2024年11月17日( 日 )

TPP批准は止められる~山田正彦元農相に聞く(3)

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 TPP(環太平洋連携協定)協定をめぐって、開会中の通常国会で審議が本格化する。元農水大臣で、弁護士の山田正彦氏(TPP交渉差し止め・違憲訴訟の会幹事長)に、TPP協定案の問題点や、加盟12カ国の批准の見通しなどについて話をうかがった。

(聞き手・山本 弘之) 

非遺伝子組み換え表示もできなくなる

 ――食の安全について、ほかには問題は。

 山田 食品の表示については、協定文で1カ所出てくるのが分かっている。オーガニック食品については各国が表示していいが、表示をしてもいい正当な理由を説明しなければいけないとなっている。英文で5,544ページあり、今、手分けして読んでいるところだが、その他の食品表示については、まだ見つけきっていない。表示をしてもいい正当な理由を説明しなければいけないという義務がかかっているから、非遺伝子組み換えの表示も、はっきり書いている文章が見つかっていないが、ISD条項で訴えられたら、遺伝子組み換え作物が有害だと現時点では立証できないので、非遺伝子組み換えの表示もできないのではないかというのが私の見解だ。

山田 正彦 氏<

山田 正彦 氏

 SPS協定(WTO協定の1つ。輸入食品などの安全性を確保する措置が非関税障壁でないことを担保するための国際ルール)の中では、科学的合理的な理由がなければ、輸入しなければいけないという規定になっている。
 これはどういうことかと言えば、たとえば、BSE(牛海綿状脳症)対策で米国産牛肉の輸入規制基準をいったん緩めて、「20カ月以下」から「30カ月以下」にしたら元に戻すわけにはいかないから、BSEは危険だという立証ができない限りずっと続くということになる。ほかの食品の安全でもそうだ。
 牛肉の成長ホルモンもひどい話で、卵巣がんや前立腺がんになるということで、イタリアやイギリスでは、成長ホルモンを禁止しただけで20~30%ホルモン系のがんが減少したという調査がある。EU各国でも日本でも禁止されている。豚にラクトパミンという飼料の添加物が入ってきても、日本もEUも使わせていない。ロシアと中国も遺伝子組み換え作物は入れさせないと言い出している。こうした措置がとれなくなる。

 安全を考えたら、成長ホルモンも有害だと僕は思っているけれども、それを科学者が科学的に立証したとしても、TPP協定では、それを誰が証明したかどうか判断するかといえば、TPP協定の委員会だ。そこで協議して駄目だったら、ISD条項で調停委員にかけられる。
 日本政府の概要は、ISD条項について1行しかない。ところが英文ではけっこう詳しく書かれている。ISD条項では、日本側が、たとえば食の安全で輸入できなかったら、日本側から1人仲裁人を出す、米国側から1人、75日以内に3人目が決まらなかったら世界銀行総裁が決めることになるから2対1になる。だから、これまでもNAFTA(北米自由貿易協定)で米国が負けたことがない。
 ISD条項では、人の命や健康にかかわる問題や公共の福祉に関わる環境の問題は留保されていると、例外とは言わないが、留保されているというが、それが該当するかどうかは仲裁委員3人で決める。だから、ISD条項をよく読んでみると、留保したというのは意味がないことで、制限したと日本政府は言っているけれど、まったく嘘だ。確かに、食の安全で、遺伝子組み換え食品は駄目だとか協定案には書いてないけれど、オーガニックの表示でさえ、その理由を速やかに説明しなければならないと書いてあるから、ましてや非遺伝子組み換えの表示をするとなったら、協定には書いていないが、合理的な理由をもって各国に説明し了解をもらわないとできないだろうというのが、私の見解だ。

 ――今は、スーパーで売られている豆腐や納豆の大豆が「非遺伝子組み換え」かどうか表示されているが、それを表示してはいけないとTPP協定文に書いていなくても、その通りになるし、ISD条項の対象になるわけですね。

 山田 非遺伝子組み換えの表示はできなくなるとしか読み取れない。非遺伝子組み換え表示をしたら、遺伝子組み換え食品はほとんど売れなかったから、米国の穀物メジャーは打撃を受けてきた。TPPによって、米国の穀物メジャーの利益のために、日本の消費者の利益や食の安全を守る仕組みが損なわれる。
 私が2012年1月、TPP阻止で米国を訪問したとき、全米小麦協会のアラン・トレーシー会長から「これからは、米国は、小麦も遺伝子組み換え種子に切り替える」とはっきりと言われた。それまではBSEなどで何度か米国を訪問して遺伝子組み換え種子について政府高官に質問したが、その都度必ず「小麦は人間が食べるもので家畜が食べるトウモロコシや大豆とは違って遺伝子組み換え種子は使わない」と胸を張って言っていた。

 日本でも、すでに遺伝子組み換え種子の稲がモンサントと住友化学(会長:米倉弘昌経団連前会長)の間で開発されている。安倍総理が米国の言いなりに、日本の農業を、小さな農家を早く潰して大企業に遺伝子組み換え種子でコメを作らせようとしている。
 しかし、日本の農地の7割は中山間地域だ。これまで日本の農業は、EUのように、家族農業で食の安全と食料自給率、美しい田舎の田園風景を保全してきた。いったん農業が崩壊したら、もう再生ができなくなることを覚悟しなければならない。私たちは安全で安心な食料を子どもたちに食べさせることができなくなる。

(つづく)
【取材・文:山本 弘之】

▼関連リンク
・TPP交渉差止・違憲訴訟の会
・TPP大筋合意アトランタ現地報告~山田正彦元農水相

<プロフィール>
yamada_pr山田 正彦(やまだ・まさひこ)
元農林水産大臣。弁護士。TPP交渉差止・違憲訴訟の会幹事長。1942年、長崎県五島生まれ。早稲田大学卒業。牧場経営などを経て、1993年の初当選以来衆院議員5期。農業者戸別所得補償制度実現に尽力。『輸入食品に日本は潰される』(青萠堂)、『小説 日米食糧戦争 日本が飢える日』(講談社)、『TPP秘密交渉の正体』(竹書房新書)など著書多数。

 
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