2024年11月17日( 日 )

小売こぼれ話(10)巨大化(マス)のリスク(前)

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アマゾン創業者の先見性

クラウドサービス イメージ 「そんなものはうまく行かない」。革新的な提案が行われるとき、どんな組織でも大方の人間が口にする言葉だ。成功体験者の言葉は実績に裏打ちされたものだ。常に革新を胸にすべきリーダーも同じ。過去の成功が体の芯に染みつき、そこにこだわる思いも強い。過去の否定は自らのそれと考える。だから、将来に向けての大きな数値目標もたいていは現在のかたちの継続が前提になる。

 「継続こそ力」。新しい試みを封じる言葉はこれだ。しかし、一昔前ならともかく、現代の時間軸では、継続すべきは革新のための努力である。ところが普通、改革を口にするのはたいてい若者、よそ者、変り者だ。だから普通、その意見は黙殺、無視される。流すべき水が滞り腐る。企業は水だ。動きが止まればその命を終える。それを避けるには成功を捨てることだが、常人の思いはいつもそこにおよばない。

 アマゾンの創業者ジェフ・ベゾスはまさに「革命的革新」を継続した。ガレージで書籍の通販を始めて以後、四半世紀余りで世界の小売業を脅かす企業をつくり上げ、それは今なお驚異的な成長を続ける。

 クラウドサービスのAWS(Amazon Web Services)は同社の1事業であるが、その利益がアマゾンの屋台骨を支えている。一見、不動産収入が支える我が国の大手小売業と収益構造が似ているが、前途洋々のクラウド事業と限界が見え始めたSC(ショッピングセンター)事業とではまさに「似て非なる」の典型だ。さらに、本業の小売にしても、オンラインからリアルに向かうアマゾンと、リアルからオンラインに向かおうとする我が国の小売とはたどる道の険しさが違う。

 1994年の創業から、アマゾンは9年間赤字を続けた。その後も企業規模に見合った利益を出していない。普通、経営者に対する評価は売上だけでなく、経常利益で決まる。株主への配慮や経済社会からの評価を考えると、いかに利益を出すかが普通の経営者の考え方だ。

 しかし、アマゾンは利益よりも投資を優先した。その結果が利益の最小化だ。利益になるはずのキャッシュはリアル店舗やネット企業のM&A、FBA(フィルフルメント by Amazon)のための配送センターなどに向けられた。一見ランダムに見えるこの行為は、80年代に経済界で有名になったドラッカーの信奉者であるGMのジャック・ウェルチの「選択と集中」の逆を行く。彼の主張は、一番になれないものからは撤退が基本。要するに目標と絞り込み、それに向かって投資をすべて集中させるということだ。

 この原則を逆にとれば、一番になる可能性のある事業にはあきらめず投資することになる。あきらめなければ物事は必ず成就する。ただし、資金が続けば…。問題は投下資金の捻出法である。ベゾスが配当の代わりに株主に手渡すのは株価の上昇という期待とリスクのカクテル。01年のITバブル後、アマゾンの株価は5.5ドルだった。15年後の16年には837ドルになり、18年に2,000ドルを超え、今年は3,700ドルを超えた。20年前、1万ドルを投資した株主の株は670万ドルとなった。100万円が6億円に化けている。文字通り大化けだ。

 集中して一番を狙う――ベゾス率いるアマゾンはクラウド、配送センター、小売事業、会員ビジネスを手がけるが、その多くが実現しつつある。彼が意図してそれを行ったのか、たまたまそうなったのかは誰にもわからない。しかし、実行して成功したことは事実だ。

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 冒険的な経営は成功すれば英断と称えられ、失敗すれば無思慮、無謀と評される。だから挑戦には勇気がいる。彼は配当、納税すべき利益のほぼすべてを事業拡大に振り向けた。それが先見性に基づくものだったのか、ただの無謀だったのかはわからない。しかし、現在の結果を見ると先見性に基づいた英断ということになる。

AWS利用を禁じる大手小売も

 アマゾンの稼ぎ頭であるAWS。わずか3年で売上の伸びは2.6倍。経常利益率は25%。クラウド市場が今後さらに拡大することを考えると、アマゾンの戦略のたしかさが見て取れる。

 そんなアマゾンのクラウドには、あらゆる業種のさまざまな情報が飛び込んで来る。その情報をアマゾンが道理に反して利用するとすれば、同業者にとってはまさに脅威となる。実際、直接的・間接的にアマゾンはそれを利用している。だからウォルマートなど大手小売企業のなかには、取引先にAWSの利用を禁じているところもある。

 今のところ、主業である小売とクラウドを中心に盤石に見えるアマゾンにも思わぬ伏兵が襲いかかるだろう。まず、独禁法違反の疑いで米連邦取引委員会(FTC)が調査に乗り出しそうとしている。先日、韓国の公取もGoogleに1億7,700万ドルの課徴金を科すと発表した。中国もEコマースで優越的地位の乱用があったとして今年4月、アリババに日本円で課徴金3,050億円の支払いを命じた。国家はその気になれば何でもできる。それは歴史が証明している。

(つづく)

【神戸 彲】

(9)-(後)
(10)-(後)

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