大反復する歴史、その「尺度」を探る!(3)
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東京大学大学院 情報学環 吉見 俊哉 教授
歴史の風景が転換する最小単位を25年と考える
――歴史は、短いスパンで見た場合、連続(直線上にある)しているように見えるが、長いスパンで見れば非連続的(螺旋曲線上にある)である、そして、その価値の軸はアトランダムに転換するのではなく、ある種のパターン性を持っていると、教えていただきました。では、その転換は、どのような「尺度」で起こるでしょうか?
吉見 私はその「尺度」(歴史の持続や変化を測定・考察していくための基本単位)の最小単位を約25年と考えています。約25年というのは、家族のレベルの世代間隔と世界システムのレベルの景気変動が共振する最小公倍数です。
歴史の大きな流れのなかで、一番わかりやすい非連続点は何でしょうか。革命や戦争も考えられますが、大きな戦争や革命は数百年に一度くらいなので除外し、比較的たくさん起こる非連続点は何かと言えば「経済恐慌」です。経済が好景気から不景気に、不景気から好景気に変わる、そのたびに、それまで当たり前と思ってきた価値の軸(時代の風景)が転換します。
この転換は、長い歴史のなかで反復して起きてきました。長くずっと景気が良いのであれば、連続性の感覚が続くのですが、必ず景気が急速に悪くなる局面が現れます。そのとき、世の中のムード、言わば歴史の風景がガラッと変わります。この転換がどのように起きてきたのかについて、経済学では膨大な分析がなされてきました。そのなかで最も古典的なものに「コンドラチェフの波」という学説があります。この波は、景気循環の一種で、約50年周期の景気サイクル(約25年の上昇局面と約25年の下降局面を持つ循環)を指します。この長期波動は、ロシアの経済学者であるニコライ・ドミトリエヴィチ・コンドラチェフによってその存在が主張されたことから、「コンドラチェフの波」と呼ばれています。
「コンドラチェフの波」の50年周期は、鉄道、道路、大規模な工場設備、港湾、ダム、発電所等の社会的インフラの耐用年数とも結びついています。ちょうど1964年の東京オリンピックの際に大規模な公共事業投資があり、そこで建設された、たとえば首都高速道路の耐用年数がそろそろ来ます。そこで、新たなインフラ整備の波が50年ごとに来るというわけです。この学説は、コンドラチェフ以降、ヨーゼフ・シュンペーターなど多くの経済学者に支持を受け洗練されてきました。実はコンドラチェフは、当時のスターリンにとって脅威になると見なされ、非道なやり方で裁判にかけられ、1932年に流刑となり、粛清されてしまいました。
しかし、彼の死後、この理論の先見性にいち早く注目し「コンドラチェフの波」という用語の命名者になったのはシュンペーターで、この波とイノベーションの生成は不可分と考えられていきます。過度に技術中心主義的に解釈することは誤り
シュンペーターが、今日では「イノベーション」の理論家として有名なのは、ご存知の通りです。このイノベーション概念は、日本では過度に技術中心主義的(「技術革新!」)に解釈されています。
しかし、この概念にはもっと文系的な奥行きがあります。つまり、イノベーションは、単に技術の問題なのではなく、社会の組み立て方の問題です。それは歴史的な長期波動の一部で、シュンペーターによれば、この波の収斂から拡張への転換は、イノベーションによってもたらされるのです。しかし、イノベーションによって拡張に転じた波は、いずれ飽和する運命にあることも認識しておく必要があります。永久革命が不可能なのと同様に、絶えざるイノベーションはあり得ないからです。「コンドラチェフの波」は近代の中核に横たわる
「コンドラチェフの波」は、イデオロギー的には、シュンペーターとは対立的な立場にあるマルクス主義の理論家たちにも影響を与えました。マルクス主義の視座を背景にコンドラチェフの波の仮説を発展させた代表的な理論家に、後期資本主義論で有名なドイツ生まれのエルネスト・マンデルがいます。マンデルは、「拡張」から「収縮」への反転が約25年の時間幅で起こることは資本主義経済の内的論理によって説明できる、しかしそれがまた拡張へと反転してくのは、むしろ体制の転換、つまり革命や戦争、大規模なヘゲモニー(覇権)の移動をともなうと考えました。
さらにコンドラチェフが提起した25年ないしは50年(25年+25年)周期の波の考え方を、18世紀末からの狭義の近代だけに留めず、15世紀末から始まる世界的なスケールの長期持続的な波動の分析へと発展させていったのが、アメリカの社会学者であるイマニュエル・ウォーラーステインの「世界システム論」です。
ウォーラーステインが主張したのは、近代世界システムの形成とコンドラチェフの波の生成は同時で、それは15世紀から始まっていたという強力な仮説です。この仮説に従えば、コンドラチェフの波は、「近代」という時間の中核に横たわることになります。このような視点に基づくならば、長期波動についての世界史的理解は、景気循環の規則性を明らかにしていくレベルをはるかに超え、過去5世紀、つまり初期近代(近世)も含めた「長い近代」全体の構造的把握にとって決定的な意味を持つことになります。(つづく)
【金木 亮憲】<プロフィール>
吉見 俊哉(よしみ・しゅんや)
1957年、東京都生まれ。東京大学大学院情報学環教授。同大学副学長、大学総合研究センター長等を歴任。社会学、都市論、メディア論、文化研究を主な専門としつつ、日本におけるカルチュラル・スタディーズの発展で中心的な役割を果たす。2017年9月から米国ハーバード大学客員教授。著書には『都市のドラマトゥルギー』『博覧会の政治学』『親米と反米』『ポスト戦後社会』『夢の原子力』『「文系学部廃止」の衝撃』など多数。関連記事
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