高島福岡市政の16年(1)アジアの玄関口に咲く「表現」のリアル—起業家精神と融合したアート支援(前)

画家・劇団エーテル主宰 中島淳一

第1章 「スタートアップ」と「アート」の邂逅

 2010年に高島宗一郎市政が誕生して以来、福岡市が歩んできた16年間は、日本の地方都市が人口、産業、都市開発、そして文化をどのように結びつけながら成長していくのかを考えるうえで、極めて興味深い1つの事例を提示してきた。

 国家戦略特区の指定を追い風として、創業支援や国内外からの企業・人材の呼び込みを進めてきた福岡は、いつしか「スタートアップ都市」という鮮明な都市イメージを獲得した。しかし、近年この街で起きている変化を見渡してみると、その射程はビル群の高さや経済指標だけには収まらない。むしろ注目すべきなのは、起業家を育てる過程で培ってきた発想と仕組みを、文化・芸術の領域へ接続しようとする動きである。

 すなわち、「アート×経済」という新しい都市実験である。

 22年に始動した「Fukuoka Art Next(FaN)」や、アーティストの活動を多方面から支援する「Artist Cafe Fukuoka」に象徴される福岡市の施策は、従来型の文化行政とはいささか趣を異にしている。芸術を単に「保護すべきもの」として扱うのではなく、都市に新しい価値を生み、市民の生活の質を豊かにし、さらには表現者自身の自立へとつながる可能性をもったものとして捉え直そうとしているからである。

 そこでは「補助」から「投資」へ、「保護」から「自立支援」へという発想の転換が見える。

 だが、私は画家として、この転換に期待すると同時に、1つの問いを抱かずにはいられない。

 芸術は、本当に経済の論理と幸福な結婚をすることができるのだろうか。

 売れることと、優れた表現であることは、必ずしも同義ではない。社会から理解されることと、その時代にとって必要な作品であることも同じではない。むしろ芸術の歴史を振り返れば、誕生した時点では理解されず、市場からも拒絶されながら、数十年、あるいは100年を経て初めてその価値を認められた作品はいくらでも存在する。

 だからこそ、福岡市が始めた実験は面白い。そして同時に、難しい。

 本論では、アジアへの玄関口という独自の地理的・歴史的条件を持つ福岡市において、起業家精神と結びついた芸術支援が何を生み出してきたのかを検証したい。そして、その成果だけでなく、制度の光が強くなればなるほど浮かび上がってくる「影」にも目を向けたい。

 そこにこそ、福岡という街で実際に表現を続ける者が感じる、アート支援の「リアル」があるからである。

第2章 高島市政16年における文化政策のパラダイムシフト

 従来、日本の地方自治体における芸術文化政策は、多くの場合、「文化を守る」「市民に文化鑑賞の機会を提供する」という公共政策の文脈から構想されてきた。市場原理だけでは存続しにくい芸術活動を公的資金によって支え、社会のなかに多様な表現を残していく。この考え方は決して否定されるべきものではない。むしろ文化の多様性を守るため、行政が果たしてきた役割は大きい。

 しかし、その仕組みが長期化すると、別の問題も生じる。

 芸術家が「支援される側」、行政が「支援する側」と固定され、表現者が自ら社会との接点をつくり、作品の価値を発信し、活動を継続するための経済的基盤を築くという視点が弱くなってしまう可能性がある。

 福岡市が試みてきたのは、この関係そのものを組み替えることだった。

 アートを「行政が保護する文化的装飾」としてではなく、都市の創造力を高め、表現者自身の自立を促すための資源として捉える。その背景には、福岡市が長年取り組んできたスタートアップ支援の経験がある。起業家を単発の補助金によって支えるのではなく、相談、人的ネットワーク、専門知識、活動拠点などを組み合わせ、1つの「エコシステム」として育てていく。その発想を芸術の世界にも応用しようとしたのである。

 その象徴的な拠点の1つが、22年9月、旧舞鶴中学校校舎を活用して開設された「Artist Cafe Fukuoka」である。

 重要なのは、ここが単なる制作場所ではないということだ。アーティストが活動を継続していくうえで必要となる相談や情報、専門家との接点、他分野とのネットワークを提供し、創作の外側にある現実的な問題にも向き合う。

 画家は絵を描くだけでは生きていけない。

 作品をどう見せるのか。価格をどう考えるのか。著作権をどう守るのか。契約をどう結ぶのか。海外へ作品を紹介するとき何が必要なのか。優れた作品を制作する能力と、職業人として活動を継続する能力は、本来まったく別のものである。

 従来、その後者の多くはアーティスト個人の努力に委ねられてきた。

 そこへ行政が橋を架けようとしたことは、大きな意味をもっている。

 同じ思想は、「Fukuoka Wall Art Project」のような街なかの取り組みにも表れている。天神ビッグバンや博多コネクティッドなどによって都市の風景が大きく変化するなか、工事現場に生まれる仮囲いを、単なる無機質な壁として放置するのではなく、アーティストの発表空間へ転換する。

 街そのものを展示空間にするのである。

 アーティストには発表の機会が生まれ、企業には工事現場のイメージを変える効果があり、市民には美術館へ出向かなくても日常生活のなかで作品と出会う機会がある。

 ここには、行政、表現者、企業、市民を1つの循環のなかへ組み込もうとする思想が見える。

 高島市政におけるアート政策の特徴を一言で表すならば、それは「芸術を都市の外側に置かない」ということなのかもしれない。

 経済があり、都市開発があり、その余裕として文化が存在するのではない。経済、建築、観光、教育、市民生活と芸術を最初から同じ都市設計のなかに置こうとする。

 そこに、福岡型文化政策の新しさがある。

(つづく)

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