清水建設の欺瞞(4)穴だらけの安全確認制度 はりぼての内側を暴く

AMT一級建築士事務所代表
都甲栄充 氏

 スーパーゼネコンの清水建設が事業主(施主)・設計・施工・工事監理・販売を担った「オール清水」のマンションで耐震上の重大な欠陥が見つかった問題は、建物の安全を担保すべき行政や認証機関の審査や検査が、簡単にすり抜けられる穴だらけの制度だということを裏付けた。
 住民が信頼のよりどころとし、建設業者の逃げ口上にもなっている「行政の建築確認を取っている」「行政のお墨付きを得ている」ことの意味、実態はどういうことか。「はりぼて」と化している制度の問題点を、(株)AMT一級建築士事務所の都甲栄充代表が喝破する。

「事件」は役所で起きている

 清水建設が手がけたマンションは、仙台市から20年以上前に「建築確認」を受け、建築中に「中間検査」、完成後は「完了検査」を受けてお墨付きを手にした。

 建築確認を受ける際の図面には、当然構造(耐震)スリットを取り付けるよう明示してあるし、完了査でも、図面通りに施工されたかどうかを確認した「はず」である。

 20年の時を経て、建物のほぼすべてに構造(耐震)スリットが入っていなかった問題が発覚した際も、仙台市は報道各社の取材に「当時のチェックは適正だった」と答え、何の反省も述べなかった。

 素人の感覚なら、誰しもが首をかしげたくなる行政の態度の背景には、役人たちにとって当然とも言える「確固たる根拠」がある。それは「文書主義」とも言える、提出された文書さえ間違っていなければ、何の問題にもならないという「役人の論理」だ。

 問題が起きた物件の補修工事のチェックですら、この「役人の論理」が踏襲された。今回の欠陥マンション問題を受けて清水建設が仙台市に提出した建築基準法12条5項の報告書の元となった民間団体の検査結果からも、その「役人文学」の一端が垣間見られる。

建築基準法12条5項報告書
建築基準法12条5項報告書

 今回の補修工事において工事監理者を務めたのは、(一社)建築研究振興協会(東京都:以下「建振協」と称す)だ。この協会は設立当初から旧建設省と関わりが深い、半ば「公的」な団体であるとともに、理事13人のうち5人が清水建設を含むスーパーゼネコンの技術担当の幹部が占め、法人会員にゼネコン各社が名を連ねる、いわばゼネコンの「身内」のような組織だ。

 この建振協が第三者機関として、この補修工事を「妥当」とする検査結果を出している。

 しかし、精査すると、真摯に正確に工事監理にあたったとは思えない疑いが湧き上がる。まず、現場での写真が圧倒的に少ない。しかも、各工程で建振協の検査員が立ち会っている場面の写真が皆無だった。数少ない写真でさえ、日時、場所を特定する黒板もなく撮られていた。現場に行ったことすら怪しい「妥当性評価」に疑問を抱くのは、建築の専門家として当然のことだ。

 こんな簡単な疑問すら、行政のチェックをすり抜ける。仙台市に提出された建築基準法12条5項の報告書には「是正工事の妥当性については、建振協より令和7年3月12日付けで妥当性評価報告書を受領しました」と説明されて終わりだ。文書上は何の問題もないからだ。そもそも、ネットで調べれば建振協が第三者機関どころか、「身内」であることが明かなことさえ、行政では問題にならないのである。

建振協報告書
建振協報告書

ちゃぶ台返し

 「役人文学」を逆手にとって、行政の判断をあざわらったかのような報告が、もう1つある。

 構造(耐震)スリットがほぼ皆無の清水建設のマンションを「耐震上問題なし」とする評価結果だ。これも仙台市に報告されている。阪神淡路大震災でビルが多数倒壊したことを受けて、法的に設置が義務づけられた安全装置である構造(耐震)スリットを「やっぱり、なくても大丈夫」と開き直ったのだ。

スリットなしでも問題なし報告書

 こんな評価書を手元に抱えながら、清水建設はマンションの修繕工事を実施したのだ。やらなくてもいい工事を、とりあえずやったとでも言いたいのだろうか。この評価書を見たときは、開いた口がふさがらないどころか、顎が外れてしまうほどの驚きだった。

 これが本当ならば、工学的にも学術的にも大発見であり、日本のマンションや高層ビルすべてのつくり方が変わってしまうほどの衝撃だ。だが、「発見」は学術論文などで発表された痕跡は、見当たらない。
1980年代に世間を騒がせたテレビ番組「水曜スペシャル」の「川口浩探検隊シリーズ」が発見した「新人類」や「大蛇」「巨人」が、学会で発表されなかったことを思わず連想してしまう。

伝言ゲーム

 「大発見」のからくりを、ひもといていこう。

 評価書を出したのは、(一社)日本建築センター(東京都)だ。1998年の建築基準法改正で、行政だけが行っていた「建築確認」などの許可業務を「民間」に開放した際に、「指定確認検査機関」になった団体である。

 指定確認検査機関は全国に多数あり「民間」の言葉のイメージとは裏腹に、実態は、行政の天下り先になることが多い。「公的な」業務を担うにもかかわらず、国や地方自治体を指す「行政」に比べて、ゼネコンを含む建設業者との癒着にチェックがおよびにくいことが弱点である。収益構造も、「お客様」である建設業者からの「検査料」で成り立っており、不正や欠陥建築を「指摘しにくい」という側面を内に抱えている。

 「日本建築センター」も例に漏れず、国交省の退職者が役員にずらりと並ぶ。そのセンターが「構造(耐震)スリットがなくても耐震上問題なし」と、「新説」とも取れる調査結果を報告したというのだ。ただ、天下りや収益構造の弱点を抱えているからといって、必ずしもいい加減な評価をするとは限らないし、むしろ日本建築センターは、日本で有数の評価能力を誇っていることも事実だ。

 評価報告書をよく読むと、その「からくり」がみえてきた。そもそも、この「評価」には条件がついていた。実際の報告書から「調査等の結果」を引用する。

 「(清水建設から)提出された図書に基づき調査等をした結果、建築基準法施行令第3章第8節の規定への適合性を確認した」。建築基準法施行令第3章第8節は、構造計算で求められる、安全性を定めたものである。

 結果は「提出された図書」に記されている条件が違っていれば、判断が違っていた可能性を指し示しているうえに、その条件を提出したのは、「調査を依頼する側」である清水建設だったのだ。
次に調査手法へ目をやると、疑問はさらに膨らむ。調査方法には以下の記述があった。

 「設計図書に示されている構造スリットがすべて設置されていない(設置の確認されている1階水平スリットは除く)ものとして依頼者が実施した現行の構造計算基準(限界耐力計算)に基づく検証結果について、建築基準法施行令第3章第8節の規定への適合性について調査等を行うものである」

 「依頼者が実施した」とは、「清水建設が自ら検証した」ということである。

 清水建設が仙台市に提出した建築基準法12条5項の報告書に戻ろう。報告書には「検証結果は、日本建築センターより報告書を受領し、法適合していることを確認しました」とある。

 これが「からくり」の全貌だ。清水建設が自分たちのデータを使って自分たちで検証して出てきた結果について、確認機関が、法的に矛盾があるかないかを評価したに過ぎないのだ。「清水建設の検証そのものが正しい」とは一言も書いていないのだ。それが、仙台市に報告される段階になると、さも第三者機関が精密な検証をして評価したかのような文書になって、提出されていたのだ。まるで伝言ゲームを繰り返すうちに、正解から離れていくかのようである。

行政に関することのみ関与

 全体を整理して1つひとつを見つめ直すと、「評価書」「報告書」といった文書だけが整う一方で、実態は欠陥施工をした当事者やその身内による「アリバイ証明」がまかり通ってしまっていたのだ。

 仙台市はこの茶番の構図に気付いているはずだ。なぜならば、清水建設が市に対し「仙台市で施工したほかの28棟はすべて問題がなかった」という報告をしたにもかかわらず、それを真に受けなかったからだ。仙台市は市発注の梅田町市営住宅と木町通小学校だけは、自ら現地調査をして安全確認をしていたのである。仙台市が清水建設の行った報告を信用していれば、不要な調査であった。

 当然、他の26棟の住民は置き去りだ。その26棟の住民だって、信頼できる業者に現地調査をしてもらいたいと思っているはずだが、仙台市はお構いなしだ。ここも「民間のことは民間で」といった、役人文学を決め込んでいるのだろう。

疑惑のデパート

 清水建設が仙台市に提出した建築基準法12条5項の報告書を基に、4回にわたってリポートしてきた内容を読んでいただければ分かる通り、仙台市の欠陥マンションをめぐっては、疑問が次々と浮かび上がった。

 全体を振り返る。

 施工段階では、信用とブランド力を裏切るかのように構造(耐震)スリットの知識がない新人所長と派遣社員に工事を担当させた。

 仙台市は完了検査において、構造(耐震)スリットがほぼ敷設されていないという事実を見落とした。20年以上たってから問題を暴いた私は、管理組合に1億円近い金銭上のメリットを与えたにもかかわらず、その管理組合から敬遠されるようになり、一時顧問建築士の仕事をさせてもらえなくなった。

 修繕工事はその間に終了して、修繕工事が完璧に行われたとは言い切れない痕跡を残す報告書が、仙台市へ提出された。しかし、提出された報告書に対して、仙台市はこれまでに何のアクションも起こしていない。

 今回、管理組合の議決によって私が再登板することになったので、これから、仙台市に提出された報告書と終了した修繕工事の内容が合致しているかどうかの、確認と調査に乗り出す。

 一般の住民にとって、マンションは一生に一度の買い物であり、数十年のローンを抱えながら家族と暮らす、人生の拠点である。誰もが安心、安全な人生を送るためにも、私は欠陥や不正を見逃すことはできない。

 行政は欠陥マンションが置き去りにされる理由を分かっているはずだ。住民のために、行政は穴だらけの安全確認制度を、早急に見直さなければならない。

(了)


<プロフィール>
都甲栄充
(とこう・ひでみつ)
 福岡県北九州市生まれ、明治大学工学部卒業。大成建設(株)、住友不動産(株)を経て、2009年に(株)AMT一級建築士事務所を開設。主な資格は、一級建築士、管理建築士、一級建築施工管理技士、宅地建物取引士、管理業務主任者、監理技術者、特定建築物定期調査員。(一社)日本建築学会司法支援建築会議・元会員、東京地方裁判所・元民事調停委員(建築裁判専門)、(一社)日本マンション学会・元会員、八王子市マンション管理組合連絡会・元会長。

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