2024年11月23日( 土 )

東京大学吉見俊哉教授に聞く~非日常が『日常化』した現在のアメリカ社会!(4)

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東京大学大学院情報学環・学際情報学府教授 吉見 俊哉 氏

アメリカ社会は2つの他者を征服して自己を構築した。

 ――次に「性」と「銃」の問題に関して教えてください。

東京大学大学院情報学環・学際情報学府教授
吉見 俊哉 氏

 吉見 私がアメリカに滞在中、「セクハラ」(ワインスタインやビルコスビーの事件など)と「銃乱射」(2018年のフロリダ州の高校・乱射事件など)が多発しました。一般的には、この2つのことは別次元のこととして考えられていますが、根はつながっているのではないかと私は思います。セクハラは性的な関係に失敗、銃乱射は社会的な関係に失敗した結果、他者を否定し、暴行におよぶ、あるいは亡き者にします。ともに犯人はほぼ全員が男性という特徴があります。
 では、なぜこのような現象がアメリカで多発、そして止まないのでしょうか。それはもともとアメリカという社会の成り立ちと関係があると私は考えています。17世紀から18世紀にかけて、アメリカ社会はその成立期に2つの他者を抱え込んでいました。

 1つ目の他者は、アメリカ大陸に住んでいた先住民です。アメリカは女性に喩えられ、その開拓には、女性を征服するというメタファー(隠喩)がしばしば使われます。ですから、この征服にはある種の男性中心主義的なところがあるのです。そして、征服を続けるために、白人入植者たちは全員が銃をもって武装しなければならないとされたのです。米国内の銃器は現在、民間向けだけでも3億1,000万丁とほぼ人口と同数になっています。合衆国憲法修正第2条には、国民の武装についての権利条項があります。

 2つ目の他者は、大英帝国です。18世紀末、東海岸の東部諸州などの小さなアメリカだったころ、当時世界の覇権を握っていた大英帝国から独立しました。小さなアメリカが全員で武器・銃をもって戦い、やっとのことで英国からの独立を勝ち取ったのです。

 ですから、アメリカは資本主義・民主主義の国家ではありますが、その一方で、プロテスタントの宗教国家であり、また軍事・武装国家です。現在のアメリカの国歌とされている「星条旗」(1931年に制定)は、1812年に勃発した米英線戦争でのマックヘンリー砦の攻防を題材に誕生したものです。その歌詞は相当に戦闘的です。この国歌「星条旗」誕生の経緯からしても、アメリカという国家は好戦的な資質を内包しています。

アメリカンドリームは、1970年代頃から崩れ始めている

 ――現在のアメリカには、すでに「アメリカンドリームはなくなった」と多くの識者は言います。先生は肌感覚でどのように感じられましたか。

 吉見 このことを論じる場合は、「アメリカンドリーム」の定義を明確にしておく必要がありますね。私はアップルのスティーブ・ジョブズ、マイクロソフトのビル・ゲイツなど特定の人が大金持ちになること(成功)をアメリカンドリームとは思っていません。なぜならば、その種の成功譚は、古今東西どんな国にも、いつの時代にもあるからです。

 アメリカンドリームとは、労働者階級でも、非白人でも、誰でも努力すれば、ある一定の“American way of Life”(自家用車をもって、郊外の住宅に住み、バカンスを楽しむなど)を実現できるような社会を指すと考えています。そして、1950年代、60年代のアメリカには、人種問題を別にすれば、労働者階級でもそのようなドリームを実現できる条件がたしかにありました。しかし、そういうアメリカンドリームは、1970年代頃から崩れ始め、1990年代以降は誰の目から見ても、ほぼなくなったのです。格差がどんどん進行し、貧しい層はそこから這い上がれなくなり、ますます貧しくなっていきました。この意味でのアメリカンドリームの喪失を、トランプは狡猾に食いものにしてきたのです。

私たちの自我・自己のあり様をもう1度見つめ直す時

 ――時間になりました。最後に、読者にメッセージをいただけますか。

 吉見 本書は、ある意味で、私が約10年前に書いた『親米と反米』(岩波新書 2007年刊)の続編にあたります。前著では、日本が戦後を通じて、少なくとも1960年代から最近まで、いかに一貫して強い親米社会であり続けたか、それはいったいなぜなのかに迫りました。日米同盟は軍事だけでなく文化はもちろん、心理に至るまで、日本の戦後のアイデンティティを支えてきました。

 今、日本社会は不安に震えています。アメリカが「あまりにも無残に崩れてしまった」からです。トランプを見ていれば、「アメリカ社会は信頼するに足らない」ことははっきりわかります。そして、本日お話申し上げてきたことは、アメリカだけの問題(対岸の火事)ではありません。戦後、日本はアメリカという巨大な鏡に自らを映し出して歩んできました。今、その巨大な鏡はいたるところで割れて、ヒビが入っています。すなわち、鏡に映し出されている日本の姿も割れて、ヒビが入っているのです。

 「トランプのアメリカ」を考えるということは、「アベノミクスの日本」を考えることと表裏の関係にあります。つまり、戦後を通じて、過去70年あたりまえのように思ってきた、私たちの自我・自己のあり様をもう1度、見つめ直さなければいけない時期にきているのだと思います。

(了)
【金木 亮憲】

<プロフィール>
吉見 俊哉(よしみ・しゅんや)

 1957年、東京都生まれ。東京大学大学院情報学環・学際情報学府教授兼東京大学出版会 理事長。同大学副学長、大学総合研究センター長などを歴任。社会学、都市論、メディア論、文化研究を主な専門としつつ、日本におけるカルチュラル・スタディーズの発展で中心的な役割をはたす。2017年9月から2018年6月まで米国ハーバード大学客員教授。著書に『都市のドラマトゥルギー』、『博覧会の政治学』、『親米と反米』、『ポスト戦後社会』、『夢の原子力』、『「文系学部廃止」の衝撃』、『大予言「歴史の尺度」が示す未来』など多数。

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