セブン&アイのお家騒動 世襲と決別したライフコーポ（後）

三菱商事に社長の人材派遣を要請

    実弟を後継者にして失敗した清水氏は、「会社は子どもや孫に継がせない、一番優秀な人に継がせるべきだ」と考えた。事業の継続が最も大事だ。そこで、92年に三菱商事と業務提携（現在・三菱商事は22.49％出資する筆頭株主）し、人材の派遣を受ける関係となっていた。

　岩崎高治氏を社長に招聘した経緯は、『週刊東洋経済』（2006年8月26日号）の「トップの履歴書」に詳しい。

　それによると、1994年2月、清水氏は三菱商事本社を訪れ、相談役・三村庸平氏、諸橋晋六氏、会長・槙原稔氏、社長・佐々木幹夫氏に会った。清水氏はかねてから社長の人材派遣を要請していた。

　このとき、白羽の矢を立てていたのが、岩崎高治氏。彼はまだ30歳。三菱商事の若手社員の1人にすぎなかった。「岩崎君をこちらに派遣してもらえないだろうか」。

　清水氏が岩崎氏と最初に出会ったのは、英国のロンドン。岩崎氏は慶応義塾大学経済学部を卒業後、三菱商事に入社。英国の食品製造会社、プリンセスに出向していた。ヨーロッパの小売業を視察中の清水氏が、ロンドンを訪れた際、出迎えたのが岩崎氏。スーパーやデパートを視察した清水氏は、このときから「この人物と一緒に仕事をしたい」と思うようになったという。

　帰国後、三菱商事の重鎮たちに直談判し、将来の幹部候補生だからと渋る同社の経営陣を何とか説得。2年後に岩崎氏を出向としてライフに迎え、99年には取締役に就任した。

岩崎氏は三菱商事在籍のままライフコーポの社長に就任

　2006年3月、岩崎氏は三菱商事在籍のまま、三菱商事の持ち分法適用会社となっているライフコーポレーションの社長兼COOに就いた。岩崎氏39歳のときだ。

　三菱商事は難色を示した。三菱商事だと、まだ課長になるかならないかのぐらいの者が、従業員3万人で200店舗もある1部上場企業の社長を務め、何か事故が起こったときに、三菱商事の看板が傷つくことを恐れたからだ。清水氏は「私が岩崎さんを命がけで守ります。ましてや商事の傷になるようなにことが起こらないよう、私が責任をもちます」と断言した。

　創業者の清水信次氏は名誉会長に退いた。岩崎高治氏を後継者に定め、三菱商事のグループとして事業を継続することを選択したということだ。創業者である清水氏にとって、事業を承継する後継者選びは、最後の大仕事だった。

生き残るために会社を譲る

　清水信次氏は、なぜ、世襲経営を断念したのか。『週刊朝日』（2017年1月27日号）の「セブン&アイ名誉顧問鈴木敏文氏がつぶされた理由、創業家回帰の警告」のインタビューで清水氏はこう語っている。

　〈岩崎さんに社長を譲るとき、私が考えたのは正社員は6,000人、準社員は4万7千もいる。こんな大勢の人のいるライフを維持するには、自分が創業者だなんてこだわっていたら、ムリだ。会社が存続する。それで思い切って、私がもっていた持ち株20％を（三菱商事に）譲って、岩崎さんの社長を認めてもらった。現在は岩崎さんを含めて6人の幹部が三菱出身です〉

　三菱出身者に会社を譲ったのは、この先もライフが生き残るためだ。

　〈鈴木敏文さんがいなかったら、イトーヨーカ堂だってどういうふうな運命になっとったかわからんね。うちだって岩崎社長に任せなかったら、今の時代にあるかどうかわからん。
　百貨店を見てください。ピーク時は10兆円近くあったのに、今や6兆円をキープできない。弱い動物だって必死に生きている。人間、企業だって、必死にこの先どうなるだろうと、常に思ってないとね、生き残ってはいけませんよ。〉

　戦後の焼け跡から立ち上がり、さまざまな修羅場をくぐり抜けてきた剛腕経営者が最後に辿り着いた結論が「世襲より事業が大事」。凄みがある。

（了）

【森村　和男】