品種改良から遺伝子組み換え、そして究極の技術「ゲノム編集」へ(後)
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圧倒的な実力を示すゲノム編集
ゲノム編集は、クリスパーと呼ばれる特異な塩基配列を利用して特定のDNAを切断し、書き換える技術のこと。12年に基礎技術を記した論文が発表され、13年には人間の生きた細胞のゲノム編集に成功した。現在、世界中の遺伝学者が実用化に向けて研究に勤しんでいる。
バクテリアを使った遺伝子組み換え技術は、狙い通りの遺伝子改変に成功する確率は1万分の1ほどだ。放射線育種、品種改良が成功する確率はさらに低い。それに対し、ゲノム編集は遺伝子をほぼ確実に、自在に改変することができる。しかも遺伝子組み換え技術が適用できる生物はごく限られていたが、ゲノム編集は原理的にはすべての生物で可能だと言われている。実際、14年にはサルの一種の受精卵が改変され、17年には人間の受精卵の改変に成功した。さらにゲノム編集は作業自体非常に容易。数年の訓練と深い知識・経験が必要だった遺伝子組み換え技術と比べて、トレーニングさえすれば高校生でも可能だといわれている。精度・汎用性・使いやすさに優れるゲノム編集は、遺伝学そのものの概念を根底から変える技術である。
デザイナーベビー時代が問う「21世紀の倫理」
いよいよ「遺伝子の自由な改変」が現実的になったわけだが、かつてSFのなかだけの存在だった「デザイナーベビー」が実際の問題として浮上してきた。デザイナーベビーとは、その名の通り子どもを生まれる前に「デザイン」することを意味する。
人間の受精卵をゲノム編集する実験はすでに成功。17年には受精卵から遺伝性の心臓病を引き起こす遺伝子を除去する実験が行われた。では、先天性の病気が起こらないように遺伝子を改変することが許されるなら、より優れた身体能力や美しい姿かたちを得るための遺伝子編集、つまり「デザイナーベビー」はどうなのか。不妊治療の現場では、すでに着床前診断を行って遺伝子的に変異がある受精卵を検査し、排除できるようになっている。では、変異がある遺伝子をゲノム編集するという選択肢も当然あり得るのではないか。そしてその際に、「健康で頭がいい子になってほしい」という目的でのゲノム編集を禁止できるのか……。デザイナーベビーを認めるかどうかの選択肢は、数年の間に現実になってくるはずだ。なお現段階では、人間の受精卵を使用したゲノム編集は臨床現場では行わない、という規制がある。
「生まれる前から優秀な子を」という発想は、「劣った人間は生まれるべきではない」というナチスドイツ的優生学思想と表裏一体。人類が歴史のなかで否定してきた思想が、遺伝子技術の進歩で亡霊のように蘇ってきた格好だ。ナチスが強制連行とガス室で実現しようとした「優れた人類が支配する世界」を、ゲノム編集技術を使えば実現することができるのだ。
加速を続ける技術革新は、人間の倫理や道徳、哲学の論議をはるかに超えるスピードで進んでいる。20世紀の科学万能時代は核兵器や環境汚染を生んだが、21世紀のゲノム編集技術はどのような時代を生むのだろうか。
(了)
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