2025年01月30日( 木 )

日本はトランプ氏とともに世界を保護主義、国際主義へと転換させるべし(後)

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京都大学大学院教授 藤井聡 氏

コンサーバティズム、国際主義、保護主義への転換

アメリカ国旗 イメージ    もちろん、トランプが以上に論じたような「理想主義から現実主義への転換」を思想的な深慮遠謀の下、推進しようとしているとは考えられない。おそらくは、トランプ氏は彼の「実務家」としての嗅覚に基づいて、今の時代の流れをつかみ取り、それを加速すべく、さまざまな政策を主張しているに過ぎないといえるだろう。しかし、そもそも「思想」にしろ「哲学」の根幹にあるいのは、そういう「嗅覚」なり「感覚」というものに過ぎない。

 ただし、その思想なり哲学がより大きな実践的な「力」を獲得するには、そこには「論理」というものが極めて重要な効力を発揮することになる。なぜなら論理なり理論なるものは、我々が世界を眺めるときの「望遠鏡」あるいは「顕微鏡」の役割をはたすものだからだ。

 それは、音楽家の根幹にあるのは、徹頭徹尾、音楽家としてのセンス(感覚)であるが、センスだけに頼った音楽は聴くに堪えないデタラメなものともなり得るが、そこに最低限の音楽理論が付与されれば、瞬くまでに多くの人々のうちに感動を喚起できるすばらしい作品をもたらすこととなるのと同様だ。料理にしてもしかり、絵画にしても、格闘技にしても何にしても、人間が関わる偉大な営為はすべてセンスを必須のものとしながらも、そこに論理なり理論なり技術なりが重大な役割をはたすのだ。

 トランプの政治にしても然りだ。トランプが主張しているのは煎じ詰めていうならば「理想主義から現実主義への転換」、もう少し正確にいうのなら「過剰に理想ばかり追い続ける“理想至上主義”から、“理想と現実のバランスを取ろうとする方向”への転換」だ。“理想至上主義”のバイデンやハリスなどからすれば、現実のために理想を幾分なりとも譲歩しようとするトランプの姿勢が「野蛮」に見えるがゆえに、トランプが批判されているわけだが、トランプとて決して理想をすべて蔑ろにしているわけではない。ユン大統領のように戒厳令を引くだの、プーチン大統領のように隣国に政治的目的のために積極的に攻め入ろうとしているわけではないし、ドゥテルテ・フィリピン前大統領のように犯罪者を片っ端から殺していけばよいと主張しているわけではない。

 もしもそんなことまでしてしまえば、米国のトランプ支持者たちですら「引いて」しまって支持を失うこととなろう。つまり、トランプは良いにつけ悪いにつけ米国の一定の割合の人々の意識を反映した政治家なのである。そして今、米国民はオバマやバイデン、ハリス等の過剰な「理想主義」にウンザリしてしまっているがゆえに、トランプが大きな支持を得たのである。

 その気分を踏まえつつ、米国に安定的な秩序をもたらす政治を展開するためには、単に国民の気分だけに従って政治を進めていいわけではない。

 では、いかなる「理想主義」が過剰であり、それら1つひとつをどのように「現実主義と調和したものへと転換」させていくのかについて具体的にいうのならば、やはり社会科学的議論が重要となるのである。

 そう考えたとき、今、トランプが進めるべき「過剰な理想主義から現実主義への転換」をより具体的に解像度を上げて議論するなら、やはりリベラリズム、グローバリズム、自由貿易主義という過剰な理想主義的イデオロギーを、次のような方向に転換することが求められていると整理することができるだろう。

  • 内政における「リベラリズム」から「コンサーバティズム」への転換
  • 外交における「グローバリズム」から「インターナショナリズム」への転換
  • 貿易における「自由貿易主義」から「保護主義」への転換

「思想的転換」のカギはバンス副大統領にあり

 民主主義陣営は今、米国民主党が掲げているリベラリズム/グローバリズム/自由貿易主義の思想に席巻されているが、それこそがトランプ大統領がいうところの「ディープステート」(DS)と呼ばれる「権力を動かす権力」の諸勢力に“温床”となってしまっている、というのが今日の現実だ(以下、このDSがいわゆる有機的実態的ステート=機構を宿した存在ではなく、単なる各種勢力の緩やかな集合体に過ぎぬことを強調する趣旨で「ディープステート」と呼ばず、一固有名詞という趣旨で単にDSと呼称することとする)。

 なぜなら、「DS」と呼ばれる存在には自由貿易やグローバリズムによって肥え太ったグローバル金融資本やグローバル企業が存在しているからだ。そしてそうしたグローバルキャピタリストのリベラルなビジネスの拡大が、日米欧の諸国家のナショナルな経済、産業、社会の衰退を導き、長期的な民主主義陣営の衰退の重大要因となり、その結果、権威主義陣営との第3次世界大戦の危機を拡大させてきたのだ。

 ついてはこれらを踏まえれば、畢竟、過剰なリベラリズム/グローバリズム/自由貿易主義への信奉こそが、今日の世界的危機の最大の「元凶」なのである。そのため、リベラリズム/グローバリズム/自由貿易主義の思想を、米トランプ/バンス体制が掲げるコンサーバティズム/インターナショナリズム/保護主義の思想に転換できれば、DSの弱体化を必然的に期待できることとなるのである。

 その結果、米国の強国化(Make America Great Again)や安倍晋三元総理が主張した日本の復活(Bring back Japan)、あるいはその次にある日本の強国化(Make Japan Great Again)のみならず、欧州はもとより、ロシア、中国、中東各国を含めた世界各国の繁栄が期待され、かつ、各国間の協力関係が前進し、適切な調和と秩序が形成されていくことも期待されることとなる。

 無論、今言われているトランプ氏の主張をつなぎ合わせたところで、こうした「バラ色の未来」が実現するとは残念ながら思えない。なぜなら、繰り返すが、現状のトランプ氏の主張には、「思想的整理」がついているとは言い難い状況にあるからだ。そして何より、これまでのリベラリズム/グローバリズム/自由貿易主義の影響力、さらにはそれを前提としたいわゆる「DS」の力は強大である。従って、「米国民の気分」だけでは、いわゆる「DS」の力を弱体化することは、残念ながらできるとは思えないのである。

 しかし、今まで誰もこの流れに抗わんとするトランプ大統領が、コンサーバティズム、保護貿易、ナショナリズム、インターナショナリズムを思想的にその重要性を理解しているとみられるバンス氏を副大統領に従えて誕生する意義は大きい。ここに一縷の希望を見出すことができる。

世界の大局を思想的に理解した指導者が
今こそ望まれる

 ただし、我が国の前岸田政権を引き継ぐ現石破政権では、こうした思想的転換を牽引することは絶望的に難しい。石破氏がこれまでの政権運営態度を改め、思想的に深遠な深慮遠謀に基づく日本と世界の平和と繁栄のために働き出す──という現象が生ずるのならもちろん大歓迎だが、そうした現象が生起する確率が高いと考える日本人は基本的に皆無と言ってよい状況にあろう。

 一方でたとえばトランプと濃密な信頼関係を築いていた安倍氏が存命であれば、こうした展開を期待することはできたであろうが、誠に遺憾ながら今やもうこの世の人ではない──。だとすれば、安倍氏の思想を引き継ぐ政治家─たとえば、安倍氏が存命中、最後に総裁として全力で支援していた高市氏など─が、こうした思想的転換を深く理解し、米国との交渉にあたる体制を築く、ということも考えらよう。

 いずれにしても、ここで論ずる思想と大局に基づく具体的交渉を推進可能な政権が可及的速やかに我が国日本において誕生することを祈念するほかない。それができれば、「保護主義」を叫ぶトランプが、国際社会─それはもちろん、いわゆる「DS」がつくり上げた国際社会だ──で「孤立化」することを回避することとなり、国際世論における思想的転換を促す重要な契機を与えることとなるのである。

(了)


<プロフィール>
藤井聡
(ふじい・さとし)
1968年奈良県生駒市生まれ。91年京都大学工学部土木工学科卒業、93年同大学院工学研究科修士課程修了、同工学部助手。98年同博士号(工学)取得。2000年同大学院工学研究科助教授、02年東京工業大学大学院理工学研究科助教授、06年同大学教授を経て、09年から京都大学大学院工学研究科(都市社会工学専攻)教授。11年同大学レジリエンス研究ユニット長、12年同大学理事補。同年内閣官房参与(18年まで)。18年から『表現者クライテリオン』編集長。著書多数、近著に『安い国ニッポンの悲惨すぎる未来─ヒト・モノ・カネのすべてが消える──』(経営科学出版)。

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