米・イスラエルとイラン戦争(10日目)―「ホルムズ海峡の封鎖」石油とLNG供給に試練
日本ビジネスインテリジェンス協会(BIS、中川十郎理事長)より、(有)エナジー・ジオポリティクス代表・澁谷祐氏による「米・イスラエルとイラン戦争(10 日目)―『ホルムズ海峡の封鎖』石油と LNG 供給に試練」と題する記事を提供していただいたので共有する。
はじめに
外電によれば、トランプ米大統領はガソリンの値上がりを懸念し、イラン戦争を早期終結する方針に傾いているという。秋の中間選挙を意識した発言であろうか。中東のペルシャ湾口に位置するホルムズ海峡に目を転じると延々と続く車列ならぬ船列(滞船)に驚かされる。比ゆ的にいえば、この船列が長くなればガソリン価格も騰がるという図式はあながち間違いではないかもしれない。
そこで本号前半パートは、まずホルムズ海峡の航行方式と滞船について調べ、石油とLNG(液化天然ガス)タンカーを取り上げて現状把握を試みた。
後半パートでは、米国・イスラエルの対イラン戦争のため、原油価格はバレルあたり110ドル超に達し、ここ3年来で最高に達した。また石油備蓄の放出についてG7閣僚会合の模様にも触れ、最後のパートでは19日ワシントンで開催される日米首脳会談の内容と、新たにイラン最高指導者になったモジタバ師のプロフィールについて若干触れることとした。トランプ氏の自負心とあやうさが際立つ。
ホルムズ海峡と分離通航方式
ホルムズ海峡は最狭部が21海里弱(40km弱)であり、イランとオマーンの領海が重なり、20万トン以上のスーパータンカー(VLCC)が輻輳する狭い海域である。また複雑な海底地形であるため、VLCCなど巨大船が安全に航行できるよう変針をともなう最峡部には分離通航方式が採用されている。
航路帯はそれぞれ2海里(1海里=1,852m)の幅があり、さらに2海里以上の緩衝帯が設定されている。操船時には砂漠地帯特有の風があり、横風を受けると流される危険がある。空船の場合は喫水が浅く船体が浮き上がるため横風の影響は大きく、ペルシャ湾に入る際は冷や汗をかきながらの操船になる。湾内も岩礁や暗礁が多く航路が設定されているが、夜間はブイを確認しながら航行するなど、常に緊張の連続である(船長日誌の抜粋)。
ホルムズ海峡封鎖と滞船状況
ホルムズ海峡から近距離の投錨地フジャイラはペルシャ湾外に位置する地の利があり、コール・ファッカン港は水深18mで比較的天候にも恵まれている。
タンカーが投錨する場合、戦争保険料がペルシャ湾内と比べて三分の一で済むことや非課税など入港条件が緩い。しかしこの錨地は大陸棚が5km幅しかなく、その外側は水深700~800mに急変する。水深100m以内に投錨する船が集中するため混雑する。
海底地形が漏斗状になっているため船舶は滞船しやすく、敵から狙われやすい。とくに大型タンカーやLNG船の碇泊には高度な操船技術が必要となる。
イラン海軍は非対称戦略を追求しており、米海軍と正面から戦うのではなく、浅瀬から高速戦闘艇や多数の小型艇で飽和攻撃を仕掛ける戦術を得意とする。護衛艦をともなう船団方式でも混雑すれば逆に攻撃目標となるため、トランプ氏が提案した護衛(エスコート)作戦は現実的でない可能性があるという(船長日誌)。
要衝・ホルムズ海峡利用率は90%減
ホルムズ海峡は通常、世界の石油と液化天然ガスのおよそ5分の1が通過するエネルギーの要衝である。しかし米国とイスラエルによるイラン攻撃の影響で事実上封鎖され、湾内には40隻以上の船舶が閉じ込められている。通過船舶は約90%減少し、延べ200隻以上のタンカーが沖待ちしている。
国連の国際海事機関(IMO)のドミンゲス事務局長は9日、「すべての当事者は航行の自由を尊重しなければならない。最近発生している商船への攻撃について深い懸念を表明する」と述べた。8日にはギリシャ海運会社が運航するサウジ原油積載の大型タンカーが無事通過した。
原油高騰110ドル超へ
中東情勢の悪化懸念から、日本時間9日午前のニューヨーク原油先物市場では、WTI価格が一時1バレル110ドルを超え、2022年のロシア・ウクライナ戦争以来約3年9カ月ぶりの高値を記録した。
先週末の原油価格は90.90ドルで取引を終え、前週比24ドル上昇した。
イラクの原油生産は戦争前の3分の1未満に落ち込み、クウェートも生産を削減した。一方、全米自動車協会によると米国のレギュラーガソリンは1週間で1ガロンあたり0.46ドル上昇し、ディーゼル燃料は0.83ドル上昇している。トランプ大統領が警戒する4ドル台に迫っている。車社会の米国ではガソリン価格は政治問題になりやすい。
IEA:石油備蓄の放出を検討
10日、G7エネルギー相会合がオンラインで開催された。斎藤経産相によると、IEAから各国の石油備蓄の協調放出について説明があり、「備蓄放出を含めた具体的措置について一致した」と述べた。
ただしIEAのビロル事務局長は現時点では協調放出を計画していないとし、「あらゆる選択肢が検討対象だが、その段階には至っていない」と説明した。
石油・LNG危機の構図
1980年代にはイラン・イラク戦争によるタンカー戦争が起き、当時の世界の主テーマは石油供給不足の克服だった。米国は最大の石油輸入国としてIEAを軸に国際協調を主導した。
現在はイラン戦争によりエネルギー市場が異常事態となり、「石油とLNG供給」「ホルムズ海峡封鎖」「中国の存在」が主要テーマとなっている。
カタールLNGモデル
1970年代には天然ガスはまだローカル資源だった。筆者がカタールに赴任していた1975年当時、砂漠の無名の土地だった。同国のガス事業黎明期に丸紅と中部電力が関わり、LNG事業が始まった。
現在カタールは世界最大級のLNG供給国となったが、今回のイラン報復攻撃でLNG生産が停止し、ガス価格は50%以上上昇した。中東発のガスショックは電力、肥料、食料など広範囲に影響をおよぼしている。
中国のエネルギー大国化
1980年代の中国は途上国だったが、現在は米国に次ぐエネルギー大国となった。イラン原油輸出の約90%は中国向けである。
米・イスラエルによるイラン攻撃は事実上「対中エネルギー封鎖」という見方もある。
中国と日本のエネルギー依存構造は以下の通りである。
中国
中東依存率:約50~54%
海峡依存率:約45%
日本
中東依存率:約90~95%
海峡依存率:約80~90%
中国はロシアや中央アジアなど陸上ルートをもつが、日本はほぼすべてホルムズ海峡依存であり、自給率はほぼゼロである。そのため約250日分の石油備蓄を保有している。
中国とイランの安全保障ジレンマ
中国はイランの最大の経済パートナーだが軍事同盟ではない。戦争が始まると中国は自国船舶を守る能力もイランを支援する能力も十分でないという現実に直面している。
中国は水面下で「中国船のみ海峡通過を認める」ようイランに求めているとされるが、米軍の圧倒的制海権の前では実現性は不透明である。
日米同盟とエネルギー
日本は自国タンカー護衛に法的制約があるが、日米同盟を通じて米軍の協力を引き出す必要がある。
たとえば、日本は米国に対して「日米エネルギー投資パッケージ(5,500億ドル)」を提案している。米国からのLNG供給増加を実現すれば、日本のエネルギー危機対策となる。
また日本は伝統的にイランと良好な関係を維持しており、仲介外交の役割も期待される。
日米首脳会談の焦点
19日、高市首相は訪米しトランプ大統領と会談する。
主な論点は以下の通り。
・日本のイランとの対話チャネル活用
・イラン産原油積出拠点カーグ島攻撃への反対
・海上自衛隊掃海艇派遣の可能性
・米国からのLNG輸入拡大
・イラン戦後復興への日米企業参加
モジタバ師、イラン最高指導者に
米・イスラエルの攻撃開始10日目、イラン最高指導者ハメネイ師は空爆で死亡した。8日、専門家会議は息子のモジタバ師(56)を新たな最高指導者に選出した。
モジタバ師は神学教育を受け、革命防衛隊に近い強硬派とされる。
トランプ大統領は「ハメネイの息子は受け入れられない。我々は平和をもたらす人物を望む」と発言した。一方イスラエルは、望まない最高指導者が選ばれた場合、再び暗殺を行う可能性を示唆している。








