電通、国際スポーツ大会における利権の原点は「ペレ引退試合」（後）

服部氏はロス五輪組織委員長に食い込む

    電通は1980年モスクワ五輪のマーケティング権を博報堂に奪われていた。従って次のロサンゼルス五輪の権利獲得は史上命題だった。

　電通東京本社連絡総務部次長兼プランニング室長（当時）の服部庸一氏は84年のロサンゼルス五輪で組織委員長のピーター・ユベロス氏に食い込みを図る。行政が援助しない初の民間運営のため、放映権料の大幅増や業種別に募るスポンサー方式を用意するなど、資金確保に心を砕いていたユベロスを口説き落とし、電通にライセンスやスポンサーセールスの権利をもたらした。また、スポンサーを1業種1社に絞って独占的権利を与える方法で協賛金をつり上げ、多額のスポンサー収入を確保した。

　それは服部氏や電通の成功にとどまらず、オリンピックの商業化や、スポーツが巨額のカネを生み出す道への第一歩となった。

「オリンピックビジネスをつかんだ男」といわれる所以

　黒子に徹していた服部氏がメディアに登場したことがある。『電通報』を引用する。

　1988年9月13日の朝日新聞。ソウルオリンピックの開幕直前の紙面に「もうかる五輪仕事人」として服部が登場した。「直接のもうけがなくてもいい」「オリンピックセールスは宮内庁御用達の羊かん屋のようなもの」というユニークな自説を披露。

　つまり、スポーツの最高峰を仕切ることで、たとえ五輪マーク販売などで収益は乏しくても、広告代理業本来の業務が雪だるま式に増え、人脈も育ち、結局は大きなメリットにつながる、と力説した。

　以後、「電通に頼まなければ、五輪ビジネスは成功しない」との常識が、国内に浸透していった。服部氏が「オリンピックビジネスをつかんだ男」と呼ばれるゆえんだ。

服部氏をお手本にして、高橋氏は国際人脈に食い込む

　このとき、服部氏の背中をじっと見つめていたのが高橋治之氏だ。67年、慶應大学を卒業し電通に入社。スポーツビジネス部門に配属されていた高橋氏は77年には「サッカーの王様」ペレの引退試合の興行を仕切るなど、サッカー界で頭角を現した。その良き手本となったのが、上司の服部庸一氏だった。

　高橋氏が服部氏から学んだのは、国際人脈に食い込むことだ。服部氏がロス五輪で、組織委員長のピーター・ユベロス氏に食い込んだことが、五輪ビジネスに勝利する決め手になった。

　この過程で台頭した高橋氏は、国際サッカー連盟（FIFA）前会長のゼップ・ブラッター氏と親交を深めるなど、着々と海外要人との人脈を構築。2002年のサッカーワールドカップ（W杯）日韓大会の招致に尽力したほか、服部氏ら電通の先輩から引き継いだ人脈をさらに広げ、五輪ビジネスでも辣腕を振るうようになっていく。

魚は頭から腐る

　高橋氏は実績を重ね、出世街道を重ねていき、次第に「五輪の申し子」などと呼ばれるようになった。電通社内では「スポーツビジネスのドン」と称され、誰も逆らえなかったと報じられている。

　以後、「電通に頼まなければ、五輪ビジネスは成功しない」が、広告業界の常識になった。五輪やW杯クラスの国際大会を仕切れる広告代理店は世界で電通だけ。同業者の博報堂やADKホールディングスは五輪の利権を分け与えてもらうために、高橋詣でを欠かさなかった。高橋氏は競合他社も支配していたのである。

　五輪ビジネスの裏側には、表からではうかがいしれない闇が広がっていた。広告業界は表ではライバルを装いながら、裏では協力する役柄を完璧にこなしていた。

　魚は頭から腐るという。今回の東京五輪汚職は、「我が世の春」を謳歌してきた電通の転落の始まりとなった。

　北海道新聞（1月8日付）が、札幌市が目指す30年冬季五輪・パラリンピック招致について18歳以上の札幌市民を対象に電話による世論調査を行った。それによると、招致への「反対」が67％で、「賛成」の33％の2倍となった。東京五輪をめぐる汚職や談合事件で五輪に不信感が募ったのが理由の1つだ。

　札幌市と日本オリンピック委員会（JOC）は招致に踏み切るのだろうか。その場合、電通が仕切るのか。そうなると非難囂々だろう。

　「驕れるものは久しからず」という。五輪利権をたらふくため込んでいた高橋治之氏は塀の内側に堕ちた。

（了）

【森村　和男】