台湾のコロナ抑え込み成功の理由とは確固とした指導と国民との信頼構築(前)
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台北駐福岡経済文化弁事処 処長(総領事) 陳 忠正 氏
台湾はもともと中国との往来が非常に活発でありながら、新型コロナウイルスの感染者を少数に抑え込み、コロナ以前とほぼ同様の経済・社会活動を展開できている数少ない成功例の1つ。コロナ禍で各国政府は感染症に対する防疫と経済の両立を求められたが、台湾がとった手法は初期段階における防疫の徹底であった。台湾が防疫を優先した理由とウィズコロナ下の経済・社会状況について、在福岡総領事館に相当する台北駐福岡経済文化弁事処の陳忠正処長(総領事)に話を聞いた。
国民への情報開示 信頼構築を重視
――台湾の対コロナ政策が成功している理由をどのように考えていますか。
陳忠正氏(以下、陳) 日本統治時代に台湾総督府民政局長を務めた後藤新平(在任期間:1898~1906年)による地下水、衛生施設のインフラ整備など公衆衛生面の遺産が非常に大きいです。日本は台湾の医学の発達にも大きく寄与し、日本統治時代に多くの台湾人が日本に行き医学教育を受け、台湾に戻って医師となり、その教え子も同様に日本に留学するなどして、最新の医学を吸収しています。台湾人として日本人に感謝しています。
2003年のSARS(重症急性呼吸器症候群)で多くの犠牲者を出した教訓が生かされています。19年12月、台湾は中国武漢市での新型コロナ感染症流行の情報を入手した後、独自に医師を派遣し、疫病が深刻化するとの感触を得ました。そこで公立病院の医師、看護師(公務員)の国外への移動を制限したほか、関連の法整備を進めて危機に備えました。
WHOは各国の疾病対策センター(CDC)との間に通報システムを構築しており、台湾としてもCDCが役割をはたすために、武漢での疫病調査に基づき、19年12月末にWHOに通報しましたが、相手にしてもらえませんでした。WHOは台湾に対する姿勢を変えておらず、台湾は今なおWHOへの参加が叶わずにいます。
台湾はWHOと情報共有ができないと考え、独自の情報に基づいて最大限厳格な防疫体制を敷きました。現地在住の台湾人を迎えるために武漢にチャーター機を飛ばした際、スタッフは全員防護服を着て行きました。感染の初期段階で、海外在住の帰国を望む台湾人を無事に帰国させること、彼らが感染している場合に国内で感染を拡大させないことが大事だと考えてのことです。
――陳時中・衛生福利部(厚生労働省に相当)大臣の対応が称賛されています。
陳 歯科医師でもある陳大臣は中央感染症指揮センター(新型コロナウイルス対策本部)の指揮官を兼ね、初期にはダイヤモンド・プリンセス号の乗客や武漢市からの帰国者を迎えに行くなど、率先して対応にあたりました。コロナという未曾有の事態で市民が不安に感じるなか、毎日、記者会見で質問がなくなるまで対応していました。記者会見を通して市民とコミュニケーションをとることは非常に大切です。陳大臣に対する市民からの支持率は90%を超えており、蔡英文総統らも信頼し、全権を委ねています。「鉄人大臣」と呼ばれるほどの働きぶりで、市民から「睡眠をとってください」と言われていましたが、帰宅せずに執務室のソファで休憩していたようです。
陳大臣は水際対策の徹底を重視しています。感染者が多い国から帰国した人は感染しているリスクが高いと考え、帰国者に対する空港でのPCR検査が陰性であっても、偽陰性の可能性も排除せず、帰宅させずに直接隔離施設に行くように求めました。空港でのPCR検査で陽性となった場合は、直ちに入院を強制し、治療が終わっても陰性が3度出るまでは退院が許されません。台北に近く、国際空港がある桃園市の衛生福利部桃園医院を新型コロナ対応のための医療センターへと改組し、多くの医師や看護師、機器を同センターに集め、集中して対応する体制を整えました。まちの小さな医院・診療所には感染症に対応可能な人員、経験、機器のいずれも不足しているという判断に基づき、感染の疑いがある人をそれらの医療機関に送らず、同センターで受け入れるようにしました。これには、民間の医療機関が武漢からの帰国者の受け入れに消極的だったという事情もあります。
市民には、発熱などの症状が出てもむやみに医院に行かないように、また感染の疑いがある場合には、まず専用のコールセンターに連絡するように記者会見で呼びかけました。コールセンターが市民からの連絡を受けると、専用の救急車がその市民の住居まで迎えに行きます。
ITに強いオードリー・タン(唐鳳)デジタル担当大臣の功績も大きいです。タン大臣がマスク在庫把握のスマホ・アプリを開発したことにより、市民はマスクを購入するために長時間並ぶ必要がなくなりました。マスクの購入については実名制とし、健康保険証の提示を義務づけたことにより、買い占めが発生しなくなって皆が安心しました。
台湾の健康保険証(カード)には海外渡航歴の情報が加えられ、医療機関で診察する際に、医師が患者の海外渡航歴を確認できるようになり、感染経路に関する情報を得やすくなりました。台湾政府は感染者全員の感染経路と接触者を把握できています。衛生福利部桃園医院で若い医師が治療時に感染し、約20人に感染が拡大したことがありますが、感染者の接触者約5,000人を即座に割り出し、隔離させたほどです。
タン大臣のもう1つの功績は、誤った情報が流れるのを防ぎ、市民がコロナをめぐって必要以上に不安になるのを防いだことです。当時、コロナに関するフェイクニュースが台湾、中国および世界各地からネット上で発信されていましたが、タン大臣は専門チームに人材を集め、自身が先頭に立ってニュース発信から30分以内に削除する体制を整えました。
専門家重視の政治
――政治家が専門家の意見を聞き、どれだけ政策に反映させるかは各国共通の課題です。台湾の政策立案で専門家がはたす役割は大きいのでしょうか。
陳 台湾はSARSで37名が死亡するという悲惨な経験をしていたことと、WHOから情報が得られなかったことから、国内の専門家の意見を重視しました。今回のような医療政策に限らず、福祉政策などでも、台湾の政治家には専門家の意見を重視する姿勢が見られます。
蔡総統が専門家の意見を尊重する姿勢を示していることも大きいです。昨年1月に再選された直後、コロナ対策について市民に「専門家の意見を聞かなければいけない」と語りかけました。総統が専門家の意見を尊重するのであれば、市民も安心して専門家の話を聞き、協力的な姿勢を示します。政府の各部門も同様に、専門家の意見に沿って政策を立案しました。
蔡総統の下、部(省庁)をまたいで、航空などの交通、入管、経済、教育、外交の各部門から集められた専門チームが結成されました。感染の疑いがある外国人の入国制限など、政府の各部門が関連する措置を素早く実施できたと思います。
また、地域の町内会がはたした役割も見逃せません。自主隔離を求められた市民に対して、世話役の人がお菓子、漫画、マスクなどを入れたカバン「関懐包」を「皆あなたのことを気遣っています。安心できるまで家でおとなしく過ごしてください」というメッセージとともに住居に届けました。(つづく)
【茅野 雅弘】
<プロフィール>
陳 忠正(ちん・ちゅうせい)
1963年生まれ。国立政治大学外交学科卒、同大東亜研究所で修士号取得。90年台湾外交部入部。慶應義塾大学で日本語研修。2016年9月に台北駐日経済文化代表処総務部長、18年7月から台北駐福岡経済文化弁事処処長(総領事)。関連キーワード
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