2024年11月29日( 金 )

朴正煕元大統領39回追悼記念式典で追悼文

記事を保存する

保存した記事はマイページからいつでも閲覧いただけます。

印刷
お問い合わせ
劉 鍾海 元大統領顧問

 25日、劉鍾海(ユ・ジョンヘ)元大統領顧問が朴正煕元大統領(パク・チョンヒ 1917年11月14日- 1979年10月26日)の39回追悼記念式典で、国を代表して追悼文を読んだ。韓国は朴大統領の時代から、30年にわたって『漢江の奇跡』と呼ばれる高度経済成長が実現し、世界最貧国グループから抜け出したと言われている。

 劉鍾海元大統領顧問は、北朝鮮の元山市の出身。1946年11月3日に脱北して韓国市民になった。ソウル大学法科を卒業後、ソウル大学大学院行政大学院を修了。フルブライトでアメリカのミシガン大学に留学、政治学博士号を取得した。ソウル大学法科を卒業して、法律家にならなかった理由を劉氏は「大学に入学したのが1952年6月12日、朝鮮戦争が勃発したのが6月25日で、大学生活の恩恵や感激をまったく感じられないまま、共産軍の南侵により正常な大学生活を送れず、非難を余儀なくされた」と語る。留学を終えて、韓国延世大学の教授になり、延世大学行政大学院院長、韓国行政学会会長を歴任した。

 以下の追悼の辞は劉鍾海(ユ・ジョンヘ)元大統領顧問本人による日本語翻訳。


追悼の辞

 本日で逝去39周年となりました。
 謹んで朴大統領を尊敬する1人の行政学者が閣下の霊前に立たせていただきます。

 大統領は我が国の近代化のために集中的に真心を挙げてハンガン(漢江)の奇跡を成し遂げ、そのおかげで、現在われらは世界中から認められる先進国にならび立ちました。我らの世界最高水準の生活の質も朴大統領がつくってくれた基盤に基づいたことなので、今一度感謝の心を表します。

 閣下の努力はすでに中国の鄧小平や、シンガポールの李光耀総理が朴大統領の経済的業績、愛国心、質素な生活、強靭な人品について非常に高く称賛しました。真に閣下は我が国民の心中に非常に高いプライドを植え付けてくれました。

 冒頭に私が行政学者と紹介したのは理由がございます。閣下は行政学分野で至大な功績を立てました。そのなかでいくつかを紹介しながら心のなかから湧き出る感謝の言葉を申し上げます。

 先に大統領は我が国の経済開発の為に経済開発5カ年計画をつくりました。そして、その実践構造として1961年7月22日、経済企画院をつくり、企画予算処と復興部を統合する、それこそ韓国行政近代化の先頭に立ちました。

 その次に行政文書の横書きを1961年10月実行、それまでの日本式縦書きを変える英断を下しました。これは実に重大で輝く行政近代化の断面です。同時に大統領はハングルタイプライターを奨励され公文書の近代化、そしてまもなく発展した政府電算化の先頭に立ちました功労者であることを私は知っており、また高く評価したいと思います。

 続いて大統領は1961年10月、調達庁および調達特別会計を新設、当初外資に限り購買していた外資庁を政府内資購買までできるよう調達庁に拡大改編しました。

 朴大統領はまた複式簿記による会計制度採択で大韓民国政府会計制度の現代化をしました。

 朴大統領は1962年1月基金制度(予算会計法)を導入することにより、大韓民国が将来必要とする財源拡充法案を用意され、我が国の収入支出を直接連携しました。朴大統領の慧眼がなかったら、こんなことは準備できなかったはずです。

 最も重要なことは現在、力を入れる監査院を1963年3月に設立、会計を担当する審計院と公務員の紀綱を取り締まる監察委員会を統合しました。このことは当時、公務員の不正腐敗が非常に深刻で、それを防止するために朴大統領が下した勇気ある英断です。その英断を高く評価します。

 また、もう1つ特記することは朴大統領が訴請審査委員会を新設(1963年4月)、公務員の権益保護の為、心労した功績を高く評価します。重ねて強調いたしますが、朴大統領は5.16軍事クーデター(1961年)以後のこの国の行政を世界的水準にまで高めたことはハンガン(漢江)の奇跡に劣らず評価されることです。

尊敬する朴正熙大統領

 長く前大統領が強調した、我らも努力したら豊かな暮らしが可能だとしたセマウル運動に心酔して、我が大学セマウル研究所長を何年も務めました。とくに大統領が大切にしていた座右の銘、「自分に厳しく、他人に優しく」という意味の故事成語、持己秋霜 待人春風のお言葉が私は好きです。大統領はいつも信賞必罰と天は自ら助くる者を助くの信念で全国民を陰地から陽地へと導いたことを忘れていません。勤勉、自助、協同のセマウル運動精神は我らを経済的に豊かにしたことだけでなく、我々より貧乏な多くの他国民へ希望を与え、セマウル運動の国際化が今でも世界各地で続いています。彼らは皆、朴大統領の精神と方法論に感謝しています。

 私が大学セマウル研究所長の時にとくにEROPAと呼ばれる行政学の国際連合公共行政機構(Eastern Regional Organization for Public Administration、本部:フィリピンマニラ)でこのセマウル運動の優秀さを文章で数回発表したこともあります。

 または行政学会の規模と歴史的に見て世界一番大きい米国行政学会(ASPA)での数多い学術活動のなかで我が国のセマウル運動が最も多く発表され良い反応を受けました。セマウル運動は朴大統領の創造性の発揮と認められ、この世を去った後にも活発にたくさんの国へ伝授されています。

 続いて朴正熙大統領の歴とした業績は南北格差に現れています。

 朴大統領は大韓民国の政治体制を自由民主制また市場経済制度を始めから堅持、ハンガン(漢江)の奇跡を成し遂げました。一方で北朝鮮は人民民主制(中身は3代世襲)と統制経済制度を選びました。長い間、このような対決が続いてきたが、その格差は日本の矢野恒太記念会で発行する世界国勢図会の発表によると、2015年基準GDPで韓国は1兆3778億7300万ドル(1,377,873百万ドル)に比べて北朝鮮は162億8300万ドル(16,283百万ドル)と約70倍であり、1人あたり所得面では韓国は2015年基準27,525ドル、北朝鮮はわずか625ドルで我が国民が北朝鮮人より約40倍高い所得をもっています。これは朴大統領がつくり出した対決構図から我らの完璧勝利を示しています。

 行政学を一生学んだ私としては今一度、朴大統領に感謝と尊敬のお言葉を申し上げます。日本で毎年発行されている、この矢野統計は過去28年間発行された国勢に関して一番信用される総合統計資料です。
 南北の格差が驚くほどの差をもってきたのはいうにおよばず、朴大統領がすばらしい政治構造と経済構造を創ったおかげです。我が社会の一部で朴大統領が独裁を行い、親日派と非難する部類がいますが、これは大きな誤りで、話にならない誹謗です。我が国を北朝鮮と比較すると我が国は住みやすい国で、韓国に越えてきた太永浩氏の言葉を借りると、北朝鮮は人民民主主義を標榜するが「王政はあるが人民は無し。奴隷ばかりいる」との言葉が心に強く残っています。

 このように最貧国の北朝鮮が、我々と同じ民族同士としてやっていこうという顔色がみえます。これは多少問題があります。今まで北朝鮮はロケット、それこそ大陸間弾道弾(ICBM)で我らと米国を脅威し、また相当な数の核爆弾ももっているとして米国とUNの強力な規制を受けていましたが、今年6月12日のシンガポールでの米北間首脳会談を通じて世界平和が維持されています。

 尊敬する朴正熙大統領。このような状態で我らははたしてどのようにしたら良いでしょうか。私の愚案では米国が北朝鮮の核を完全に除去して、非核化後、北朝鮮との関係改善を行うことじゃないでしょうか。朴大統領の慧眼とすばらしい判断が大変期待されます。

 言い直せば民族同士の南北平和は先に北核が除去された後に段階的に行われることでしょう。韓国と北朝鮮では政治体制にあまりにも大きな差があります。

 本日は朴正熙大統領閣下が成し遂げた偉大な業績の中の、その一部を申し上げましたが、重ねてその偉大さを想起しながら閣下の遺志を正しく継承することができるように閣下の霊前に固く誓います。

 閣下と陸女史の永生福楽享受をお祈りします。

2018年10月25日
延世大学校名誉教授、(前)韓国行政学会長
劉鍾海 伏拝


 

関連記事