【昨今MBO事情(1)】ベネッセ福武氏は「芸術のパトロン」の趣味を死守(前)
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「身を捨ててこそ、浮かぶ瀬もある」。一身を犠牲にするだけの覚悟があって、初めて活路を見出し、物事に成功することができるという意味。最近、MBO(経営陣が参加する買収)が最大規模に増加している。オーナー企業はどうして、MBOによって非上場企業になろうとするのか。オーナーの真意をレポートする。
ベネッセHD、2,079億円MBOで上場廃止へ
東証プライム市場に上場している通信教育大手ベネッセホールディングス(HD)は1月30日、2023年11月に発表したMBO(経営陣が参加する買収)について、ヨーロッパの投資ファンドによるTOB(株式公開買い付け)を始めた。TOB価格は従来発表通り1株2,600円、買い付け総額は2,079億円、買い付け期間は3月4日まで。TOBが成立すれば上場廃止になる。
MBOはベネッセHDの創業家である福武總一郎家が欧州系投資ファンドEQTと組んで実施する。昨年11月の発表後、日本と中国で法律に基づく必要な手続きをしており、手続きが完了し、TOBを実施した。
最終的にはベネッセHDが100%保有する特別目的会社(SPC)株についてEQTが6割、創業家が4割保有、議決権ベースでは5割ずつにする。
東証は株価を重視した経営を求める
ベネッセHDのようにMOBを通じて上場廃止を目指す企業が増えている。同社や大正製薬ホールディングス(HD)などがMBOを発表した23年11月には件数が急増し、11年12月以来の多さになった。
MBOの追い風になったのは、東京証券取引所が23年3月にプライム、スタンダードの2市場に上場する企業に対し、株価を意識した経営に取り組むよう要請したことだ。株価が割安か割高かを示す指標「株価純資産倍率(PBR)」が1倍割れの企業に改善を求めた。
東証が投資家目線の経営を求めたことでお墨付きを得て、物言う株主と言われる投資家、アクティビストの圧力が強まった。物言う株主による株主に還元するために自社株買い、増配を求める圧力が強まり、アクティビストファンドの言い分を飲まざるを得なくなっている。それを逃れるためにMBOで非公開化に動く企業に増えている。
主力の「進研ゼミ」「こどもちゃれんじ」の在籍数が減少
それではベネッセHDがMBOにより上場を廃止する狙いは何か。ベネッセといえば、「進研ゼミ」(小学・中学・高校講座)、「こどもちゃれんじ」(0~6歳の未就学児対象)の雄。しかし、在籍数の減少で苦戦を強いられている。12年4月に計409万人を数えた国内会員数は23年4月には計221万人とほぼ半減した。落ち込みに歯止めがかからない。
そのため、ベネッセHDはTOB開始に合わせて24年3月期の連結業績予想を下方修正した。売上高は前期比微増の4,120億円、営業利益は同3%減の200億円、純利益は同34%減の75億円の見込み。従来予想より、それぞれ110億円、15億円、40億円引き下げた。
メディア各社は、「ベネッセHDはEQTの知見を取り入れながら、主力の『進研ゼミ』などの立て直しを図る」と報じた。はたして、それだけだろうか。創業一族の真意をひもといてみよう。
「進研ゼミ」に経営の軸足を移し大成功
ベネッセの前身は1955年に故・福武哲彦氏が岡山市で創業した「福武書店」。社員6人で生徒手帳などを製作した。地元向けの模試試験も始め、69年、後に「進研ゼミ」となる高校生向けの通信講座を開始した。
福武總一郎氏は45年12月に哲彦氏の長男として生まれた。早稲田大学理工学部卒行後、日製産業、日本生産性本部勤務を経て73年福武書店に入社。父の急死で86年社長に就任した。
總一郎氏は小中高校向け通信添削講座「進研ゼミ」に経営の軸足を移し大成功。1995年に社名をベネッセコーポレーション(現・ベネッセHD)に変更、大証2部(2000年に東証一部)に上場した。ベネッセはラテン語の「よく生きる」という意味に由来する。
今や「教育のベネッセ」として、幼児教育から小・中・高校の受験教育、社会人の英語取得まで手がけ、日本における一大教育コンツェルンを築き上げた。創業家御曹司の痛恨の誤算は
「プロ経営者」原田泳幸氏の改革の失敗ワンマン経営の弊害が強くでて業績が悪化したことを理由に、總一郎氏は一度経営の第一線から退いた。2003年にソニー出身の森本昌義氏を社長に招いたが、社内での男女問題が週刊誌に取り上げられ、07年に辞任に追い込まれた。
ベネッセは09年持ち株体制に移行。總一郎氏は会長に就き、社長に生え抜きの福島保氏を起用したものの、業績停滞を打破できなかった。
14年6月には、アップルコンピュータ、日本マクドナルドで「プロ経営者」として辣腕を評価された原田泳幸氏を社長兼会長に招いた。總一郎氏にしてみれば最後の「切り札」だったにちがいない。總一郎氏は同月の株主総会で会長を退任。最高顧問の肩書きは残したが、経営からは手を引いた。
「プロ経営者」原田氏の躓きの石となったのは、就任の翌7月に発覚した顧客情報流失事件。業務委託先のエンジニアが不正にアクセスして情報を持ち出し、名簿業者に売却していた。ベネッセの発表では流出は3,504万件にのぼった。
この一件で顧客離れが一気に進み、15年3月期は上場以来初となる最終赤字に転落。16年3月期も最終赤字となり、「プロ経営者」として三顧の礼で迎えられた原田社長兼会長は引責辞任した。
この間の一連の推移について、筆者はNetIB-NEWSに「芸術のパトロン、ベネッセが“政商”に変質する時~個人情報流出事件と『プロ経営者』原田泳幸氏の改革失敗が転機」(19年11月27、28日付、(前)、(後))を寄稿している。
(つづく)
【森村 和男】
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