地場企業を育成したバンカー~アライアンスビジネスで中小企業の経営力強化を支援(前)
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元西日本銀行専務 川邊事務所会長 川邊 康晴氏
地域の発展には、商工業の育成が欠かせない。それを担うのが、主に地元の銀行であろう。預金というかたちで企業の財産を守るとともに、必要な資金需要に応えることで事業の維持、発展を支える。一般的には、銀行マンに求められるのはこのようなことだが、なかには企業経営者の育成や企業連携、文化度の向上、地域への貢献などをはたし、福岡の経済発展に大きく貢献した銀行マンがいた。今シリーズでは、3名の元バンカーにスポットをあてる。
銀行を辞めても人的ネットワークをつくり続ける
人脈は、ビジネスで成果を上げるために必要な経営資源である。企業人の多くは、定年退職などで所属する組織を離れると人脈が激減する。退職後しばらくは、ある程度の人脈を保つことができても、それを維持し続けるのは難しいものだ。退職し年賀状の数が極端に減ったことで、途切れた人脈を実感するケースも多いという。自分で起業する人にとっては、なおさら人脈の重要性を感じるはずである。
元西日本銀行(現・西日本シティ銀行)専務で、現在川邊事務所会長・川邊康晴氏は、銀行を退いてからも人脈をつくり続け、それを生かしてビジネスを構築する稀有な存在といえる。1935(昭和10)年8月博多で生まれ、九州大学法学部を卒業。58(昭和33)年に(株)西日本相互銀行(現・西日本シティ銀行)へ入行、92(平成4)年には代表取締役専務に就任した。98(平成10)年、(株)西銀経営情報サービス(現・NBCリサーチ&コンサルティング)の社長に就任、会長職など要職を歴任したのち退職。45年のサラリーマン人生を終え、「何かやろう」と2002(平成14)年6月に個人事務所の形態で「川邊事務所」を設立した。
銀行の専務を務めた人である。その立場を活用すれば、多くの人が寄ってくるに違いないと思われるかもしれない。しかし、川邊氏の凄さは、そういった肩書に頼ろうとせず、自らの力で人脈を構築してきたことだ。いくつもの団体に所属するのを始め、交流会やパーティー、セミナー、ゴルフコンペなどにも積極的に参加し人脈をつくり上げる活動を徹底して続けてきた。しかも、そうした人脈を生かしたビジネスを展開しているのだ。
川邊氏が展開するのは「アライアンスビジネス」と呼ばれるものである。アライアンスとは、「同盟」「提携」などの意味。共同や協働という意味で使われるコラボよりもさらに結びつきの強い横の連携を表す。企業にとっての経営資源は人、物、金、顧客、情報、技術、知識、ブランド、スピードなどであるが、中小企業の場合、技術力は高いが販売力が乏しいなど何かが足りない。その足りないものを外部との連携によって補い合い、自社の強みである経営資源に集中し、競争のなかを生き残っていく仕組みをつくり上げていくというのがアライアンスビジネスの考え方である。
現在、川邊事務所には東京や大阪に限らず、各地からアライアンスビジネスに可能性を求めて訪ねてくる人が後を絶たない。
アライアンスの基礎は銀行時代に学んだ
アライアンスという言葉は、今でこそビジネス用語として一般的に使われるようになった。しかし、川邊氏がアライアンスビジネスを提唱したころには、ほとんど認知されていなかった。02(平成14)年に『アライアンス・パワー 「三方一両得」の経営』を出版したが、その意味を理解する人は少なかったという。「パワーとつけたので、栄養ドリンクのことと間違われるようなこともありましたね」と当時を振り返り苦笑する。
銀行時代、“お客”から「おたくと付き合って自分に何の得があるのか」と社長は聞いてくるものだということ、その際は何の先入観ももたずに相手の話を聴くことが大事だということを学んだ。お客が求める得は、金だけでは解決できないことも多い。先入観をもたずニュートラルな心でお客のために耳を傾ければ、お客が求めている得が見えてくる。たとえば、スーパーを出したいが土地の情報がないと言われれば土地の情報を、人がいないと言われれば人の情報をもっていく。すると、「銀行にとっては一銭にもならないことを言って悪かったな」と取引に発展することもあった。
お客と向き合い、ひたすら相手の役に立とうと動くことで、結果として実績がともなうようになる。他行との差別化を図る方策の1つとして、川邊氏の取り組みが評価され営業マン訓練の教官を命じられ、「1年後に研修プログラムをスタートすること」をテーマとして与えられた。しかし、未知の分野であるし、法学部卒の川邊氏にはマーケティングという用語も耳慣れない言葉だった。とにかく内心は不安の連続だったという。ヒントを探して500冊近く本を読みあさった。セールスに関する本はもちろん、心理学の本や大脳生理学の本なども読んだ。
そうして数カ月が経つと、自分がやっていたことが本のなかで論理的にまとめられていることに気づき、自信をもてるようになった。名セールスマンといわれる人に共通していたのは、「できるかどうかは別として、お客から依頼されたものは全力をあげて取り組む」「人が喜んでくれることを積み上げていく」ことだったのだ。
川邊氏は17年、『傍楽(はたらく)―よろこばれる提案営業』(梓書院)を出版した。傍楽とは、「傍の人を楽にすることが、商売の役割」という江戸商人の教えである。自身に置き換えると、まず人の役に立つことが大事。役に立てばお客がお客を呼ぶということも体験した。「些細なことでも人が楽になることには張り切れる」という川邊氏自身が「傍楽」を実践していたのだ。この本では、川邊氏の体験を通して傍楽の発想がビジネスに与える効果などを紹介している。そして、この「傍楽」の発想が後に、アライアンスビジネス構築の基礎になったともいえる。
アライアンスは中小企業の生き残り術
川邊氏は相談者の要望を聞いて、それを解決するために最適だと思える提携先を選び、解決するためのチームを組む。そして、関わる皆がメリットを得られるように、「三方一両得」の発想でビジネスモデルを組み立てる。
アライアンスビジネスはさまざまな場面で展開できるが、川邊氏が事務所を立ち上げてまず取り組んだのはコスト削減を切り口にしたものだった。最初に手がけたのは、ネットを使った電報サービス。利用者はネット上で簡単に電文や紙の種類などを注文し、現地には電報サービス会社の提携先である運送業者が届ける仕組みだ。それまでの電報サービスの半値近いコストダウンが可能になるということで、電報利用の多い企業などに支持されヒット商品となった。
コスト削減は、通信費、消耗品費、水道・光熱費、家賃地代、保守料、広告宣伝費・販売促進費、運賃、交通費、燃料費、保険料など多岐にわたっている。原則として、導入してコスト削減が実現した場合のみ、削減できた額の一部を手数料として受け取る成功報酬型(アライアンス型)の提案である。たとえば、「この設備を導入すれば、コストが下がりますから」といっても、設備投資額が大きければ相手は躊躇する。そこで、無料で設備を設置し、テストして経費削減効果を納得できればレンタル方式で導入する試行型提案も行う。そうして、提案先の負担とリスクを減らすことで採用へのハードルを下げる。現在、試行型提案ができるのは500品目程に拡大しており、一項目だけのコストダウンに限らず、会社全体でのコストダウンも提案している。組織は時間とともに硬直化し無駄なものも溜まりやすくなる。そのため人間と同じように定期的に診断し、川邊事務所がさまざまなコストダウンをサポートしようというものだ。診断、提案は無料で行っている。「地方ほど情報が不足しているため、同じ商品やサービスでも東京の倍程も料金を払っている場合があります。これでは、売上が同じでも利益は大きく変わります」と川邊氏は会社全体の経費見直しの必要性を説く。
会社のさまざまなコストを見直すとなると、対応できる業者を探すだけでも大変な作業になるが、アライアンスを組みさまざまな企業とつながっている川邊事務所に相談するだけで、お客は全体的な提案を受けることができる。もちろん価格だけではなく、オペレーションやアフターサービスがきちんとできている会社なのかも川邊氏が見極めることで、提案を受ける会社は安心できるわけだ。
川邊事務所の立場は、あくまでも提案先であるお客の役に立つことを第一義とするため、川邊氏が提携先候補から商品の説明を聞くときは、お客である会社社長の顔を思い浮かべながら、その社長の立場に立って考え疑問点などを質問する。「専門用語を並べても社長には理解できない。伝えるべきポイントは、これを入れたらどんなメリットがあるのかということ。大事なのは説明ではなく、『説得』」だという。細かい技術や機能の話をじっくり聞く時間を社長はもてない。社長の立場に立ったら、「まず、導入のメリットを説明してくれ」となる。社長がメリットを理解すれば、その後に詳細な商品や技術の特徴などを担当者同士が話せばよいわけだ。社長を説得できるように、時にはもち込まれたパンフレットの内容や構成などについてアドバイスすることもある。連携の仲人をするということは、そこまで突っ込んで関わるということである。
話が進んで提携の方向に向かった場合は、原則として川邊氏がその会社を訪問し、職場などを見せてもらうとともに、必ず社長や会長などの代表者と面談して、その人の事業に対する志などを聴くことにしている。川邊氏が訪問できない場合は、川邊事務所の業務を継承する会社(受皿会社)として設立した、(株)Kアライアンス・ジャパンの社長を務める岡崇史氏が訪問する。
(つづく)
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