九州の観光産業を考える(32)Walkable ~天神ビッグバン中間見立て(1)

ワンビル開業で

 「天神ビッグバン」では、ビルの耐震性能向上と併せて容積率が緩和されることで、街の風景を一変させる高層ビルがいくつも立ち現れるのだと思っていた。ビル風が吹きすさび、長大なビルの落とす影が午後早くから地上を覆うようになるのか、とも心配した。杞憂だった。東京・新宿や大阪・梅田駅北の高層ビル群界隈のような突風が歩行者をよろめかせることはなく、NEC本社ビルに倣い中層階に風洞を開けるなんて建築的配慮も必要なかったのだ。100m前後の新ビルは密集して建ってはおらず、さほど反り返らなくても福岡空港を離発着する航空機を仰ぎ見ることができる。ビッグバンボーナス特例を受けるビルは公道からのセットバックや公開空地が措置されていたから、路面店は屋外にテラス席のパラソルチェアを並べてもどうやら吹き飛ばされたりせず、夏の強い陽射しには濃い影を優しく差しかけてくれそうだ。

 2021年9月竣工の天神ビジネスセンター、22年12月竣工の福岡大名ガーデンシティ、24年12月竣工のヒューリックスクエア福岡天神、そして24年12月に竣工した「ワン・フクオカ・ビルディング」(以下、ワンビル)の今年4月の開業をもって、筆者は天神ビッグバンによる街の変容予測を試みる。

歩行者動態をうかがう

 “歩きたくなる街”“歩きやすい街”の観点から探索し、ウォーカブル/Walkableを志す景観措置、動線処理に我が身を置き、稼働し始めた新ビルが人流をどう制御できているのか、計画段階の想定と現況の稼働状況とを合わせ見ながら、中間診断としたい。

 Walkableとは国土交通省が19年7月に「ウォーカブル推進都市」を全国に向けて募集したことを機に、まちづくり用語として定着してきたように思う。要は「居心地が良く歩きたくなるまちなか」形成を目指そうという呼び掛けで、欧州で自動車の乗り入れ規制を行う観光地的色彩の濃い旧市街区やリゾート地内において効果を上げている施策と、理念は通じる。そうしたコンセプトで街区の変革に取り組んだ好例が、東京・丸の内仲通だと筆者は思うが、ネット検索すればたくさんの情報に触れられるから、本稿ではこれに触れない。

 天神、博多とも歩行者に親切な街だという印象を筆者はもっていて、先駆的なビル建築、アートフルなインスタレーション設置、座って一息つける箇所多数、落ちているゴミのない街路等々、住みたい街の人気上位に福岡市が毎度名を連ねるのは当然に思える。そしてこのたびの集中的なコア街区再開発により、地上と地下の結節が歩行者目線で一層の考慮を施されたよううかがえる。

動線の結節と効用

 天神ビジネスセンターは、「地下鉄天神駅に直結し、地上と地下を円滑につなぐアトリウムとバリアフリー動線を整備、地下鉄利用者の利便性・回遊性向上を図る」「明治通りと因幡町通りの交差部をピクセル状に削ることでオープンスペースをつくり出し、性格の異なる2つの通りをシームレスにつなぎながら、明治通りの街並みと調和したオリジナリティの高い多様性のある沿道景観を創出」としていた。地下鉄中央口改札から遠ざかるにつれて地下通路は素っ気なさを増していたが、ワンビルの開業により華やいだ面持ちは連鎖し、地上へ結ぶ吹き抜け空間へも祝祭感を引き結んだ。

大名ガーデンシティ・ステージ屋上のわずかな土の地面(元は天然芝)でなごむ園児
大名ガーデンシティ・ステージ屋上の
わずかな土の地面(元は天然芝)でなごむ園児

    福岡大名ガーデンシティは「九州初のラグジュアリーホテルのブランド力と機能集積が界隈の人の流れを変える可能性がある」とし、コートヤード風の福岡大名ガーデンシティ・パーク(約3,000m2)が「校区行事の活用を踏まえつつ、イベントホールとの一体的利用による憩い・賑わいの創出や、コワーキングスペースなどによる企業や人材の交流など、世界や地域との多様な交流拠点を目指す」としていた。パークでは随時、集客イベントが催されているが、東京・池袋駅近くの豊島区立南池袋公園(7,811.5m2)が同じ都市中心域に忽然とある空間でありながらも、天然芝の呼吸する大地を感じさせて集う人々の心象をふくよかにしている様と比べると、天神のパティオ(中庭)たり得る広場が人工芝で覆われたのには気落ちした。

「建物内部への歩行エリアの浸潤性」には引き込み動線へ“知らず識らず感”を
「建物内部への歩行エリアの浸潤性」には
引き込み動線へ“知らず識らず感”を

    ヒューリック福岡ビルは「グランドレベルの公道との接地空間のつくりは、中層部の植栽のイメージを引き継ぎ建物内部への歩行エリアの浸潤性をうかがわせる」としていたが、現状を見る限り、その発現は希薄な感を否めない。「各交通機関と施設を立体的に結び、新たな地区ネットワークを構築し賑わいある立体広場を整備」「建物コンセプトを『THE GATE』とし、天神地区への入口にふさわしい新たな賑わい拠点を形成」は着手前の印象で、“見る×見られる”関係の入り混じる交点を、通行を阻害せずに生じさせる仕掛けが望まれる。

 各ビルに施主、担当建築家がいるため、特例適用に基づくまちづくりコンセプトに大筋で摺り合わせはしても、最終的に街区全体を見る調整建築家の審査を経るわけではないため、細部の入魂具合は異なる。表現方法や規模感に差が生じ、街としての意思表明がやや緩むのは致し方ないか。さて、ワンビルはどのような解を見せてくれるのだろう。


<プロフィール>
國谷恵太
(くにたに・けいた)
1955年、鳥取県米子市出身。(株)オリエンタルランドTDL開発本部・地域開発部勤務の後、経営情報誌「月刊レジャー産業資料」の編集を通じ多様な業種業態を見聞。以降、地域振興事業の基本構想立案、博覧会イベントの企画・制作、観光まちづくり系シンクタンク客員研究員、国交省リゾート整備アドバイザー、地域組織マネジメントなどに携わる。日本スポーツかくれんぼ協会代表。

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