アメリカが進める金正恩斬首作戦の中身(中)
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国際政治経済学者 浜田 和幸
目下のところ、最大の関心は「アメリカによる北朝鮮への先制攻撃はあるのか。あるとすれば、いつか」ということに尽きる。「平昌オリンピックの後になりそうだ」とか「北朝鮮が建国70周年の祝砲として新たなミサイルを発射した直後だろう」とか、「北朝鮮のミサイルは大阪を狙っている」(バノン前補佐官発言)など、根拠なき観測気球が目白押しとなっている。とはいえ、大事なことは確実な情報にフォーカスすること。
トランプ大統領周辺の軍事顧問団は「CIAが中心となり、金正恩を倒すと同時に、核、ミサイルの通信網を遮断する。金正恩が権力を一手に握っているので、彼との連絡ができない状況をつくるのが最も効果的な作戦となる」との考えで一致している。実際、かつての湾岸戦争ではカーボンフィラメントを高圧線にばらまきショートさせた。要は、電力系統や電源を物理的に破壊するのである。実は、これまで金正恩は多数の高官を粛清しているため、彼の回りを固める警備部隊や医者の中にも恨みを抱いている人間がいるに違いないと思われている。つまり「隠れ不満分子」である。CIAではそうした連中に狙いをつけ、多額の報奨金と亡命を餌に金正恩暗殺の機会を窺っているのである。ミサイルや爆撃機を使った攻撃では北朝鮮からの反撃が避けられない。そうなれば、韓国や日本は甚大な被害を受ける。
現時点でも北朝鮮のミサイルはロフテッド軌道に対応しているものが多く、最新鋭のアメリカ製の迎撃ミサイルといえども完ぺきな撃墜は不可能だといわれる。何しろ、音速の20倍ものスピードで飛来するICBMには、アメリカもお手上げ状態である。そのことはアメリカ軍が昨年行ったシミュレーションで明らかになっている。北朝鮮はスカッド、ノドン、ムスダンのミサイル発射の移動式基地を50カ所ほど建設し、常時50から100発を連続発射できる体制を整えているわけで、アメリカの誇るステルス爆撃機といえども北朝鮮の秘密基地をすべて無力化することは絵に描いた餅に過ぎない。このことはトランプ大統領もわかっているはずだ。
これまでの「言葉のミサイル」の応酬はあくまで心理戦の一環である。アメリカは金正恩の所在を正確に把握し、確実に斬首できる「ソフトキル作戦」に総力を挙げて取り組んでいる。その結果は、実行された後を含めて明らかにされることはないだろう。かつてウサマ・ビン・ラディンを暗殺したアメリカの特殊部隊が勇名を馳せたように、いつでも北朝鮮に突入する訓練を重ねている。
いずれにせよ、トランプ大統領は朝鮮問題を外交的に解決する気をなくしたようだ。なぜなら、これだけ緊張関係が高まる中、駐韓大使を任命しないまま、1年以上が過ぎているからだ。とはいえ、昨年末の時点では韓国系アメリカ人のビクター・チャ博士を新駐韓大使に指名し、上院での承認手続きに入ることが決まっていた。
韓国政府に事前承認を求めたところ、「チャ大使を歓迎する」とOKが出ていたのである。当のチャ博士はブッシュ政権下では国家安全保障会議のアジア部長を務め、卓越した業績が認められ、国家貢献勲章を2度も受賞。ホワイトハウスの主が民主党に代わった時点で、同氏はワシントンの有力シンクタンクCSIS(戦略国際問題研究所)とジョージタウン大学の両方に籍を移し、朝鮮半島問題を中心にアジア情勢全般をカバーするオピニオンリーダーとして活躍するようになった。そうした経験や人脈が豊富にあるため、チャ博士には危機的状況の朝鮮半島に乗り込み、米朝、米韓関係の改善、安定化に貢献する役割が大いに期待されていたはずだった。ホワイトハウスの人事局ではチャ博士の身辺調査を行い、金銭問題とか外国との不審な関係がないことを確認したという。そのため、上院での承認も間違いないと言われていた。
チャ博士本人も「平昌オリンピックの前にソウルに赴任したい。上院での承認が得られ次第、CSISもジョージタウン大学も辞職する」と述べ、新たな任務への決意と抱負を語っていた。ところが、トランプ大統領による初の「一般教書演説」の直前に指名取り消しの報が流されたのである。これは一体全体どういうことだろうか。アメリカ議会での一般教書演説を聞いて、納得した。トランプ大統領はこの演説のなかで、北朝鮮を残虐非道なテロ国家と声高に糾弾した。北朝鮮で拘留され、帰国後死亡したアメリカ人大学生の両親や北朝鮮からの脱北者を招き、「彼らをこんなひどい目に合わせた国を放っておくわけにはいかない」と明言。
要は、北朝鮮に懲罰を加え、場合によっては先制攻撃を行うのも「アメリカと世界の自由を守るためには必要だ」と内外に訴えたのである。これは「北朝鮮との対話はない」という最後通牒に等しい。期待の星と見られたチャ博士だが、実は先制攻撃に関しては慎重派で、交渉による朝鮮半島の非核化が望ましいとの立場であった。
チャ博士の駐韓大使への芽を摘んだということは、トランプ政権が先制攻撃に舵を切ったと理解すべきだろう。この間、在日米軍横田基地では在韓米軍の家族を受け入れる避難用住宅3000戸を完成させている。そうした準備を終え、アメリカは2月9日から始まった平昌オリンピックにペンス副大統領を派遣したのである。もちろん、オリンピックそのものは見どころ満載だ。たとえば、韓国と北朝鮮が女子アイスホッケーの合同チームを編成した。とはいえ、12日間しか一緒に練習する時間がなかった。
しかも、コーチが英語で話し、それを韓国語に訳し、さらに北朝鮮の選手にわかるように通訳しなければならない。なぜなら、アイスホッケー用語が南北でまったく違うからである。そのため、通常の練習より意思疎通に3倍以上の時間がかかってしまう。その上、昼間の練習時間はともに過ごすのだが、宿舎は別々のため、チームとしての一体感が生まれるには至っていない。実際、これまでに行われた外国チームとの練習試合では惨敗という結果に終わっている。本番での踏ん張りが期待されていたのだが、結果的には、初戦でスイスチームに0対8で完敗してしまった。その後日本との試合では1対4で敗れ、日本に五輪初勝利をプレゼントしてしまった。(つづく)
<プロフィール>
浜田 和幸(はまだ・かずゆき)
国際未来科学研究所主宰。国際政治経済学者。東京外国語大学中国科卒。米ジョージ・ワシントン大学政治学博士。新日本製鉄、米戦略国際問題研究所、米議会調査局等を経て、現職。2010年7月、参議院議員選挙・鳥取選挙区で初当選を果たした。11年6月、自民党を離党し無所属で総務大臣政務官に就任し、震災復興に尽力。外務大臣政務官、東日本大震災復興対策本部員も務めた。
今年7月にネット出版した原田翔太氏との共著『未来予見〜「未来が見える人」は何をやっているのか?21世紀版知的未来学入門~』(ユナイテッドリンクスジャパン)がアマゾンでベストセラーに。関連キーワード
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