原発推進の高市首相が東日本大震災・福島追悼式出席

高市首相が東日本大震災・福島追悼式出席

 高市首相は3月11日に福島市内で開かれた「東日本大震災追悼復興祈念式」に出席、福島第一原発の事故について「多くの県民の皆さまから、日々の暮らしを奪いました」と切り出す挨拶もしたが、福島県民の多くが望む脱原発に踏み込むことはなかった。原発事故の被災者が「過去の出来事として片付けられようとしている」と訴えたのとは対照的。

 追悼式後の高市首相の囲み取材で「福島で脱原発を訴えなかったのはなぜか。県民の多くが望んでいる。原子力ムラの手先になったのか」などと聞いてみたかったが、フリー記者は参加不可(内閣記者会と県政記者クラブ限定)。囲み前後に高市首相に接近して声掛け質問をすることもできなかったので、フリーも参加可能な内堀知事の囲みで同主旨の質問、「高市総理が県民の多くが望んでいる脱原発を訴えなかった受け止めをお願いしたい。もう原発事故を過去の出来事として片付けてしまって、政府・与党自民党としては原発推進に舵を切っているという状態について福島県の知事としての考えを聞きたい」をぶつけてみた。

 内堀知事は次のように答えた。

「福島県は原子力に依存しない社会づくりを掲げ、そのうえで県内の原発10基を今後将来に向けて廃炉にするという方向性を求め、それが1つ1つかたちになっているところであります。そして国全体の原子力政策については、政府が責任をもって検討し対応すべきものであります。そのうえで福島県は15年前にあの過酷な原発事故に見舞われた県でありますので、政府に対して二度とこのような過酷な原子力事故を起こすことがないように、まず福島第一原発事故の教訓・反省というものをしっかり踏まえること、そして住民の安心安全を最優先にすることをこれまでも機会をとらえて求め続けてきました。私は今後も福島県知事として二度と過酷な原発事故を起こすことがないようにという思いを政府に対して訴え続けてまいります」

 たしかに知事がいうように福島県内の原発は廃炉(原発ゼロ)となるが、全国的には再稼働が次々と進もうとしている。原発事故直後は自民党でさえ「原子力に依存しない経済・社会の確立」を公約にしたが、原子力ムラ内閣とも呼ばれた第二次安倍政権が原発推進に舵を切り、高市政権も踏襲している。

 そこで「いま仰った福島県が目指す(原発廃炉の)方向と、高市自民党、今の与党が目指す原発推進の方向は食い違っていると思うが、それに疑問を抱かないのか。被災者に寄り添っているとは思えない姿勢について一言」と再質問をしたが、内堀知事は「ご意見として承る。私の思いはいま申し上げた通りです」と答えるにとどまった。

 続く原発事故の被災者の囲みでも、同じような質問、「高市総理が、被災者、県民の多くが望む脱原発を訴えなかったことについて、15年前は福島の悲劇を二度と繰り返さないということで脱原発、再生可能エネルギーにシフトしようという気運だったのに、高市自民党は原発推進。原発事故を過去の出来事として片付けてしまっている印象を受ける」と聞いてみた。

 浪江町で被災して父親を亡くした鈴木祥高氏(43)は、こう答えた。「やはり国が総出で最後まで取り組んで欲しいと思っているし、本当に復興は終わっていないので、どんなに小さな声でも聞いてもらえればと思っている」。

 原発周辺(浜通り)で被災して会津地方に避難したままの高校生(若者代表として挨拶)もこう答えた。

「現在、イランで戦争が起きていて、原油やガスの値段が高くなっているし、経済の状態も良くないから(原発)事故が起きたときに危ないとはいえ原子力発電は低コストでたくさんのエネルギーを生産できるから進めていきたい高市さんをはじめ政府の考えも分かるが、(原発)事故が起きる可能性とか起きたときの被害が小さくなるということは頭では分かっても、被災者の心が受け入れられるのかどうか。それも含めて検討してほしいと感じている」

 まさに、原発推進を受け入れがたい「被災者の心」こそ、重要なのではないか。脱原発(原発ゼロ)を目指すことこそ、福島原発事故の被災者に寄り添うことに違いないとの思いを強くする。

 しかし永田町では自民党をはじめ原発推進勢力が圧倒的多数を占めている。脱原発を訴える野党が総選挙で議席を減らす中、それでも「原発即時廃止」の旗を掲げて高市政権批判をしているのがれいわ新選組だ。「東日本大震災の発災と東電福島第一原発事故から 15年を迎えるにあたって」と題する3月11日の声明で以下のように訴えた。

「本日、東日本大震災の発生と東電福島第一原発事故から15年を迎えました。 今年の 3.11は、これまでとは全く違う意味を持ちます。原発事故を起こした犯罪企業ともいえる東京電力が再び 原発を動かしている、そのなかで迎える3.11だからです。

 2月9日に東京電力柏崎刈羽原発が再起動しました。3月18日には同原発の電気の東京への販売も再開される見通しです(中略)。しかし、住民投票を求める新潟県民の民意を無視して、東電と県知事、政府は半年足らずで再稼働を決めました。県民からは『新潟の民主主義が壊れた』と声が上がっています。それなのに、先の衆院選挙では原発再稼働の問題は巧みに争点から外されました。かつて脱原発を掲げた野党も、こぞって『安全な原発は動かしてよい』と言うようになりました。『安全な原発』?あるわけないだろ?寝言は寝てから言え、です。この異常な状況で迎えた15 回目の3.11に、改めて約束します。れいわは結党以来の理念として訴えてきた『原発即時廃止』の旗を降ろしません」
 一方、中道改革連合の小川淳也代表も同日(11日)に談話を発信したが、原発推進の高市政権批判や脱原発への意気込みを語る文言は欠落していた。脱原発が看板政策だった立憲民主党出身の代表とは思えない、精彩を欠く内容だった。

 永田町では圧倒的少数派となったれいわ新選組や共産党などの脱原発派が今後、原発推進の高市政権に対してどんな反転攻勢を仕掛けていくのか。と同時に、支持者離れを招いた中道内から「脱原発に原点回帰をしよう」という声が強まっていくのか否かも注目される。

【ジャーナリスト/横田一】

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