2024年11月22日( 金 )

任天堂創業家に敗れたマリコンの東洋建設

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 マリコン(海洋土木)大手の東洋建設で、同社買収を目論む大株主である任天堂創業家の資産運用会社「ヤマウチ・ナンバーテン・ファミリー・オフィス」(YFO)が提案した候補者が過半を占め、代表権のある会長ポストも手中に収める異例の事態になった。東洋建は、投資稼業1回生の任天堂創業家に、なぜ敗れたのかを検証してみよう。

YFOが送り込んだ三菱商事出身の吉田氏が
代表権のある会長に就任

 東洋建設は6月27日、東京都千代田区の本社で、定時株主総会を開いた。報道各社は「物いう株主」の経営参画に社内に激震が走ったと報じた。

 大株主である任天堂創業家の資産運用会社「ヤマウチ・ナンバーテン・ファミリー・オフィス」(以下・YFOと略)が提案していた取締役候補9人のうち7人が賛成多数で可決され選任された。会社側が提案していた11人は6人が選任された。取締役は計13人で株主が提案した取締役が上回った。株主提案の取締役が過半を占めるのは極めて異例だ。

 新メンバーで開いた株主総会後の取締役会では、旧経営陣で決めた大林東寿専務(63)の社長昇格は認められたが、YFO側の吉田真也氏(62)がいきなり代表権のある会長に就任した。

 吉田氏は三菱商事常務執行役員当時、日本電産(ニデック)のワンマン経営者・永守重信会長にヘッドハンティングされ、22年2月日本電産に転籍。専務執行役員、最高管理統括責任者、経営企画担当役員を務め、ポスト永守の有力候補の1人と目されていたが、関潤社長(当時)の解任騒動の最中の22年10月、日本電産を去った。

 そして、取締役会の過半数を占めたYFO側が送り込んだ吉田氏が東洋建の代表権を握った。新体制が、YFOが要求する非上場化案にどう対応するかが焦点になる。

YFO提案の取締役賛成比率は5割台と低かった

 東洋建をめぐっては、YFOが22年5月、友好的な協議を前提として1株1,000円でのTOB(株式公開買い付け)を正式提案した。東洋建側は賛同せず、両者の話し合いは決裂。

 YFO側は23年1月、定時株主総会で武澤恭司社長ら3人の取締役選任に反対することを表明。4月には社内取締役を含めた9人の取締役選任を株主提案した。

 東洋建側は5月、捨て身の反撃に出る。武澤社長と藪下貴弘専務など4人の取締役を退任させ、武澤氏の後任に大林専務を昇格させる人事案を発表。取締役候補の過半を社外とするなど、カバナンス強化の姿勢を打ち出した。

 武澤社長と薮下専務は東洋建の2トップであり、YFOと激しく対立していた。YFOが追い落としのターゲットとしている2人が同時に退任する異例の人事は、YFOの攻撃に肩透かしを食らわせる意図が込められた。

 議決権所有割合はYFOが28.51%(6月13日時点)。子会社化する直前にYFOに横やりを入れられた準大手ゼネコン前田建設工業を傘下にもつインフロニア・ホールディングスが20.20%。インフロニアが憎くたらしいYFOに賛成票を投じるわけがない。東洋建とYFOは一般株主の賛成票をどれだけ上乗せすることができるかが、最大の焦点だった。

 東洋建は6月30日、関東財務局に「臨時報告書」を提出し、6月27日に開催した定時株主総会での議決権の結果を開示した。勝敗はYFO側に軍配が上がったが、その差は僅かだった。

 YFO提案の候補で可決された7人への賛成比率は50.59~56.09%。新たに会長に就任した吉田真也氏への賛成割合は52.19%だ。否決された2人も49%台の賛成比率を集めた。

 一方、会社提案の候補者のうち、社長に就いた大林東寿氏と、副社長となった平田浩美氏はYFO側や米議決権行使助言会社が賛成を示していたこともあり、賛成比率はいずれも87%。ほかに可決された4人への賛成比率は52~55%台だった。

【東洋建設の取締役選任議案】
■第3号議案・取締役11名選任の件(会社提案)
氏名……主な経歴……可否(賛成の割合%)
大林東寿……取締役専務執行役員……可決(87.77%)
平田浩美……取締役執行役員副社長……可決(87.62%)
佐藤譲……取締役常務執行役員……可決(52.10%)
中村龍由(新任)……常務執行役員……可決(55.66%)
宮崎敦(新任)) ……経営管理本部法務部長……否決(48.98%)
藤谷泰之……三井物産専務執行役員……否決(47.31%)
鳴澤隆(新任) ……野村総研副会長……可決(53.09%)
大武和夫(新任) ……弁護士……否決(48.64%)
松永明彦(新任) ……KPMG FASシニアアドバイザー……否決(47.64%)
西川泰蔵(新任) ……内閣府大臣官房審議官……可決(52.10%)
重本彰子(新任) ……早稲田大学ビジネスクール准教授……否決(48.65%)

■第7号議案・取締役9名選任の件(株主提案)
吉田真也(新任) ……三菱商事常務執行役員……可決(52.19%)t
登坂章(新任) ……フジタ建築副本部長……可決(51.16%)
内山正人(新任) ……Jパワー副社長……可決(50.59%)
岡田雅晴(新任) ……大成建設専務執行役員……可決(53.83%)
加藤伸一(新任) ……RWEリニューアプルスジャパン社長……可決(54,83%)
名取勝也(新任) ……弁護士、オリンパス社外取締役……可決(53,83%)
山口利昭(新任) ……弁護士、三菱電機の企業統治検証委員会で委員長……否決(49.59%)
松木和道(新任) ……北越紀州製紙常務……可決(56.09%)
村田恒子(新任) ……日本政策金融公庫社外監査役……否決(49.59%)

YFOの軍師は、万丈氏の親友の村上CIO

 NetIB-NEWSに東洋建とYFOとのバトルについて寄稿してきた。第1弾が「任天堂創業家、東洋建設にTOB、インフロニアのTOBは不成立」(22年5月27日~29日)。第2弾が「任天堂創業家VS東洋建設の争いが泥沼化 6月の定時株主総会で両者は激突」(23年3月20日~21日)。本欄は第3弾。取締役会の過半数を占めたYFOの出方を見て見よう。

 時事通信の電子版、時事ドットコムニュース(6月30日付)は、YFOの村上晧亮・最高投資責任者(CIO)とのオンラインインタビューを掲載した。

 村上氏は京都出身で、任天堂創業家の御曹司・山内万丈氏とは、「幼少の頃からの親友」だという。

 〈「幼稚園の頃からの『お受験仲間』で、中学は分かれたけど高校は名門の洛南高校で一緒になりました。大学は早稲田(万丈)と慶應(村上)に分かれ、村上は金融の道を究めたいと、ドイツ証券を経てゴールドマン・サックス証券で腕を磨いた。それを見込んで万丈がYFOに村上を招いた。(中略)文字通り最側近であり、気が許せる”仲間”です」(京都の経済人)〉
(『現代ビジネス』23年6月13日付)

 投資稼業1回生の万丈氏が次から次と大胆の手を打ち出すことができるのか、不思議に思われていたが、金融のプロの村上氏が軍師として采配していたのだ。

 その村上氏は時事通信とのインタビューで、東洋建に対し、昨年5月に提案したTOBの受け入れを引き続き求めていく考えを明らかにした。

 〈「非上場化した上で腰を据えて事業に取り組むことが長期的に企業価値を上げる」と語った。(中略)村上氏は採決の結果について「経営規律の健全化や会社をいかに成長させるかという提案が支持された」との見方を示した。その上で「勝ち負けではない。ノーサイドだ」として、取締役会の結束を求める考えを強調した。

 成長戦略に関しては、エネルギー課題に対応する洋上風力などに期待を表明。「株主として、会社側と対話を続けていく」とした。〉

 海洋土木は特殊性が高く、東洋建内には「事業を詳しく分かっていない」外様役員への不信感がある。会社側は時間をかけて事業への理解を深めてもらいたい構えだが、経営陣のパワーバランスは拮抗しており、とても「ノーサイド」とはいきそうはない。主導権争いが激化することは避けられない。

【森村 和男】

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