2024年11月26日( 火 )

ガンホー、アリババを売った孫正義のホンネ(後)

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 孫正義社長率いるソフトバンクグループは、アリババ・グループ株に続いて、実弟の孫泰蔵氏が創業したゲーム開発会社ガンホー・オンライン・エンターテインメントの、大半の株式も売ることを決めた。兄弟の間に、いったい何があったのか――。

 孫泰蔵氏は孫兄弟の4番目。次兄の正義氏の後を追って、九州の名門・久留米大附設に入学後、東大に進学。正義兄譲りの秀才だ。
 よく知られるように、正義氏の生まれは「佐賀県鳥栖市五軒道路無番地」。一家は旧国鉄の敷地に不法占拠のようなかたちで住み着いたためか、番地がない。差別に苦しみ、一家は「安本」という日本姓を名乗ったが、正義氏は米国留学時にさまざまな人種や民族の人が卑屈さを持たずに暮らしている姿に感銘を受け、本当の姓である「孫」を名乗ることにした。

pc_iph そんな兄に強く感化されたのが、末弟の泰蔵氏だった。東大在学中、兄の正義氏が米ヤフーとの合弁で設立したヤフーの日本法人の立ち上げ業務に加わり、在学中に東大の仲間たちとインディゴを創業。ヤフー向けのシステム開発などを受け持った。しかし、2002年には同社の社長を退き、ソフトバンクが米オンセールと合弁で立ち上げたインターネットオークション会社オンセールの社長に就任。このオンセールが社名を変更したのが、ガンホーだ。泰蔵社長はネットオークションからゲーム開発に大きく業態をシフトし、オンラインゲーム「ラグナロク」を当て、05年には大証ヘラクレスに上場した。

 さらに、兄・正義氏がアップルのiPhoneの独占契約を結び、日本国内でスマートフォンの普及の功労者となると、ガンホーはスマホ用のゲーム「パズル&ドラゴンズ」を開発し、12年にリリース。通称「パズドラ」と呼ばれる同ゲームは、スマホの暇つぶしに最適で、大当たりに当たった。12年12月期に258億円だったガンホーの売上高は翌13年12月期には1,630億円と約5倍になり、時価総額は一時1兆円を超えたのである。
 しかし、ガンホーの快進撃は、ここまでだったかもしれない。あまりにも普及しすぎた「パズドラ」は、飽きられるのも早かった。市場が飽和状態になると伸び悩み、ガンホーは14年12月期の売上高1,730億円をピークにして業績は停滞。15年12月期は前期比10%減の1,543億円の売上高になった。純損益はさらに下落幅が大きく、前期比30%減の43億円に落ち込んでしまった。

 ここからは推測も入るが、おそらく泰蔵氏はピークを過ぎた「パズドラ」に替わる新商品の開発について、リーダーシップを巧みにとれなかったのではないか。普通だったら社長退陣に至るほどでもない業績の悪化だが、あっけなく開発畑出身の森下一喜氏に社長職を譲り、自らは16年3月にヒラ取締役に“降格”。「ラグナロク」「パズドラ」などゲームの目利きの森下氏にガンホーの行く末を託し、自身は新興ベンチャー企業を育成する「Mistletoe(ミスルトウ)」(「宿り木」の意)という会社を立ち上げている。

 この泰蔵氏の一線から離れるという決断が、筆頭株主のソフトバンクグループの株式売却を決断させたのではないか。比較的最近まで、正義氏は「日本一のゲーム開発会社(ガンホーのこと)と世界最大のゲーム開発会社(スーパーセルのこと)を持っている」と鼻高々だったのだが、実弟・泰蔵氏の社長退任をきっかけに、弟を支える必要がなくなったのかもしれない。
 泰蔵氏は、インディゴもガンホーも途中で放り出して他の人に経営を委ねるという顛末となり、経営者としての力が弱かったのかもしれない。実際、ソフトバンクの元幹部は「人柄は良いし、お兄ちゃん思いだが、兄貴と違って典型的な弟気質。優しいだけれど優柔不断」と指摘。「これまでは、お兄さんが相当、面倒をみてきたので、何とかここまでくることができた」と打ち明ける。

 おそらく、そんなことが引き金になったのであろう。ガンホーの筆頭株主で、持ち分法適用会社にしてきたソフトバンクグループ(SBG)は1日、ガンホー側に株式売却を打診。ガンホーは3日、株式売却に合意した。SBGは、所有しているガンホー株25.77%のうち23.47%を売却することにし、ガンホーはそれに対して株式公開買い付け(TOB)で取得することを表明。実現した場合は、取得金額は730億円になる。

 孫正義氏から見れば730億円は、はした金である。そんなカネが欲しかったからガンホーを売るわけではあるまい。実弟・泰蔵氏を支えるために応援してきたのだが、その泰蔵氏が別のことに関心を見出し、ガンホーを離れたとあって、傘下に置いておく必然性を見失ったに違いない。

 その点が、少し売っただけで1兆円をひねり出せるアリババとは大違いである。実弟が経営意欲を失って森下氏に社長職を譲り、他のビジネスに関心を示して転身したことが、ガンホー保有株の大量売却の背景にありそうだ。
 泰蔵氏は悪く言えば移り気な人であるが、よく言えば自身の“分”をわきまえているとも言えるのではなかろうか。

(了)
【経済ジャーナリスト・広田 三郎】

 
(前)

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