【書評】丸谷元人著『こうして日本人だけが騙される』~インテリジェンス視線を鍛えよ
丸谷元人著『こうして日本人だけが騙される』(ダイレクト出版、2025)は、国際政治の裏側で実際に起きている力学を、マスメディアとはまったく異なる角度から提示する書だ。著者はアジア・中東・アフリカの危険地帯で情報収集、武装勢力との交渉、テロ対策に携わってきた“実働のインテリジェンス要員”であり、本書はその経験値を土台に組み立てられている。
本書が対象とする領域は極めて広い。安倍元首相暗殺、ウクライナ戦争、北朝鮮問題、米中対立、気候変動、アフリカ代理戦争、パンデミック、移民問題、食糧危機、ワクチンなど、一般的には“別々のカテゴリー”として扱われるテーマが並ぶが、著者はこれらを「世界の情報戦」という一本の線で読み解く。このような構造的な視線は、情報(宣伝)の洪水にさらされた現代人にとって必要な教養ともいうべきものになりつつある。
日本のマスコミの「報道」はコントロールに満ちている
著者は一貫して国内の大手メディアが深掘りしない分野、安倍元首相銃撃の不可解な点、ウクライナ支援物資の闇市場流出疑惑、領土問題の裏にある米国との関係などについて触れ、それらについての「報道」の真の意味を読み取るために、報道のタイミング、作為的な悲劇の演出について注意すべきことを説く。
とくにメディアが単純化して提示する“善悪の物語”を、最も疑うべき構造の1つと指摘し、「テレビに出る“良い人”」たちがいかに視聴者をコントロールするために用意された存在であるか、そして、それらの「良い人」の正体が実際にはどのようなものであるかを解き明かす。本書を読むにあたって読者は、ぜひ、メディアに触れたときに反射的に自分の内面に引き起こされる印象を思い出しながら、自己の内面を相対化して読んでみてほしい。
世界を動かすのは“構造”であり、個々の事件ではない
その他にも世界の諸問題として、アフリカの資源紛争、気象兵器の疑惑、食糧危機の演出、移民爆発の背後にある大資本など、“世界を包む構造的パワー”がテーマとして論じられる。ここでは大胆な議論が展開されるが、著者の「点ではなく線を見る」議論についていけば、読者は構造的な視点をより鍛えることができるだろう。
本書を通して著者が、インテリジェンスの鍛え方として提案するのは次の視点だ。
- 情報の出る“順番”を見る
- 誰が利益を得るかを考える
- 感情に訴える言葉を警戒する
- 国家の歴史的関係性を踏まえる
- 「悲劇」「英雄」「人道」という言葉を疑う
今日、日本が没落の道をたどっているのは経済力ばかりではない。むしろ重大なのは日本人1人ひとりのインテリジェンスの放棄が没落をより深刻なものにしているという事実だ。日本人が日々に消費するニュースは極端に表層的であり、それをそのまま真に受けた日本人は、当事者の背後にある力関係や歴史的積み重ねを知らないまま、印象だけで世界を判断してしまう国民になっている。
本書は、世界を読み解くうえで必要な「もう一段深い眼差し」を体験させてくれる。複雑化する国際環境のなかで、日本人が“騙されない”ために磨くべきなのは知識そのものではなく、まさにこの“視点”なのだと読者は痛感するだろう。
【寺村朋輝】








