2024年11月24日( 日 )

人工知能(AI)は人間を見つめ直す鏡である!(1)

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玉川大学文学部教授 岡本 裕一朗 氏

 2010年ごろから人工知能(AI)をめぐる議論が活発にされるようになった。議論の多くは、レイ・カーツワイルの唱えた「2045年には人工知能は人間の脳を超えるシンギュラリティ(技術的特異点)に到達する」かどうか、さらには、「人工知能が人間を支配する」かどうか、に尽きる。しかし、冷静に考えてみれば、一部の科学者を除いて、その是非はあまり重要ではない。なぜならば、今までもこれからも、技術はとどまることなく進歩していくし、一方で私たちの生活への影響は、ある日突然何かが起こるのではなく、いわばグラデーションの様に徐々に効いてくるものだからだ。
 大事なことは、技術の進歩を前提に、あらゆる可能性に備えて思考実験を行うことではないだろうか。べストセラーとなった前著『いま世界の哲学者が考えていること』(ダイヤモンド社)に続き、近刊『人工知能に哲学を教えたら』(SB新書)が話題の哲学・倫理学者の玉川大学文学部教授・岡本裕一朗氏に話を聞いた。

私は「人工知能は哲学できる」と考えています

 ――哲学書であるにもかかわらず、ベストセラーとなった前著『いま世界の哲学者が考えていること』(ダイヤモンド社)に続いて、近刊『人工知能に哲学を教えたら』(SB新書)が話題です。本書を書かれた動機からお話いただけますか。

▲玉川大学文学部教授 岡本 裕一朗 氏

 岡本裕一朗氏(以下、岡本) 前著では、テクノロジー(科学技術)が世界のあり方や時代を変えるということを基本的視座として、現代の思想、あるいは哲学がどのように変わり始めているかを論じました。今回はそのテクノロジーのなかでも今最も注目されている人工知能に焦点を当て、それが具体的に私たちの生活や考え方をどのように変えていく可能性があるのかをたしかめてみたいと思いました。誤解を恐れずにいえば、私は「人工知能は哲学できる」と考えています。

 本書は、大きく3つの点に注目して書きました。
 1つ目は、哲学的な面から人工知能について考えるということです。

 2つ目は、人工知能の問題は人間の問題であるということです。人間とは、そもそも、どのような能力をもっている存在なのか、そして、人間がつくり出した人工知能の能力によってどれだけのことが可能になるのか、という点です。つまり、言ってみれば、「人工知能(AI)は人間を見つめ直す鏡である」というわけです。今こそ、私たち人類の知性が試されているような気がします。

 3つ目は、人工知能は人間がつくり出したものです。その意味では、人間中心主義(人間が最も進化した存在である)の枠内にあります。しかし、本書では、あくまでも、哲学でいうところの思考実験(頭のなかで想像するだけの実験)ですが、「人間ができることを人工知能ができないはずはない」、つまり、人工知能は人間中心主義を脅かす存在になるかもしれないことも、念頭に置いて書きました。

人工知能が人間を超えるなんてウソである?

 ――人工知能(AI)と現実社会について、少し俯瞰していただけますか。

 岡本 21世紀に入って、とくに2010年ごろを境に、レイ・カーツワイルのシンギュラリティ(技術的特異点)に象徴されるように、「人間の能力を超え、さらには人間を支配する可能性がある」人工知能の能力、存在は人間にとって脅威であるという主張が展開されてきました。

 しかし、ここにきてジャン=ガブリエル・ガルシア(フランスのAI哲学者)の『そろそろ、人工知能の真実を話そう』に象徴されるように、「人工知能なんて、怖れるに足りない」「人工知能より、人間のほうがはるかに優れている」とほとんど今までの対極ともいえる議論が展開されるようになってきています。つまり、今まで右に振り切っていた振り子が、今度は左に振り切られている印象を受けます。私は、この両極端な態度こそが、この問題に対する人類の対処を誤ったものにする可能性があると感じています。

 たとえば「人口の75%が失業する」という識者がいる一方で、「それは誤りである。そんな社会はあり得ない」という識者もいます。前者のような社会が突然現れるとは思わないにしても今、人工知能による失業問題を議論しなくていい、ということにはなりません。現実に、銀行など金融機関においては、人工知能の導入にともない、仕事がなくなり、人員を削減する動きがどんどん進められています、つまり、こういうことが起こり得るかもしれない、その時にはどのような発想で、この事態・現実を理解したら良いのか、という思考実験が今必要だということです。

(つづく)
【金木 亮憲】

<プロフィール>
岡本 裕一朗(おかもと・ゆういちろう)

 1954年福岡生まれ。九州大学大学院文学研究科修了。博士(文学)。九州大学文学部助手を経て、現在は玉川大学文学部人間学科教授。西洋の近現代思想を専門とするが、興味関心は幅広く、領域横断的な研究をしている。
 著書として『フランス現代思想史―構造主義からデリダ以後へ』(中公新書)、『思考実験―世界と哲学をつなぐ75問』、『12歳からの現代思想』(以上、ちくま新書)、『モノ・サピエンス物質化・単一化していく人類』(光文社新書)、『ネオ・プラグマティズムとは何か―ポスト分析哲学の新展開』、『ヘーゲルと現代思想の臨界―ポストモダンのフクロウたち』、『ポストモダンの思想的根拠―9.11と管理社会』、『異議あり!生命・環境倫理学』(以上、ナカニシヤ出版)、『いま世界の哲学者が考えていること』(ダイヤモンド社)など多数。

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