です。

 シュミット氏曰く「こうした事態がどのような危機をもたらすことになるのか。注意を払う必要があります。私たちの業界のエネルギー需要は総発電量の3%から9%になるはずです。私が最も可能性が高いと考える推定値の1つは、データセンターには2027年までにさらに29ギガワット、30年までにさらに67ギガワットの電力が必要になることです」。

AIと倫理 人間らしさをどう守るか

 こうした莫大な電力需要がもたらす危機感を、アメリカの投資銀行モルガン・スタンレーも共有しているようです。AIやエネルギー開発事業が市場や地政学全体にわたる影響は、破壊的かつ広範囲におよぶ可能性があることに注目せねばなりません。

 モルガン・スタンレーの研究チームは、この重大な危機を乗り切るためには、人間がAIロボット化するのではなく、人間本来の自然な姿や価値観を大事にすることを提唱しています。Nvidiaのジェンセン・ファン氏とイーロン・マスク氏はアメリカにおけるヒューマノイド技術の最大の推進者であり続けていますが、モルガン・スタンレーはそうしたAI万能の視点に懐疑的な分析を加えているわけです。

 その観点からまとめたレポートは技術の重要性には配慮しているものの、人間らしさを忘れないことの重要性にも言及がなされており、洞察力を喚起していることは疑う余地がありません。

ヒューマノイド覇権の条件とサプライチェーン戦争

 以下、そのレポートの主なポイントを紹介します。

①AI搭載の人型ロボットは2050年までに10億台に達し、その90%が産業用および商業目的で使用される可能性がある。
②ヒューマノイド市場はサプライチェーンからの売上、修理、メンテナンス、サポートを含めて5兆ドルを超える可能性がある。
③技術の進歩と規制や社会の支援の拡大により、30年代半ばから後半にかけて人型ロボットの導入が加速する。40年代から50年代には大衆市場に普及する可能性が大いにある。
④こうした近未来のAI覇権争いが激化するなかで、中国は強力な技術力、投資、政府の支援により競争をリードしており、人型AIの開発競争において長期的な勝者となる可能性が最も高い。

 モルガン・スタンレーがこのレポートを通じて、「中国が世界のリーダーシップを発揮する可能性が高い」と確信している理由には次のような要素が考えられています。

 まずは、サプライチェーンにおける重要な投入物、とくにレアアースです。中国はレアアースを活用して「西側の製造複合体の生産量を増やす」ことができ、ロボット製造においても重要な利点を確保できると分析されています。

 イーロン・マスク氏ですら「中国のレアアース輸出規制がテスラのオプティマス・ヒューマノイドの生産に直接影響を与えている」と公に認めています。

 24年には、中国は米国の7倍の産業用ロボットを導入し、世界の総導入量の半分以上を占めています。しかも、モルガン・スタンレーは50年までに、米国の7,700万台に対し、中国は3億台の人型ロボットを保有する可能性が高いと推定されているのです。

教育・資本・長期戦略 中国モデルの強さ

 コスト面でのメリットも重要です。ヒューマノイドは複雑で、洗練されたロボット・ソフトウェア・モデルとハードウェアとの緊密な統合が必要なため、高価な製品になります。

 モルガン・スタンレー・リサーチは、24年時点で欧米における人型ロボット1体の価格は約20万ドルだったと推定しています。技術の進歩と生産量の増加にともない、価格は28年までに約15万ドル、50年までに5万ドルまで下がる可能性があるとも指摘。中国のサプライチェーンを利用できる国では、価格は1万5,000ドルまで下がる可能性がある模様です。

 現在、中国の大手ヒューマノイド・メーカーであるUnitreeとUBTechのヒューマノイドの単価は、テスラやボストン・ダイナミックスの同様の製品の約3分の1となっています。

Unitreeの小型ヒューマノイドロボットG1 価格は1万6,000米ドル 出所:Unitree
Unitreeの小型ヒューマノイドロボットG1 価格は1万6,000米ドル
出所:Unitree

 非レアアースのサプライチェーンの利点も注目に値します。モルガン・スタンレーの報告書によると、中国には人型製品の自給自足の産業サプライチェーンがある一方、ネジ、減速機、アクチュエーター、モーター、電池など多くの人型部品についてはアメリカに拠点を置く代替品がほとんどありません。要は、現在、世界中のほぼすべてのロボット開発者は、中国やアジアの他の地域から調達される重要な部品を必要としているのです。

 政府の支援についても米中の違いは歴然としています。モルガン・スタンレーは、「中国の主要都市と省の大半において、AI・ロボット工学の支援を目的とした独自の基金をもっている」と報告しています。このようなトップダウンの政府支援と重要産業に対する市場ベースの競争が中国の戦略になっていることは間違いありません。

 また、職業訓練を超えた人的資本レベルでは、中国はアメリカの年間卒業生の5倍、STEM博士号に関しては8倍の大学生を送り出しています。

日本はどう動くべきか 埋もれた資源戦略

 「ロングゲーム」という中国的な長期戦略も重要な要素です。報告書によれば、中国の最大の利点は「長期戦」を追求する傾向があるということ。こうした中国の戦略的思考は紀元前5世紀にまで遡る原則に基づいているわけです。

 それと比較すれば、アメリカは「はるかに若い国」であり、社会的流動性が「企業や投資家を短期的な考え方に偏らせ、長期的な戦略計画より目先の結果(短期的な成長、マージン拡大、自社株買いなど)を優先させる可能性がある」と判断されます。

 結論として、モルガン・スタンレーのレポートは、「中国では『身体化されたAI』に対する国民の支持がほかのどの国よりもはるかに大きく、継続的なイノベーションと資本形成を促進している可能性があることが明らかになりつつある」とのこと。であれば、「AIロボット分野における中国のリードは、米国を含むライバルとの間でさらに広がる可能性がある」との見方が出てきても不思議ではありません。

 「人型ロボットの覇権争いで最終的なチャンピオンを宣言するのは時期尚早だが、アメリカがこの分野で競争力を維持するには、製造能力、教育、国家政策に大幅な変更を加える必要がある」と報告書は述べています。

 人口動態、公益、職業訓練の分野でも中国の対米優位性は歴然としています。モルガン・スタンレーは、「中国の人口動態上の課題はよく知られているが、物理的AIの分野で技術を開発する自然な動機となっている」と述べています。また、「中国はマラソン、ボクシング、ダンスパフォーマンスなどのイベントの開催を通じて、ロボット工学に対する社会の関心を高めています」とも指摘しています。

日本のレアアース戦略と国際交渉の可能性

 モルガン・スタンレーの調査によると、とくにロボット製造に関して中国が米国をリードしている最大の分野の1つは職業教育です。何しろ、中国では23年に「1万1,000以上の専門学校に500万人の学生が在籍」していたほどですから。

 対照的に、「国立学生情報交換センター研究センター」のデータによると、「アメリカでは職業専門の学校に90万人の学生が在籍していると推定される」とのこと。このことだけでも、中国の対米優位性は簡単には覆らせそうにありません。

 残念ながら、こうした米中のAI覇権戦争を目前にしながら、日本の政府も民間企業も独自の戦略を打ち出せないままです。実は、日本の南鳥島や尖閣諸島の周辺海域には世界の消費量の数百年分に相当するレアアースの埋蔵が確認されています。

 とくに、ハイブリッド車に必要な強力な磁石に欠かせないジスプロシウムは世界需要の730年分、レーザーに使われるイットリウムは780年分に相当する膨大な資源が眠っているのです。ところが、こうしたお宝を開発する動きがありません。「産業のビタミン」にほかならないレアアースがこれだけありながら、日本は手をつけようとせず、それどころか中国に一方的に狙われても何ら効果的な対策を講じていません。

 こうしたレアアースについては、アメリカも国内ニーズの8割以上を中国から輸入しています。もし、日本がアメリカへの供給を約束し、共同開発の提案を持ち出せば、トランプ大統領は対日関税交渉において日本に譲歩することは確実です。そうなれば、AIロボティックスの開発競争においての米中覇権争いの局面も大きく変わる可能性があります。日本の正念場といっても過言ではありません。


浜田和幸(はまだ・かずゆき)
国際未来科学研究所主宰。国際政治経済学者。東京外国語大学中国科卒。米ジョージ・ワシントン大学政治学博士。新日本製鐵、米戦略国際問題研究所、米議会調査局などを経て現職。2010年7月、参議院議員選挙・鳥取選挙区で初当選をはたした。11年6月自民党を離党、無所属で総務大臣政務官に就任し震災復興に尽力。外務大臣政務官、東日本大震災復興対策本部員も務めた。著作に『イーロン・マスク 次の標的』(祥伝社)、『封印されたノストラダムス』(ビジネス社)など。

関連記事