小売の常識が再度大転換する時代 POSから、スマホ&AIへ

カートに取りつけるAIデバイス 出所:Shopic
カートに取りつけるAIデバイス 出所:Shopic

 かつての小売業は、「つくれば売れる」時代の大量販売モデルから、POS導入による単品管理と精緻なデータ分析という転換を経験している。さらに現在、スマホが購買行動の主導権を握り、消費者は「いつでも・どこでも・何でも・最安で」買えることを当然視するようになった。こうしたなか、AI搭載のスマートカートや自動レジといった技術革新が進む米国では、リアル店舗の再定義が始まっている。小売業は今、新たな淘汰と再編の岐路に立っている。

「売れる常識」の崩壊 POSの登場

 小売には基本的な原則がある。いつ、どこで、何を、いくらで、いくつ、どんな売り方で売るか? この原則に沿えないと致命的な結果が待っている。

 戦災と戦時生産の影響で世の中からモノが消えていた時代からしばらく経つと、朝鮮戦争の特需もあって、急速に生産と消費が復活した。戦後から高度成長期までは、いつでも、どこでも、何でも、いくらでも、いくつも、どんな売り方でも売れた。その熱狂はいつまでも続くと誰もが疑わなかった。しかし、1980年ごろから流れは急変した。つくるそばから売れていた商品がいきなり売れなくなったのだ。来年はきっと良くなる。そんな思いもむなしく、売上は回復しなかった。

 暮らしに必要な基本的なモノが充足すると、次に消費者は個人嗜好に沿ったものを求めるようになる。機能や色、デザイン、ブランドといった類だ。大衆が消え、分衆になり、最後は個衆になる。

 生産者にも販売者にも好都合だった同一品、単品大量、リピートという消費形態が多品種、少量、ノンリピートへと変化した。売れなくなったのは、製造も小売もこの変化に対応できなかったからだ。その結果、小売店からの売れ残りが理由の返品が増え、公取も絡む社会問題になった。川下から川上まで生産、販売数の精度を高めないと経営が成り立たなくなる時代の到来だ。そんなときに注目されたのがバーコードによるPOSシステムだった。

 アメリカの流通視察で大手ドラッグストアのKマートや総合スーパーのシアーズでバーコード付きの値札を目にしたのは80年ごろの流通視察だった。当時は売場の商品構成や価格調査が主な研修項目で、実際にそのスキャンやそれによる販売、在庫の数量管理などというところまでは気が回らかった。不勉強と過去の経験による常識の硬直化だ。指導コンサルタントもその点に触れることはなかった。システム自体は我が国でも72年にダイエーと三越でテストされたが、周辺システムの整備とバーコードを手で張る作業が必要だったため、普及までには至らなかったという事情があった。

 我が国でそのシステムが本格稼働を始めたのは84年セブンイレブンによるPOSシステムの導入だ。同社はその導入に際して、取引先に全商品のバーコード添付を求めた。当時としては例のない全国2,000店舗という拠点に加えてさらに急速な店舗展開を計画する優良小売のセブンの要求を拒否すればそれはそのまま取引の終了を意味したから、結果としてソースマーキングは小売業界に一挙に普及することになる。これこそ、小売DXのスタートだ。それ以降、セブンイレブンとその親会社であるイトーヨーカドーの単品管理は小売業の合言葉になる。

人手依存の限界とSMの構造的課題

 スーパーマーケットは毎日の暮らしに不可欠な数万の商品をメーカー問屋から仕入れ、それを売場に並べるのが仕事だ。さらに生鮮、総菜を中心に加工工程が加わる。その作業内容は機械化や自動化に容易には置き換えられない。

 90年前後になると従来の電話注文から携帯端末による発注に変化し、POSシステムで売上分析などのデータ利用が一般化し始めた。しかし、基本的なスーパーマーケットの業務はこの50年間ほとんど変化していない。

 生鮮は商品をつくり続け、日配、加工食品部門は発注と陳列、レジ要員は商品価格登録という極めて単調な作業を続ける。加えてお客からのさまざまな問い合わせ、クレームもこなす。忙しい時はトイレ休憩もままならない。スーパーマーケットの生産性が極端に低いのはそのあたりの事情によるものだ。過去、それを補ったのが団塊の世代だ。サービス残業という無償の汗が企業成長に大いに貢献した。しかし時を経て汗の集団は成長し、人件費という最大の営業コストに変身し、経営を圧迫するようになる。さらに少子化、高齢化にステージが進むと、小売業界は従業員の採用に窮した。

 団塊の世代が若いころはより良い職場を求めて労働力はその移動柔軟性をもっていたが、高齢化が進むとその流動性も消え、それによる人手不足はとくに小売業を直撃した。

 対策として目を付けたのが主婦のパートタイマー、途上国からの語学留学生だ。中国、次いで東南アジアからの語学留学生を中心にアルバイト採用で窮地をしのいだ。しかし、デフレで国際的な経済地位が相対的に低下した我が国では、それも思うにままならなくなった。パートタイマーも高齢化と少子化で集まらない。103万円の壁も相変わらずだ。人手不足倒産も現実になる。こうなると根本的な対策は人の手をほかの手段に替えるしかない。

変化に取り残された小売大手の淘汰

 俗に10年ひと昔というが、10年経てば世の中は大きく変わり、それを3回繰り返せばいわゆるジェネレーションギャップというほどの変化になる。

 いまや98年当時の我が国小売上位大手10社のうちイオンとイトーヨーカドーを除き8社がその姿を消した。アメリカでもKマート、シアーズの2大小売が倒産した。大手専門店も例外ではない。

 その主因は坪当たりの売上の低下と売れ残りから来る廃棄ロスだ。理由は先述したように消費者の変化を見誤ったことに尽きる。これから、消費の主役はミレニアムとZ世代に代わる。消費、社会環境はさらに激変する。変化の時代は過去の経験や実績に基づく発想で行動すれば、いくら頑張っても成功に届かない。かつて、単品管理で一世を風靡したイトーヨーカドーもいまや崩壊の瀬戸際だ。唯一残ったイオンも業態の見直しとDXによる新たな試みから逃れる術はない。

米国小売を揺るがす犯罪

 先ごろアメリカ カルフォルニアで実施された950ドル以下の少額万引きは軽犯罪とする法律が問題になった。一部の住民が少額万引きは無罪(といっても14万円は少額とはいえないが…)との勘違いもあって、収拾がつかなくなり、今回の大統領選挙と同時に実施された住民投票で廃止になったという。

 いかにもアメリカ的なトピックだが、性善説の我が国とかの国はそもそも犯罪の土台が違う。流通業の世界ではお客、従業員、取引先を併せた商品ロスはアメリカではリテールシュリンケージといわれ、これらの犯罪による米国流通業界の損失は年間17兆円を超えているともいわれる。驚くことに福岡県の年間予算の7年分だ。

 アメリカでは犯人の抵抗などによる二次被害を防ぐのと、誤認による人権侵害という問題もあり、万引きなどの店内窃盗犯が我が国のように私人逮捕されることは稀だ。アメリカ在住の知人の流通コンサルタントによると最近ではフラッシュモブをもじった「フラッシュロブ」と呼ばれる集団万引きも頻発しているという。もちろん、万引きの多発は、流通システムの変化にも原因がある。それはオンライン販売の普及だ。万引きした商品をネットで売りさばく。これらの犯罪防止にもAIを始めとしたDX導入を進めざるを得ないだろう。

WMTが牽引する小売DXと次世代ビジネスモデル

 アメリカ小売業で今年の一番大きなトピックは、ウォルマートがネット販売を含むEコマースを黒字化したことだ。過去10年、平均20%を超す同部門売上の伸びは続いてはいたものの、トップがその時期を明言できないほど不確定要素が大きかったEコマースの黒字化は、店舗現場のDX化にも大きな影響を与える。これで、この7年、店舗を増やさずにいた週間客数1.5億人を誇る実店舗の出店にも弾みがつくというものだ。

 さらにウォルマートは2021年から自店舗やウェブサイトでデジタル広告を提供しているが、こちらも大きく伸びている。情報収集も既存マスメディアからすっかりスマホに移った感がある昨今だ。アプリ対応商品7億アイテム、さらにインフレも影響してかウォルマートのアプリ登録者は新たに年収10万ドル以上の消費者が増えているという。この客層は有料配送やサブスク負担に抵抗がないから、その拡大には今後も大きな期待がもてる。

 変革の要素はほかにもある。マイクロソフトなどの複数の大手IT企業と提携してモバイル注文、出前ロボット、自動運転宅配、ドローン配達など革新的な販売手段にも積極的に取り組む。広告やマーケットプレイスなどの利益率が小売の3倍といわれるBtoB事業も極めて順調に拡大しているという。年間売上100兆円超えの小売業と巨大IT企業が手を組んでの絶え間ない挑戦と実験はそれに続く企業もその試みと結果から目を離すわけにはいかない。

スマホ時代が変える小売と消費者の関係

 我が国では20年ごろからミレニアル世代が社会の主役になり、スーパーマーケットの環境が少し変化した。カスハラという言葉が登場するようになり、お客さまは神様という時代が終わりつつある。

 もともと、カネという労働対価で便利にモノを手に入れるお客とそれを直接提供する店舗は当然、対等であるべきだ。しかし、客側から見れば汗水たらしたカネは何にもましての価値をもち、それを手渡される店は最大の感謝をもって客に接すべきだというのが我が国の長い間の社会的通念だった。戦後、日本の企業は欧米を手本に発展してきた。とくに小売業はアメリカに倣って、その形、手法、運営のすべてをコピーしながら今がある。その流れは、おそらく今後も変わらない。実際、アメリカで起こっている形態の一部がすでに我が国にも存在する。

 日本最大の食品スーパーマーケットのライフはアマゾンと、小売最大手のイオンもイギリスのネットスーパー専業オカド(Ocado)と提携して新システムの利用を開始している。イオンは巨大な宅配設備を建設、稼働。その運営は時間、アイテム、受発注システム、在庫管理、顧客ニーズの把握など通常店舗販売とはまったく違った立ち位置だ。

 いまや消費者は、スマホという万能コンピュータを使い、好きなときに、好きな所から、好きな商品を好きな量、最も安い価格で購入できる。どんなに遠い売場からでもどんなに小さな要求にも、スマホは消費者が求めるモノを確実に提供してくれる。スマホを抜きにした販売はもはや成立しない。いつ、どこで、何を、いくらで、いくつ、どんな売り方で売るか? という売り手の基本戦略もスマホの時代にはもはや大きな意味をもたない。巨大なフルフィルメント施設をつくり、膨大な種類の商品を準備し、全国、全世界を商圏に、24時間受付、そして迅速に客の手元に届ける。まさに小売の世代交代だ。

AIカート導入が進む米国と立ち遅れる日本

店内で在庫確認を行うBossaNovaのロボット 出所:Wikipedia
店内で在庫確認を行うBossaNovaのロボット
出所:Wikipedia

    小売先進地アメリカで、いま積極的な導入実験が始まっているのがダッシュカート、ケイパーカートといったAI搭載のスマートカートだ。我が国でもトライアルがその積極的な導入を図っている。スマートカートの前に実験導入した自動レジは、お国柄を反映しての不正スキャンと万引きで廃止が相次いだ。その点、スマートカートは事前にID確認もできるので店側としては導入に抵抗がないということだろう。

 液晶画面付きのスマートカートは、商品バーコードをスキャンしながらカートに入れると左右に分かれた画面の片方に価格と履歴が表示される。同じ商品を重ねてスキャンしてもカートの底にある重量センサーがその不正を見破り、受け付けない。ノンバーコードの果物などで、たとえば、リンゴを安価なトマトとして登録しようとするとカート底の計量センサーが異常を感知して登録を受け付けない。

 分割画面の片方には新製品やセール品、関連商品の提案、提供クーポンなどが表示され、ついで買いや関連購入を誘う。メーカー広告にも使え、メリットは大きい。買い物終了時には会計も終了しているからカード、現金で決済するだけだからレジに列もできない。スマートカートはウェグマンズなどのクオリティ型スーパーを含む、中小スーパーマーケットも導入を始めている。

 我が国のスーパーや百均ではDX化は緒に就いたばかりだ。まずはその1つの自動レジだが、現在のシステムはお客のスキャンはスルー登録やビールの6缶パックをパッケージバーコードの代わりになかの缶のそれをスキャンすることで1本の価格で登録するなど、不正ロスが生まれやすい。レジ要員がスキャンして支払だけ客にさせるやり方では大きなレジ要員の削減にならないから、店舗スペースの問題もあるが最終的にはスマートカート式に落ち着くことが予想される。

 問題は過去と同じように米国システムに追随して新たな業界地図を描けるかどうかだ。ファッションなどの非食品や飲料水などの常用品はリアル店舗がオンラインより優位に立つことはないだろう。わざわざ出かける価値のある店をつくらなければ、リアル店舗の存在は消費者にとって意味を失っていくといっても過言ではない。

【神戸彲】

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