2024年11月05日( 火 )

【昨今MBO事情(1)】ベネッセ福武氏は「芸術のパトロン」の趣味を死守(後)

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 「身を捨ててこそ、浮かぶ瀬もある」。一身を犠牲にするだけの覚悟があって、初めて活路を見出し、物事に成功することができるという意味。最近、MBO(経営陣が参加する買収)が最大規模に増加している。オーナー企業はどうして、MBOによって非上場企業になろうとするのか。オーナーの真意をレポートする。

「芸術のパトロン」總一郎氏は、
瀬戸内海の直島に美術館をつくる

ベネッセアートサイト直島 イメージ    總一郎氏は株式上場で手にした莫大な資金を元手に文化事業に軸足を移した。創業者の福武哲彦・總一郎親子の芸術愛好家としての集大成が瀬戸内海に浮ぶ直島(なおしま、香川県)につくったベネッセアートサイト直島である。

 1992年、直島に建築家の安藤忠雄氏の設計によるベネッセハウス ミュージアムを開設。總一郎氏は2004年に個人資産を寄贈して直島福武美術館財団(現・(公財)福武財団)を設立、同年、地中美術館、10年、李禹煥(リー・ウーファン)美術館を開館した。直島は「現代アートの聖地」として国内外から高く評価されている。

 總一郎氏は福武家が末永く美術活動を続けられる仕組みをつくった。資産額1,330億円(米誌『フォーブス』の日本長者番付22年版)の總一郎・れい子夫妻は08年11月、保有する自社の株式1,361万株を、總一郎氏が代表を務める福武家の資産管理会社イーエフユー インベストメント(efu、ニュージーランド)に譲渡。さらに09年12月、總一郎氏は自らの住所もニュージーランドに移した。

 同国は贈与税、相続税がなく、個人の所得税率は最高33%(日本の最高税率は45%)と低い。日本で株を保有していれば、莫大な贈与税や相続税の支払いで資産は減るが、贈与税、相続税がないニュージーランドに居住することで「税逃れ」をしたわけだ。

養子への芸術事業の相続を完了

 福武總一郎夫妻には子どもがおらず、甥(妹の息子)の英明氏を養子にした。英明氏は制御機器メーカーのキーエンスや介護・医療人材紹介のエス・エム・エスを経て、ベネッセに転じた。

 09年2月にefuの役員(専務に相当)、同年6月、直島福武美術館財団(現・(公財))副館長に就いた。23年1月からは(公財)福武財団の代表理事(理事長)だ。

 これで總一郎氏から英明氏へ芸術事業の相続が完了した。福武教育文化振興財団理事長・松浦俊明氏も總一郎氏の甥だ。

 ベネッセHDの23年9月時点で、efuが8.14%、福武財団が8.04%、福武教育文化振興財団がそれぞれ1.98%の株を保有している。

 總一郎氏は亡くなっても相続税を払わなくて済むようにニュージーランドに移住し、ベネッセの配当金で文化・芸術活動を続けることができる仕組みを完成させた。

美術活動の原資は
ベネッセHDからの配当金

 美術活動の原資となるのがベネッセHDからの配当金だ。總一郎氏は「資本と経営」を分離し、経営は専門家に任せることにした。

 英明氏は14年6月、ベネッセHDの社外取締役に就いた。大株主の立場から、1株50円(23年3月期は60円に増配)の配当を続けることができるかを監視するお目付役だ。経営に直接携わることはない。

 福武財団は25年春に直島に新たな美術館を開館する。建物の設計は安藤忠雄氏が手がける。25年の瀬戸内国際芸術祭(瀬戸芸)の開催に合わせて、直島におけるアート活動を発展させる。安藤氏にとっては直島で手がける10番目のアート施設となる。
ベネッセHDの名誉顧問で福武財団名誉理事長・總一郎氏は「新美術館は35年以上にわたるこれまでの活動の集大成といえる」とメッセージを寄せた。

創業家が守りたかったのは、
芸術関係のカネ

 今回のMBOは創業家の總一郎氏 の道楽(趣味の芸術のパトロン)を守るためのMBOだ。創業家が守りたいのは、ベネッセの本業ではなく、福武財団としてやっている芸術関係のカネだろう。

 ベネッセから芸術への援助がなくなるのは困る。物言う株主が経営に口出ししてきて、構造改革で「芸術で本業と関係ないものは止めろ」などと言われ、ベネッセからカネを引っ張れなくなるのを創業家は避けようとしたのが、今回のMBOの目的ではないか。

 総一郎氏は芸術をライフワークにしているし、英明氏もその意向を受けて動いている。つまり、創業家としてはベネッセの経営はプロパーに任せる。経営に口出しはしないから、財団がやっている芸術関係には今まで通りカネを回してくれ。これがMBOにより株式上場を廃止する狙いだろう。

 MBOは80歳を目前にした「芸術のパトロン」總一郎氏の最後の大仕事だった。

(了)

【森村 和男】

(前)
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