【業界を読む】出所者雇用は企業の採用戦略になり得る 再犯防止と人材不足を同時に解決する現実的選択肢

 深刻な人手不足が続く一方で、刑務所出所者の多くは働きたくても働けず再犯のリスクを抱えている。このギャップを埋める「出所者雇用」は、再犯防止に効果をもつだけでなく、企業にとって新たな労働力を確保する現実的な採用戦略になりつつある。

出所者雇用がもつ
社会的・経済的意義

 人口減少と人手不足が深刻化する一方で、刑務所出所者の再犯率は高止まりしたままだ。この2つは別々の課題として語られがちだが、実際には密接につながっている。出所者の雇用は、人道支援や慈善活動という枠を超え、新たな犯罪を防ぎ、社会の安全を維持する“社会防衛策”であると同時に、企業にとっては国内で活用されていない労働力を獲得する具体的な手段になる。

 再犯率が約47%に上る背景には、再犯者の約7割が無職である現状がある。安定した就労と住居の確保が再犯抑止に極めて有効であることは、この数字が端的に示している。つまり、就労の機会を提供できる企業は、社会的課題の解決に寄与しつつ、自社の人材確保にもつなげることができる。

 また、出所した元受刑者の多くは経済基盤が脆弱であるため、就労は被害者への賠償を可能にし、社会の負担から納税者へ転じる転機にもなる。こうした点から、出所者雇用は社会全体に利益をもたらす政策的意義をもつだけでなく、企業の慢性的な人手不足を補う“現実的な採用戦略”としての側面が大きい。

 この流れを支えているのが「協力雇用主」の存在だ。協力雇用主とは、犯罪をした者の自立と社会復帰を支援する目的で、元受刑者を雇用し、あるいは雇用しようとする民間事業者を指す。登録は保護観察所で行われ、全国で約2万5,000の事業者が登録している。しかし、実際に採用まで踏み込んでいるのは約1,400事業所にとどまり、制度の認知や理解が十分に広がっていないのが現状である。

技能習得とマッチング
矯正現場の人材育成機能

イメージ    法務省が設置する「コレワーク(矯正就労支援情報センター)」は、受刑者や少年院在院者の就労を専門的に支援する機関であり、出所者の採用を検討する企業にとって最初の窓口となる存在だ。 コレワークは全国の矯正施設へ求人情報を展開し、条件に合った候補者とのマッチングを行う。最大の特徴は、受刑者や在院者の帰住地、保有資格、希望職種などの情報を一元管理しており、企業が自社のニーズに合う人材を効率的に探せる点にある。 これまでアプローチが難しかった層にも、高精度でアクセスできる仕組みだ。

 矯正施設自体も、単に刑罰を執行する場所にとどまらず、社会復帰を支える人材育成機能を近年強化している。佐賀少年刑務所や福岡刑務所では、溶接、フォークリフト、電気工事士、介護資格など、企業の現場で即戦力となる技能訓練や資格取得が幅広く行われている。

 福岡刑務所では、出所の約6カ月前から段階的な就労支援プログラムを導入し、受刑者の特性に応じて3段階のサポートを実施している。キャリアコンサルタントによる個別面談や求人情報の提供を通じて、円滑な社会復帰を後押しする体制が整いつつある。

 女子少年院の筑紫少女苑では、在院者の約7割が虐待経験を抱えるという背景を踏まえ、トラウマケアや自己肯定感の回復に重点を置いた個別教育を展開している。摂食障害や自傷行為への専門的支援に加えて、契約の基本や社会的責任を学ぶ機会を設けるなど、社会生活に必要な基礎を整える取り組みを進めている。

企業の人手不足を補う
現実的な出所者雇用

 出所者雇用を「深刻な人手不足を補う現実的な採用戦略」と位置づける企業が増えつつある。福岡を拠点に給食、食品工場、福祉事業を展開するビーエイトシーグループも同様の取り組みを進めている。同グループの島野廣紀代表は、外国人労働者に頼る前に「国内に眠る労働力」に目を向け、高齢者や障がい者と並ぶ未活用人材として元受刑者の雇用に踏み切った。

 最大の課題は社内の理解と受け入れ体制の整備だったという。そこで同グループは、目的を共有する研修や社内報での情報公開、受け入れルールの明確化を徹底し、不安や偏見を段階的に薄めていった。また、社員がとくに懸念しがちな「罪名」についても、一律の線引きではなく、治療プログラムの受講状況や更生度を確認し、適切にリスクを評価すれば雇用は可能だと判断した。この柔軟で現実的な姿勢が、戦力として働ける環境づくりと、企業としての合理的なリスク管理の両立につながっている。

再犯防止と人材不足
企業の選択肢がカギ

 出所者雇用は、再犯防止と労働力不足という日本が抱える構造的課題を同時に解決し得る手段だ。コレワークが情報の橋渡しを担い、矯正施設が技能を備えた人材を育成し、企業がその受け皿となる。この三位一体の連携が機能すれば、出所者は再出発の機会を得られ、企業には新たな人材プールが開かれる。

 しかし現状では、行政側の支援も企業側の理解も十分とはいえず、制度や実践事例の浸透も限定的だ。労働力人口の縮小が避けられないなか、新しい働き手を迎え入れる姿勢は、企業が採用戦略を再構築するうえで不可欠になりつつある。出所者雇用は、社会の安全を支える施策であると同時に、企業が将来の人材確保に向けて取り組むべき有効なオプションとなる。

 企業と社会の双方が、新しい人材との向き合い方を再定義し、次の局面へ踏み出す時期がきている。

【岩本願】

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