2024年11月22日( 金 )

所有のコスト背負わず所有する無敵の「方程式」~星野リゾート(2)

記事を保存する

保存した記事はマイページからいつでも閲覧いただけます。

印刷
お問い合わせ

ライター 黒川 晶

開発・建設コストを負わずに所有、宿泊施設「再生」事業

星野リゾート トマム たとえば、メディアで美談のように語られることの多いリゾートや温泉旅館の「再生事業」である。実家の「星野温泉旅館」の改革を行い、社名も改めて新たな歩みを踏み出した星野氏が、2000年代初頭、バブル経済崩壊による景気後退のなかで経営破綻に陥った3つの大型リゾートを次々と引き受け(「リゾナーレ小淵沢」(現・「リゾナーレ 八ヶ岳」)、「磐梯リゾート」(現・「アルツ磐梯」)、「アルファリゾート・トマム」(現・「リゾナーレ トマム」))、瞬く間に経営を立て直した(再生させた)ことは周知の通りである。

 「再生事業」といえば聞こえはいいが、「再生」させることそのもので報酬を得るといった話ではない。平たくいえば、物件を「買収」して種々の「リノベーション」を施し、今度は自社に収益をもたらすようにしたということだ。

 「運営」面がどれほどフォーカスされようと、それは「所有」を前提している。それも元のオーナーに生じた災厄、経営破綻があったからこそ可能になった開発・建設の初期コストのかからない大型物件の「所有」である。

 「運営」特化を目指す企業が、その手腕をアピールするための1ステップであったと捉える向きもあるだろう。実際、星野リゾートはこれを機に、さまざまな宿泊業者から運営を委託されるようになった。

 だが、そうして「本業」を軌道に乗せていく傍ら、星野リゾートは「再生事業」をビジネスモデルの中心に据えていく。つまり、米ゴールドマン・サックスと提携し(05年)、今度は経営難の老舗温泉旅館を次々と買収して、「リノベーション」を加えていくようになったのである。

 まずは、ゴールドマン・サックスがオーナー、星野リゾートがオペレーターというかたちでスタートしたようだが、石川・山代温泉「白銀屋」(現・「界 加賀」)、静岡・伊東温泉「いづみ荘」(現・「界 伊東」)、長野・信濃大町温泉「仁科の宿 松延」(現・「界 アルプス」))、島根・玉造温泉「華仙亭 有楽」(現・「界 出雲」)、静岡・舘山寺温泉「花乃井」(現・「界 遠州」)など、全国の有名旅館が続々と星野リゾートの「所有」「運営」するところとなっていった。

 09年以降は星野リゾートのサブブランド名を冠した名称に改名し、大々的にリニューアルオープン。積極的な宣伝活動も功を奏し、同社に大きな収益をもたらした。

 ただ、誕生して日の浅いリゾート物件とは異なり、星野リゾートによる「再生」を当該旅館の「再生」とみなさない客も多い。同社は取得した老舗旅館の再建にあたり、「リノベーション」のかけ声の下に運営体制の変革を断行し、徹底的なコストカットを行った。

 なかでも大胆な「リノベーション」は、旅館スタッフの「マルチタスク」制と、提供する料理の「セントラルキッチン」化である。

 「マルチタスク」制は、従来はそれぞれ専用のスタッフが担当していた調理、客室清掃、フロント、レストランサービスの4つの仕事すべてに、1人の従業員が時間帯に応じて入るというもの。人件費を削減する狙いがある。だが、人には向き不向きがあるうえ、1つの仕事に腰を据えて取り組めないため、各業務に熟達したスタッフがなかなか育たない。

 しかも、清掃や接客を行うスタッフが時間帯によっては厨房にも立つわけである。旅館の宿泊客にとっての最大の楽しみは、お抱えの板前による料理であることはいうまでもない。だが、プロの料理人でもないスタッフがどうするのかといえば、千葉県にある「セントラルキッチン」で調理され、冷凍されて運ばれてくるものをベースに、地元の食材・料理をコーディネートするのだという。まるでチェーンのレストランやコンビニのレジ前デリカのように。ネットの「口コミ」サイトや掲示板は、宿泊料金の高額さも相まって、接客や食事のクオリティーに対する怒りの声であふれかえることになった。

 かつての旅館を知る人や旅慣れた人にとって、女将も仲居も板前さえもいなくなれば、たとえハコはそのままでも、もはや別のものにほかならない。また、食材の仕入れという面でも、取引の減少や打ち切りなど地元の業者に少なからぬ影響があったことは想像に難くない。

 「和のおもてなし」や「地域との共存」をうたうからには、今後そうした点を考慮した再「リノベーション」をと、日本旅館好きの筆者としては切に願うのだが、そうでなければ、一部の業界関係者や宿泊客にささやかれているような「経営難に乗じた乗っ取り屋」や「ハゲタカビジネス」の謗(そし)りを免れないだろう。

 ところが、星野リゾートは18年からシティホテル分野に参入するなど、むしろ新規「所有」を加速的に拡大させている。「運営特化」の方針との矛盾をどう説明するのか、何より保有のコストはどうするのか。その星野流解決策が、投資法人の設立だったように思われる。

(つづく)

(1)
(3)

関連記事