次世代にらみ新産業振興~よみがえる北九州(前)
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かつて“鉄都”として栄え、また“鉄冷え”と呼ばれる衰退を味わった北九州市は近年、新成長戦略の一環としてスタートアップ(起業)企業の創出・育成に力を入れている。「日本一起業家に優しいまち」を掲げ各種支援事業を展開。今年度、実証実験を実施する市内外の5企業を補助対象に選び、ロボット開発など次世代をにらんだ産業振興を進めている。一方、JR小倉・黒崎駅周辺ビルの建替えによる企業誘致の促進、北九州空港の滑走路延伸による物流振興、洋上風力発電を中核とする、エネルギー関連産業の集積など各分野で持続可能な成長戦略の実践を目指す。
ロボット開発・リーフの挑戦 “ゼロイチ”を力に
スタートアップ支援の対象に選ばれた企業のうち、同市小倉北区のリーフ(株)は医療・リハビリ・介護ロボットの開発、製造を担う。政令指定都市で最も高齢化が進む同市にとって必須の分野であり、全国的に、また世界的にも注目される産業だ。
「ゼロイチ、すなわち今世の中にない製品を生み出す。それが創業時から変わらない我が社のあり方です」。リーフの森政男社長は自社内に並んだ製品の数々を見つめて語る。2008年の創業時から開発、製造に取り組み現在7代目となる「歩行リハビリテーション支援ツール Tree」、身体に何も装着せずに歩数、歩幅、歩行速度を自動測定する「歩容測定ツール AM Unit」、症状に合わせた最適な練習メニューと環境を提供できる「VR上肢リハビリテーションツール」などが並ぶ。今回、市の補助対象となり実証実験を行うのは「ベッド搬送アシストロボット」だ。
05年の愛知万博を機に日本におけるロボット開発ブームが沸き起こった。だが、もともとエンジニアでリーフ技術責任者でもある森社長は不満を感じていた。ブームに乗ってロボットを開発したはいいが、製品化には至らなかったり、現場では使われなかったりといった事例が相次いでいたからだ。当時のロボット開発がニーズ(消費者)視点ではなくシーズ(生産者)視点に陥っていたという。
「本当に社会の役に立つモノをつくりたいのです」と森社長。その思いを胸に介護施設などを訪ね、現場の声を聴いた。その結果、歩行練習をサポートするリハビリツールが必要だということを知り「Tree」の開発に乗り出した。初号機は機能的には上々の出来栄えだった。しかし、介護施設に持ち込むと、ほとんどの利用者が使用することを断った。なぜか。原因はデザインだった。角ばった箱のようなかたちで、いろいろなコードがはみ出していた。そこで2号機は丸みを帯びた優しいデザインにしたところ使ってもらえるようになったという。
デザイン1つで利用者の反応が変わることを知った経験は、リーフにとって大きな財産となった。10年代半ば、ドイツ・デュッセルドルフで開かれた世界最大の医療機器展メディカに6代目Treeを出展。デザイン、機能とも大きな評価を受けたという。「『こういうものは見たことがない』と言われて、うれしかったですね」と森社長は笑顔を見せる。世の中にないものをつくる“ゼロイチ”を企業理念に掲げるリーフの進む道を明るく照らす光となった。展覧会後、26カ国ほどから引き合いがきたという。
空自の飛行機にあこがれて
森社長は北九州市の隣にある福岡県芦屋町の出身。子どものころは航空自衛隊芦屋基地から飛び立つ飛行機を見て育ち、機械、ロボットに関心をもった。小学生のときの作文に「将来は発明家になりたい」と書いた。コンピューター系の専門学校に通った。高校の教諭からは進学を勧められたが、早く就職して仕事をしたいと考えていた。
バブルがはじける直前、地元企業に就職した。発電所のソフトウェアなどを製作する部署で働いた。また、高速道路にETCが導入される際の開発を担った。車の形状認識とそれをセンターに送る通信技術の開発に携わり、ほぼ九州全県に配置した。機器に不具合が生じると車を飛ばして修正に走った。「あれも一種のロボットなんです。今みたいにオンライン交信などない時代で、何かあったら現場に飛んでいく。車をふっ飛ばして鹿児島まで1時間半で行ったこともありました」。
そして2000年代に入り、ロボットが次第に普及していく。「05年ぐらいから騒がれましたが、それで今どうなっていますか。あまり役に立つものがありませんよね。いいのは掃除機ロボットぐらいですか」と森社長。このころから役に立つロボットをつくりたいという思いが芽生え、膨らんでいくのだった。
高齢化社会を見据えて
メディカで注目を浴びたTreeは現在7代目。ほぼ完成形という。360度どの方向にも移動できる「球体駆動」の技術を導入し、身体のどこも拘束せずに、介助者が利用者のそばに立つだけで歩行練習ができる。「専門的な言葉でいうと、自己の残存能力を生かすやり方なのです。何かを付けたり、車いすに乗ったりすると、能力が向上しなくなる。だから、できるだけ歩かせる方向にもっていくということですね」と森社長が解説する。
AM Unitもそうした視点から開発した。これも機器を装着することなく、横に置いて計測用の床の上を歩くだけで歩容をチェックできる。足の上げ方、歩幅などを継続的に記録することで、利用者が今どのような状態にあるかを知る。独居高齢者宅に設置しておけば、身内の人が遠隔で情報を共有できる。離れて暮らす親に定期的に電話して健康状態を把握しているつもりでも、予想以上に衰えがしのび寄っている場合もあり得る。随時、高齢者の様子やデータを確認できるのはありがたいところだ。また、70歳前までの「アクティブシニア層」が今の状態をきちんと把握して、軽度認知症や虚弱などといった状態になる前に対応できるように自ら健康状態を管理するのに役立つという。
「日本は世界一のスピードで高齢化していますが、それにしては取り組みが遅いと感じます。もう少し焦った方がいいのではないでしょうか。こうした問題意識に基づき、リーフは医療・介護分野でのロボット開発に参入してきました。とてもやりがいのある仕事です。便利な道具を生み出し、人々を笑顔にすることを目指しています。最終的には独居高齢者が安心して暮らせるようにすることが目標です」。森社長は力強く語った。
(つづく)
【山下 誠吾】
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